第83話 器が小さい奴ら

 猫カフェは男一人では来づらいだろう。

 須郷を誘おうにも男二人で来るのはもっと辛いし、祐奈は犬派だし、綾瀬は猫アレルギーだし、毛利はこんなところに二人で来るほどの仲ではない。


 だが、カップルで来るという体なら、自然に見える。

 

「おぉ~、猫だ」

 

 猫だ。

 手の届く位置に猫がいる。

 近くにいるだけでも三、四匹いる。



「おいで~」

「なう~」

「おお、おほっ、きたきた! きたぞ美也。猫だぞ」


 興奮したオタクのような早口口調になる。

 

「ほら、美也も触ってみなよ」

「う、うん」


 黒い毛並みの猫だった。


 猫に触るのは初めてなのか、ジャングルの奥に生息する未知の生物に触るかのようなおずおずとした手で猫を撫でる。

 

「なう~」

「ほわぁ……」


 猫が美也の膝に乗った。

 とても人懐っこい。

 

「かわいい……」

 

 広々とした見晴らしのいい空間に、柔らかなソファー。

 ゆったりとした音楽。

 そして戯れる美也と黒猫。


 癒される。

 写真を撮って美術館にでも飾るべきだ。


「なぅ」

「ん? お前は……」


 さっき窓越しに俺を見ていた、白い猫だ。 

 猫種についてはあまり詳しくないが、長い毛並みと短い手足から察するにペルシャ猫だろうか。

 

「な~う」


 俺の膝元にすり寄ってくる。


「おぉ? 抱っこされたいのか?」


 膝の上で抱っこする。

 顔の形から見るに、メス猫だろうか。


 メスの猫は、オスと比べて頬が小さくシュッとした顔をしている。

 もちろん顔の大きいメスもいるが、一般的な特徴としてそういわれていた。


「なう~」


 よく鳴く猫だった。


 白い毛並みに黄色い目をしている。

 なんだか、美也に似ているかもな、と思ってしまう。


 美也の髪色は淡色だし、目の色も黄色というよりは橙に近いが、甘えるときの仕草が自然と美也と重なる。

 

「美人さんだな~、お前」


 よしよしとすると、膝の上にちょこんと座る。


「きゃわいい」

 

 つい語彙力を失ってしまう。


「えへへ……♪」


 美也も黒猫を膝に乗せていた。

 黒猫はおそらくオスであろう。

 これもまた美也に懐いている様子だった。


「うちもペット飼いたいんだけどなあ」


 マンションはペット禁止である。

 実家で亀やらハムスターを飼っていたことはあったものの、犬や猫などは飼っていない。

 多分、誰が世話をするかで揉めるからだろう。

 

「ん、えへへ……くすぐったい」


 黒猫が美也の膝元でお腹を見せる。

 もはや黒猫は美也にべったりだ。

 随分と懐いているなあ、と思った矢先、黒猫が美也のスカートの中に潜り込んだ。


「んっ……⁉」

「ちょちょ、おい!」


 慌てて黒猫を引っ張り出した。

 猫だと思って油断していたら、とんだスケベ猫である。


 発情期でもないくせに、俺よりも先に美也の聖域に手を出すとは許すまじ。


「お前やってくれたな、美也のスカートに入りやがって」

「シャー!」


 お、やんのか、こいつ。


「……シュウ……許してあげて?」

「よし、わかった」


 美也がいうなら仕方ない。


「今は離してやるが、許しはしていないからな? そこよくわかっておけよ」

「シャー!」


 こいつ顔覚えたからな、マジで。

 

「ったく、節操ないやつもいたもんだ。なあ?」

「なぅ?」


 白猫が首を傾げる。

 

「お前は大人しいなあ、うちで飼いたいくらいだ」


 実際この白猫、俺の膝の上でほとんどじっとしており、あまり動き回らない。

 時折喉を鳴らすような「ゴロゴロ」という鳴き声を発する。

 基本的にこれはご機嫌であることを表しているらしい。


「……」

「……」


 その時、白猫と美也の目があった。

 

「……(プイッ)」

「……っ!」

「あらあら」


 美也は白猫のお気に召さなかったらしい。

 

「ダメだぞ、美也とも仲良くしなきゃ」

「……(プイッ)」

「……む」


 美也には目もくれず、白猫は俺の胸に前足を乗せる。

 俺の顔に鼻先を近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。


「ちょっと、くすぐったいぞ」 

「むぅ……」

「おいおい、舐めるなって」

「むぅ……!」

「お、ここを撫でると気持ちいいのか?」

「むぅ!」

「いててて! な、なんだ?」


 頬をぎゅっと摘まれる。


「どうした、美也?」

「む……」


 むすっとする美也。

 目線は俺ではなく、俺の抱えている白猫に向けられていた。


「……」

「……なぅ?」

「……む」

「……っ!」


 何か感じ取ったのか、白猫が尻尾を一瞬逆立てると、俺の膝の上から逃げ出してしまった。


「あぁ……猫が」


 せっかく懐いていたのになあ。


「あのねこ……」

「ん?」

「シュウのこと……ねらってた」

「狙ってた?」


 何を狙うというのだろう。

 まさか獲物として認識していたわけでもあるまいに。


「……ううん、やっぱり……なんでもない」

「そうか?」


 そういいながらも、美也の瞳は揺らいでいた。

 まるで自分の感情に戸惑っているかのように見えた。

 

 さっき頬を引っ張られたときも、美也にしては随分と強引な行動に出たものだから驚いたものだ。

 だが、どんな形でも、こうして自分を出してくれる今の美也が、好きだった。



 ♢



「ここもな、俺一人じゃちょっと入りづらかったんだよな」


 猫カフェを出てから、どこへ行こうか思案していたところだった。

 ちょうどお腹も減った頃なのでお昼にしようかと思ったタイミングで、ある店の看板が見えた。

 これもまた、前々から少し気になっていた店だった。


「いかにも女の子が好きそうな店だからな」


 その名も、ボムの樹。

 今にも爆発しそうな名前だが、れっきとしたオムライス専門店である。


 

「へえ、色んなメニューあるんだな」

「むむ」

「どれにしようかな」


 美也は料理に対して好き嫌いがない。

 和食でも洋食でも、肉でもサラダでも果物でも、何でも食べる。


 ただ、何が好きなのかはわからない。

 美也はお菓子や甘いものを積極的に摂ることはなく、飲み物にも特に興味を示さない。


 記念日に好きな料理を出す、というサプライズができないのは惜しいところだ。

 せめて気に入る店、行きつけの店とかを見つけてくれればいいんだけどな、と思った。 


「メニューは決まった?」



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