第78話 我が家
「どうした、生気吸われたみたいな顔しやがって」
須郷の指摘に、俺はハッとする。
「な、なんでもない」
「昨日あまり眠れなかったのかしら」
綾瀬も眠そうな目をしながらそう言う。
「秀斗よ、お前ら付き合ったばかりで熱くなってるのはわかるけどな、時と場所を選べよ?」
「はあ? どういう想像しているんだ、お前は」
「……」
だが恐らく須郷の想像もあながち的外れでもないのだ。
確かに昨夜は熱くなってしまった。
付き合ってからわずか一日であんなことになるとは思わなかったので、不意打ちだった。
もちろんゆくゆくは「あんなこと」や「こんなこと」をすることになるだろう、と思っていたものの、急ぎすぎるのも美也に負担がかかると遠慮している面はあった。
だが、美也にとってそんな心配は無用であったらしい。
「……♪」
寝不足気味の俺と比べ、美也は朝から上機嫌だった。
「……なんもなかったよ」
「本当?」
「本当だ」
つい昨日の朝もこんなやり取りをした気がする。
「それよりお前ら、部屋に忘れ物してないか?」
修学旅行に随伴する教師のような口調でいう。
「ばっちりだ」
「美也は、忘れ物ないか?」
「うん、……大丈夫」
「そうか。じゃあ、出るぞ」
チェックアウトを済ませ、旅館を出る。
キャリーケースを手に、駅に向かう。
「あ~あ、もうお終いか」
ゲーセンでお金が切れた小学生のような口調で、須郷は零す。
「来年から私たちも忙しくなるし。今年で旅行は最後かもね」
「来年もこのサークルがあるかは知らないけどな」
映研は今のところ俺たち三人しかいない。
来年で俺たちは引退することになるので、来年の新入生がうちのサークルに入ってこなければ、映研は自然消滅となる。
「まあ、最後の世代が俺たちってのも感慨深いのかもな」
「確かに」
須郷の言葉に、俺は頷く。
「でもさ、そしたら私たちの世代でつくる制作動画、誰にも見せられないじゃん」
「確かにそりゃ、もったいねえな。秀斗と美也ちゃんのプロフィールビデオ」
「……もったいないのか?」
「お前、帰ったらちゃんと編集しとけよ? プロフィールビデオ」
「私たちにも見せてよ? プロフィールビデオ」
「もうプロフィールビデオなのは決定なのか?」
普通は結婚披露宴で見せるものだろうに。
「でも、編集はしとく」
夏休み明けには完成するだろう。
撮った素材が美也ばっかりなのは気になるところだが。
京都を出て、新大阪に着く。
新大阪で新幹線に乗った。
その頃には正午を少し過ぎていたので、駅内で軽食を買っておいた。
「はあ……」
新幹線のシートに腰かけたところで、眠気が襲ってくる。
腰を落ち着かせれば、旅の思い出が回顧される。
眠気のせいか、これまでの出来事が夢のように頭に浮かんでは、消える。
長いようで短かった、三泊四日。
旅行が終わり、眠りから覚めるかのような現実感の浮上と、生理的な眠気がごちゃまざになり、目が覚めているのかどうかもわからなかった。
ただ一つ確かなことは、つながれた手から伝わってくる柔らかい感触。
絡ませた指と、肩に触れる感触が確かな安心感を与えてくれる。
「すぅ……」
隣からかすかな寝息が聞こえる。
到着まで二時間。
俺は眠気に身を任せた。
♢
「ねえ、撮れた?」
「ああ、ばっちりだ」
須郷が綾瀬にサムズアップする。
ビデオカメラが向けられた先。
秀斗と美也が手を繋ぎ、身を寄せ合いながら眠っている。
鼻先が触れ合いそうな距離だ。
後ろの座席に座る秀斗たちに席を倒していいか尋ねてみたところ、返事がなかったため振り返ったら、この様だ。
「最後にいい映像撮らせてくれるじゃねえか」
「仲いいんだから」
「こいつら、いつもこんな感じで一緒に寝てるのか?」
「そうなんじゃない?」
「妬けちまうな」
「ここまでお似合いのカップルも珍しいわね」
常人とは全く違う、否が応でも人を惹きつける異様な雰囲気を纏う美也に対し、秀斗は単なる勤勉な学生に過ぎない。
だが、なぜか美也の隣に秀斗が立つ構図がしっくりくるのだ。
「記念に携帯でも撮っておくか」
「そうね。あとで二人に送っておきましょ」
♢
「戻ってきたな」
「……うん」
部屋の前に立つのが、随分懐かしく思えた。
鍵を開け、中に入る。
旅館の部屋よりずっと狭い、俺の部屋。
「ただいま」
「……ただいま」
だが、もう俺だけの部屋ではない。
ここは俺と美也が帰る場所だ。
キャリーケースを置く。
「しばらく暇になるな」
ベッドに腰かける。
「うん……」
実家にも顔を出したし、サークル恒例の旅行も済ませた。
あと一か月近くは夏休みが続く。
その間勉強に励むことになるものの、受験生でもないので毎日一日中勉強漬けというわけでもない。
「どっか、行きたいところとかある?」
旅行に行ってきたばかりというのに、もう次の予定を立てようとしている。
一体どこからそんな気力が湧いて出てくるのか、と自分に呆れてしまう。
「ううん」
美也は首を振った。
「そうか?」
「うん。いまは、ね……シュウと、ゆっくりしたい」
美也もベッドに腰かける。
ぎゅっと、距離を詰めた。
「……そうだな。たまにはゆっくりするのも悪くない」
最近出かけてばっかりだったのもある。
屋内で静かに過ごす時間も大切だろう。
デートしなくたって、こうして一緒に暮らしているのだから。
久しぶりの我が家と美也の存在に、俺はほっとする。
再び眠くなる。
「俺は少し寝るよ」
「うん」
「夕方になったら、起こして」
「うん……」
ベッドに横になる。
美也はベッドに腰かけたままだったが、俺と繋いだ手は離さない。
ぎゅっと握りしめられる感触を後に、俺は目を閉じた。
―――――――――――
次回、本編最終章突入
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます