閑話:ある日の回想

 この世界に来てから間もない頃のことだ。


 俺は、 異世界人ニートの肉体に魂を入れられたわけだが、どうもこの世界は居心地が悪い。

 俺がちょっと話しかけただけで、奴隷たちは白目を向いて泡吹いて気絶する。

 あるいは、失禁しながら土下座するもんだから、気軽に話しかけづらい。

 この国がどう言う国なのか、この屋敷はどの辺りにあるのか、知りたいことだらけだ。


 顔見知りの奴隷といえば、この世界に来たときに部屋にいた狐人族ルナールの女の子だけ。

 名前はアーヴィア。この子しか知らないので、ついこの子を話しかけるのだが、さっぱり心を開いてくれない。

 下を向いたまま、すみません、ごめんなさいと謝るばかりだ。


「アーヴィアさん、君はここに来る前はどこにいたんですか?」

「ひぃーー! お許しください、お許しください。村の小さな弟たちには何卒ご慈悲を!お怒りは私が……」


 こんな調子だ。


「大丈夫だから。怒らないし、君をぶったりしないよ」

「わわわわ、怒ってください。どうか私を怒ってください!どうか家族はお助けを!」


 どうしても、俺が話しかけるとみんなが恐れる。


 たまりかねて、アルノルトさんを呼んだ。

 この人は、この屋敷の執事でオールバックのヒョロガリ男性。

 冷たい印象で、一見怖い人なのだが、俺には丁寧に話してくれる。


「すみません、アルノルトさん。誰に聞いても答えてくれないので、教えてくれませんか?」

「あっ、申し訳ありません! は、はいっ! な、何なりと、私で分かることなら……」


 ただ聞いただけなのに、アルノルトさえ土下座して謝る。

 どういうことなんだろう?


 そう、みんながみんな、この調子なのだ。


 この国の名前は? 町の名前は? どんな人が住んでるの?

 俺の母親は? 兄弟はいるの?


 聞きたいことが山ほどあるのに、誰一人会話にならない。

 どういうことだよ、まったく。

 俺の肉体の持ち主だったニートって奴は、どんだけ嫌われていたんだよ。

 おかげで気軽に話しかける事もできない。


 むしゃくしゃしたので、つい壁に八つ当たりして殴ってしまった。

 ガンッと大きな音を立て、壁がぐらつく。


「あわわわっ、お待ちください。分かりました、分かりました!」


「何が?  何がわかったんだ、話せ!」


 思わずイラついて、命令口調になってしまった。


「ニート様のご質問には全てお答えします!」


 俺はこの時から、他人にやさしく尋ねるより、「話せ! 喋れ!」と命令ほうが、みんな教えてくれることを学んだ。


 命令口調とか、そんなガラではないんだがなあ。それでも、仕方なく命令口調に変えてみる。

 すると、今まで奴隷でも話しかける時は、緊張してドキドキしていたのが、話しかけやすくなったのは驚きだ。


 意外と俺様キャラが合ってるのかもしれない。


 その夜、アルノルトとアーヴィアを呼んだ時、俺は廊下で話す二人の会話を盗み聞いて驚いた。


「ニート様が丁寧に話しかけてきたら裏があると思え」


 なんてこった! 丁寧に話したらダメなのかよ。


 しかし、何となくわかってきたのは、この肉体の持ち主だったニートってかなり恐れられていたってこと。

 そして、召使いや奴隷に酷いことをしてきたのは想像できた。

 どんなことをしたのか分からないが、奴隷たちに聞くわけにもいかず……


 やはり、俺様キャラでいくしかないのか。

 苦手だなあ、絶対に素の俺が出てしまうよ。




「あの、すみません……じゃなかった! おい! アルノルト!」

「はい、何でしょう、おぼっちゃま」


 はじめの頃、アルノルトは俺のことをおぼっちゃまって言っていたっけ。

 この日、おぼっちゃまと呼ばれる年齢でもないのでやめてくれと言ったんだ。

 おぼっちゃまってバカにされてるみたいだし耳触りが良くない。


「その、おぼっちゃんはやめてくれ。名前で呼んでくれたらいい」


「はい、おぼっちゃま」


「だーかーらー!」


「あわわわわ、すみません。つい癖で。気をつけます、気をつけます」


 土下座にしてペコペコする執事。本当に執事かな?

 もう少し威厳があってもいいんじゃなかろうか?

 執事って屋敷の雑事を一手に取り仕切ってるやり手の男性のイメージなんだが。


「これからは、ニートでいいよ。名前で呼んでくれた方がありがたい」


「かしこまりました。ニート様」


 この時から、アルノルトは俺のことをおぼっちゃまと呼ばなくなった。

 良かった良かった。


「なあ、この屋敷には何人くらい住んでいるんだ?」


「住んでいるのはご主人様とニート様だけです。奴隷は別棟に入っています」


「こんな大きなお屋敷なのに二人なのか? 召使いさんたちは?」


「この屋敷に勤めている召使い、家政婦の類は、私ともう二人で、他にはいません」


 人の気配があまりしない屋敷だと思っていたが、一体どういうことなんだろ?


「そうなの?それでよく家事をこなせるね。アルノルトも掃除してりするわけ?」


「はい、私と他に二人がたまに奴隷たちに手伝わせることはあります」


 さっき床を拭いていた奴隷の子がいたが、手伝わされていたんだ。

 てっきりここの使用人かと思った。


「料理は? 料理人は何人かいるの?」


 これだけのお屋敷だ。きっとコックさんが何人かいるんだろう。俺はそう思っていたが、まさかの答えだった。


「食事も私たちでご用意しています」


「え、そうなの?なんで?」


 こんな大きな屋敷の住人と奴隷たちの食事を、アルノルトたち三人で用意しているとは。

 どうりで、質素な料理が多いと思った。料理とは呼べない、サラダと蒸した芋だけのときもある。

 俺がもともと、食事は腹に入ったらなんでもいいので、特に気にして来なかったのもある。

 しかし、なぜ料理人を雇わないのだろうか。


「お忘れですか? ニート様が、マズイから出て行けと追い出して、雇っても雇ってもすぐに辞めさせ……」


「もういい、もういい、皆まで言うな……」


 最後まで聞かなくてもわかる。また俺かよ。

 アルノルトは俺が都合よく忘れたフリをしていると思っているようだが、マジで知らんし。


 料理人をまた雇ってみてはどうだろう? と、俺は提案してみた。

 元俺のせいで使用人たちが迷惑しているのなら、少しでも負担を軽くしてやらないと。


「それが、もう料理人のアテがなくなりまして。王都のめぼしい料理人からは全て断られてしまいました」


 マジで? どんだけ辞めさせてきたんだよ。

 うーむ、とりあえず探してもらおう。


「また、来てくれる人がいたら雇ってくれ」


「はっ、かしこまりました」


 この後、二ヶ月後くらいにやっと料理人が見つかることになるのだった。

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