第76話 初デート
「それでよ、結局美也ちゃんの告白になんて返事したんだ、秀斗? なあ?」
「言わない」
「言いなさいよ、美也ちゃんは言ったのよ?」
「絶対言わない」
頑として俺はいう。
美也ならいい。というか、美也の為の言葉だ。
こいつらにいうのだけは絶対にお断りだ。
俺の告白はそう安くはない。
「ねえ、美也ちゃん。秀斗は何て返事したんだ?」
「あ……う」
「美也に聞くなよ、ずるいぞ」
「よっぽど恥ずかしいこと言ったのかしら?」
「お前らにいうことは恥以外の何物でもないな」
「じゃあ私に耳打ちでこっそり教えて?」
「だから、耳打ちすればいいって話じゃないんだよ」
くそっ、面白がりやがって。
内心渋面を浮かべる。
あの言葉だけは墓場まで持って行ってやる。
「その……お、『俺も美也が好きだよ』、って……えへ、えへへ♪」
「……」
どうも美也の口を封じることはできないらしい。
「おやおやおや」
「あらあらあら」
「な、なんだよ、悪いのか? 捻りがないと言い出すのか?」
「いいや? ダイレクトな表現でいいと思うぜ?」
「でも実物で聞いてみたいわね」
「カメラで撮りたいくらいだ」
「勘弁してくれよ……」
のらりくらりと二人のからかいを避けつつ、京都の街を進む。
「どこか行きたいところはないのか?」
俺は尋ねる。
「ん~、そうだな。ボウリングとかカラオケとか?」
「馬鹿なのか?」
はあ、とため息を吐く。
「なんで京都に泊まりに来てまでレジャー施設なんだ……」
しかも俺たち三人にとっては飽きるほど行った場所だ。
「じゃあ、どこに行くっていうの?」
「神社とか寺とかだろ、普通」
「え~、退屈だな」
実際俺たちは普段から外を歩き回るタイプではないので、屋内で過ごす方が楽しめるのは間違いない。
だが、それなら帰ってからでもできる。
「じゃあよ、別行動にしないか?」
須郷がそう提案する。
「俺と綾瀬、秀斗と美也ちゃんで別れてさ」
「まさか、気を遣ってんのか?」
「そんなんじゃねえよ。その方が効率がいいってだけだ」
須郷は肩をすくめた。
「そうね、私もその方がいいと思う」
「俺たちは俺たちで楽しくやってるわ。お前らは寺でも神社でも巡ってればいいさ」
「……わかったよ。じゃあ、そういうことで」
二手に分かれる。
須郷と綾瀬が二人でなにをするのかわからないが、まあ、適当に時間を潰すだろう。
「さて、俺たちはどうする?」
「……」
美也と二人きりになる。
思えば、外で美也と二人きりになる機会はなかった気がする。
大抵サークル仲間の須郷と綾瀬、バイト先の毛利と楠本先輩、地元の祐奈と星くんが一緒にいた。
つまりこれは。
付き合ってから美也と、初めてのデートということになる。
「とりあえず、歩こう」
「……うん♪」
上機嫌に美也は頷く。
手を繋いだ。
慣れたことでも、恋人同士となった今ではその意味合いも違ってくる。
不思議な気分だった。
昨日と何も変わっていないはずなのに、全くの別世界に来た気がする。
まだふわふわとして気分が抜けきれないらしい。
デート、デートか……。
意識し始めると途端に緊張が襲ってくる。
ちゃんと付き合うことになったとはいえ、本来は男女関係はここから始まる。
言い換えれば、スタートラインに立っただけに過ぎない。
これから俺たちは、恋人として仲を深めていかなければならないのだ。
「……~~っ」
美也の表情が若干強張っていた。
静かに息を吐く。
落ち着こう。
力んでも仕方ない。
楽しめるものも楽しめない。
今は、美也とこの時間を楽しむことだけ考えよう。
スマホのマップを開く。
この近くだと、清水寺がある。
「行こうか」
美也の手を引き、歩き出した。
