第1巻:冷酷無慈悲の奴隷商人

第1話:奴隷商の息子は異世界で狼狽える①

 俺は、眠ってしまったのだろうか。それにしても、変な夢だった。

 階段から落ちて、気がついたら何もない空間に身動きできない状態になっていた。

 女神という色っぽい女性の声が聞こえ、別人の体に入って残りの人生を生きろという。

 それにしても、妙にリアルな夢だったな。


 俺は目を開き、しばらく天井を見つめていると人の気配を感じた。

 ハッとして、横を向く。


「お目覚めですか……かなりお疲れだったようですね。何度もお声をかけましたがお返事がなかったもので、入らせていただきました」


 は? 誰……というか……誰?

 ベッド脇に跪いている男が、真顔で俺の顔を覗き込んでいる。


「おぼっちゃま。どうされましたか?」

「えっと…… あなたは?」


 聞かれた男は、怪訝な顔をしたが、すぐ笑顔となった。

 スルー? まさかのスルーかよ? あんた誰だよと声を大にして言いたかったが、言えない。

 知らない人を目の前にすると、何を話ししていいのかわからないのだ。


 俺は、ガバッと身を起こす。ベッドに寝ていたのか……っていったい、これ誰のベッド?

 室内を見渡すが、さっぱり記憶のない部屋。殺風景な石がむき出しになった壁。これって、石に見える壁紙ってことないよね。

 さらに、机や椅子、書棚があった。どれも調度品は良い物であると一目でわかる。おかしい、昨夜は酔っていないはず。

 扉の横に一人女の子が立っているが、もしかしてその子のベッド?


「あの……、ここは?」

「ここと申しますと? この部屋のことでしょうか?」


 執事服に身を包んだオールバックの優男が、膝をつき俺に丁寧に話ししてくれる。

 見覚えのない男性だ。神経質そうな細面で、どこか目の奥に怯えのようなものを感じる。


「そうです。俺、いつの間にこの部屋に来たのでしょうか?」

「ご冗談が過ぎます。さぁ、まずは起きてお食事を!」


 俺は、無理やり布団を剥がされたかと思うと、急かされるようにしてベッドから降りた。

 すると、先ほど扉の横に立っていた布を体に巻いただけのような女が一人駆け寄ってくる。


「わっ、何をする!」


 女は、飛び上がるほど驚くと慌ててひざまずいて、頭を床にこすり付けるようにしてした。まさかの、土下座。


「も、申し訳ございません。お許しください!」


 執事の男性は、俺と女たちの間に立つとこちらを向いて頭を下げた。


「驚かしてしまったようで申し訳ございません。お着替えは後がよろしいでしょうか?」

「い、いえ……その子は?」


 俺は、床に土下座し顔を上げない女の子たちを見た。よーく見た、穴があくほど見た。

 あれ、猫耳? 狐耳かな? よく見るとお尻にフサフサした尻尾がある。


「そこの……狐の耳の子……」


 女は、ハッと身を固くしたかと思うと、土下座のまま後ろに後ずさる。


「お許しください、お許しください」


 そんなに謝れるようなことしたっけ? 俺は意味もわからずに女の子を見下ろしていた。どうも泣いている様子だ。もしかして耳のことは触れてはいけないタブーだったのかな?


「そんな土下座しないで、立って」

「おぼっちゃま。勘弁して上げてください。お着替えの手伝いをしようとしただけで、折檻しては身の回りの世話をするものがいなくなります」


 何言ってるの? 折檻って、土下座させているのって俺のせい?


「着替えを手伝い? それはいいです。自分で着替えますから」


 俺は、ただそう答えただけなのに、執事服の男と土下座の女の子は、申し訳ございませんと頭を下げ続けた。

 俺は、そんな二人を無視し、着替えを探す。ベッド脇のテーブルに服が並べられている。

 見たところワイシャツとズボン。ワイシャツにしては生地が厚い。綿のシャツだった。

 執事がさっと服を取り上げると、シャツを差し出してくれた。


「この部屋に鏡ってあります?」

「はい、いつものところにございます。お持ちした方がよろしいでしょうか?」


 いつものって言われても、俺にはそもそもここがどこだか分からないのですが……

 鏡を持って来てくれとも頼みにくいので、自分で見にいくと言ったもののキョロキョロと室内を探した。

 俺のそんな挙動に察したのか、あちらですと手の差し示す。


 執事が手で差し示したクロゼットのような小部屋の中に全身鏡があった。

 鏡を見て俺は愕然とした。誰なん? この鏡に映っている人って誰。これって本当に鏡か、モニターか何かで俺の動きに合わせてグラフィックが動いているのだろうか。

 俺は、しばらく右手を上げたり、首を振ってみたが俺の動きに合わせて鏡の中の男も同じ動きをする。


「これって俺ですか?」

「はい? 鏡ですから……おぼっちゃんですが、それがどうかされましたか?」


 いやいや、マジで知らん人だし。あれ、もしかして夢の中の出来事て現実なわけ?

 俺は、しばらく自分の姿を鏡で見ていたが、元の俺は純日本人でイケメンでもなく、ブ男でもない普通の男だった。

 だが、目の前の男は金髪に軽いウェーブがかかり、青い目をしている。どこから見ても外国人って感じだ。

 夢だと思っていたが、本当に別人の肉体に魂が入ったのか。元の自分は死んだってことなんだな。

 ってことは、ここは日本ではない……


 俺は、部屋をもう一度よく確認してみる。たしかに、文明レベルが日本と違っている。壁にはコンセント一つなく、天井にも照明器具がない。

 お札が一枚貼られていたが、あれはなんの御呪おまじないなんだろう。


「えっと、そこで土下座している女の子。もういいから……」


 俺は、土下座したまま微動だにしない女の子に声をかける。執事服の男は、下げてもよろしいかと尋ねたので肯首すると女の子に下がるように指示してくれた。

 まったくこちらを見ないため、どんな顔の人かわからなかったが、確かに女の子だ。だって、おっぱいが片方出てましたもん。

 あれ、見えてるの本人は気づいてないのかな? 言った方がよかったのかな。

 いや、なんて言うわけ? おっぱい見えてますよって、それ言われた方も恥ずかしいだろう。


 そもそも、おっぱいが出ていることを言えば隠してしまうじゃないか! 言わなければ見放題。

 だから俺は見て見ぬ振りをした。


「さっきの女の子は、ここの娘さんですか?」


 俺は、執事服の男に声をかけると、ギョッとされてしまった。


「おぼっちゃま。まだ寝ぼけていらっしゃるんですか? あれは、奴隷です」

「えっ……どれぇ?」


 思わず素っ頓狂な声で、思わず聞き返してしまった。

 そういえば、別人の人生を俺が引き続き続けなければならないのだ。

 一体、俺っていう男はどういうやつなのだろう。さっぱりわからない。

 たしか、女神様が『クズでゲスで鬼畜の人でなし』って言っていた気がする。


 俺は、寿命の残りをこの異世界で過ごすことになった、しがないニート。

 この先どんな人生になるのかわからないが、せっかくだから満喫しよう。

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