第2話:奴隷商の息子は異世界で狼狽える②

 

「すみません。頭を打ってしまったのか、自分が誰なのか、ここがどこなのか思い出せなくて」

「頭を打ったんですか! それは、大変です。すぐ治療院へ行きましょう。馬車を回します」


 執事の男がそういうと、部屋から出ようとするのを呼び止める。


「大丈夫です。もう痛みも何もありません。私の名前をご存知ですか?」

「もちろんです、ニート様。覚えていますか? ダバオで唯一の奴隷商ソレ家の一人息子であらせられる」


 今、奴隷商って言ったよな。奴隷制がある世界なのか。奴隷ってさっきの子も奴隷って言ってたが、マジか。

 それにしても、名前は同じかよ。仁人にいととニートって、わかりやすくていいけど、ちょっと残念。だって、この世界でも引きこもりしてしまうぞ。


「あぁ、そうだった! ダバオの奴隷商でニートだったな。あははは」


 わざとらしく復唱してみた。覚えるためだ。

 これから、元ニートくんのことを調べてそのように振舞わなければならない。

 お金持ちらしいし、金髪イケメンだからきっと女の子にもモテモテだったんだろうな。

 俺はそんなことを思いながら、この世界ではきちんと働こうと思った。異世界に来たらやり直すって小説を読んだことがある。

 俺も、異世界に来てしまったんだから本気を出していこう。


 それにしても立派な建物だ。これが奴隷商の屋敷というものか。部屋の広さだけでも、この館全体が大きいと言うのが想像できる。

 そして、この部屋は俺の部屋。正確にいうと俺が憑依した肉体が今まで使っていた部屋か。


 ぐぅ~~!


 突然、腹が鳴る。色々と朝っぱらからありすぎて腹が減っていることも気づかなかった。


「朝食をお召し上がりください。準備はすでにできていますので」


 俺は急いで服を着る。綿のワイシャツに薄手のダボっとしたズボン。シンプルな模様が一切ない無地のシャツだが、オーガニックな感じで仕立ても良いので着心地がいい。

 部屋の窓から見える外の景色は、眩しいばかりの天気だ。若干すでに暑く、汗ばんでいる。


「いつも俺がどう過ごしていたのか、よかったら聞かせてください」

「かしこまりました。さぁ、ご主人様もお待ちですので、向かいましょう」


 俺は、廊下に出ると跪いた二人の女の子が見えた。この子たちも奴隷なのかな。

 うつむいて顔を上げない。


「あの子たちはどうして下を向いたままなのですか?」

「あなたがそう命じたからですよ。汚い顔を見せるなと」

「えっ? 俺、そんなことを言っていたの?」

「はい。それもお忘れですか?」


 俺は、頭を掻きながらど忘れしてたと言い訳した。そんな酷いことを元俺が言っていたのか。

 下を向いておけって言ったら、やめさせるためには上を見ろと言えばいいのだろうか。

 いや、待てよ……奴隷が忠実に守るのなら、上を見ろと言ったらずっと上を見るのではないか。

 やはり、何も言わない方がいいだろう。


「ところで、あなたの名前は? 俺、今までなんて呼んでました?」

「私はアルノルトと申します。この館の執事をしております。」


 アルノルトさんは、この館の主人、というか俺の今の父親の執事だそうだ。俺は、長男で兄弟はない。一人っ子らしい。

 そして、母親もいないらしいが、なぜいないのかまでは聞けなかった。


 朝食会場の食堂には大きな机が一つあり、椅子が十脚ほどが並べられていた。

 一度に食事できる人数は十人ということか。

 その、広い机に次々と皿が運び出され、俺の目の前に置かれていく。

 サラダに豆を炒ったもの。そして、蒸したポテト。ポテトは、英語だからこっちの世界ではなんて呼ぶんだろう。

 というか、俺って今は何語で喋ってるのか……この世界の言葉だよな。

 たしか、女神様が読み書きと会話は問題ないとか言っていたような気がする。


「いただきまーす」


 俺は、手を合わせてから芋をスプーンですくう。柔らかくて美味しい。マッシュポテトだ。

 味付けは何もされていないようだが、ほくほくと甘みがある。

 次にサラダを食べ、豆も食べる。どれも、素朴な味だった。


「おいしい!」


 俺は、思わずそう言葉を発すると、今まで一言も喋らなかった父親らしき男の人が、満面の笑みで言った。


「ニートが珍しく今日はおいしいと言ったぞ!」


 嬉しそうな高い声を出し、執事のアルノルトへ笑顔で振り返って見る。


「珍しいって、美味しかったら美味しいって普通言うよね?」

「ああ、そうとも。ニートの言う通りだ。美味しいぞ、この芋は美味しいぞ!」


 なんだかバカにされている気分になったが、どうもこの親父さんはよそよそしい。俺が美味しいと言えば美味しいと言い、俺がもしマズイと言えばマズイというのではないか。俺に気を使っているように思えた。父親にしては、俺に接する態度に威厳がない気がする。

 そんなことより、食事が終わったら何をすればいいんだろう。


「あの……食事の後の予定ってどうなってます?」


 俺は、執事のアルノルトにそう声をかけると、「特に何も」と一言で済まされてしまった。

 よし、何もないのならのんびりゴロゴロするぞ!

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