♢
清水寺。
平安京遷都以前から歴史を持つ数少ない寺院の一つであり、ユネスコの世界遺産にも登録されている観光名所だ。
交差点から清水寺までは坂になっており、両側に土産店などが連なっている。
平日とはいえ、有名な場所とあってか観光客は多かった。
中学の頃、修学旅行で訪れたことのある場所だ。
仁王門を越え、境内に踏み入る。
「綺麗なところだな」
「……うん」
境内を回りながら、本堂へと向かう。
観光ならまだしも初デートでここに来てしまったのは、もしかしたら失敗だったかもしれないと思い始めた。
話題がなかった。
歴史ある建造物、眺めのいい景色。
観光地としては外せない場所だろう。
だが、これで美也との仲が深まるかといえば、微妙なところだ。
須郷の言う通り、ボウリングだとかカラオケだとかのレジャー施設の方がまだ適している。
本堂へたどり着いた。
よく秋になるとニュースで紅葉を見る、あの場所だ。
写真でも撮るか、と俺はバッグに手を入れる。
「あれ、これは?」
バッグから出てきたのは、ビデオカメラだった。
そうえば昨夜、須郷から預かったものを返していなかった。
今、幸運にも周りに人は少ない。
「なあ、美也。ちょっとここに立ってくれないか?」
「……ん」
「そうそう。で、カメラを構えってっと」
昨日は何も撮れなかったので、少しでも素材を集めておかなければならない。
「こっち見て」
カメラを構え、美也にレンズを向けた。
改めてみると美也は本当に綺麗だな、とレンズ越しにそう思う。
現実離れした淡い色の髪、琥珀色の眼。
それを抜きにしても切れ長の目に、透き通るのようなきめ細かい肌。
幼さを残しながらも、女性らしさの磨かれた整った顔立ち。
街ですれ違えば三度見はする容姿だ。
今まで一緒にいて感覚が麻痺していたが、こんな子が俺の彼女だということが信じられなかった。
たぶん二か月前の俺に言っても信じないだろう。
「レンズに向かって笑って」
美也の背後に広がる風景も、もはや目に入ってこなかった。
「……ふふ♪」
美也が笑みを浮かべる。
自然と出た笑みなのか、それとも俺に言われて浮かべた作り笑いか、区別がつかなかった。
だが、とても幸せそうな笑みに思えた。
♢
一方その頃。
「あの二人、うまくやってんのかねえ」
「さあ?」
ゲームセンターのクレーンゲーム。
台の前で、二人は話していた。
「そこもうちょい右だ」
「右? 右行くと通り過ぎちゃうじゃん」
「あの位置じゃ一発で獲るのは無理なんだよ。まず体勢を崩してから二回目で獲るんだ」
「へ~」
綾瀬は淡々とクレーンを動かした。
「あの二人、意外とすんなりと付き合うことになったのね」
「まあな。でも、重要なのはこれからだぜ? 無事に付き合えたとしても、長く続くは二人の努力次第だ」
「努力ねえ……」
「元々赤の他人同士が一緒に過ごそうっていうんだ。お互い歩み寄る努力がなきゃすぐに破綻する」
「随分知ったようなこと言うけど、あんたまだ彼女いないんでしょ?」
「そうだった」
すっかり忘れていた、と頭を掻く須郷。
「まあでも、あの二人なら大丈夫なんじゃねえか?」
「どうして?」
「二か月も一緒の部屋で暮らした上でお互い好きになれたんだ。その時点でもう十分歩み寄れていると思うぜ」
「ふうん。……あ、体勢崩せたわね」
「上手いな」
須郷がバッグから財布を取り出そうとする。
「あれ?」
「何? どうかした?」
「俺のビデオカメラ、なくなってる」
「昨日秀斗に渡してたでしょ」
「ああ、そういえばそうだった」
須郷は台に百円を投入した。
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