第75話 話し合い

「ふむ、なるほどねえ」


 新田は腕組みをしながら、うんうんと頷く。


「おめでとう、とでも言った方がいいのか?」

「そこは素直に祝福しましょうよ」

「まだめでたしめでたしっていう段階でもないからな」


 新田は冷静な物言いだった。

 人差し指で眉間を掻く。


「お前も、美也も、忘れちゃないだろ? お前と美也が一緒に住むようになったのは、一体誰の命令だ? 美也に関する一切の決定権を持っているのは、どこの誰だ?」

「……総理大臣ですか」

「そうだ。言っておくがな、俺に報告した以上もう白石首相に伝えざるを得なくなった。そのことは承知の上なのか?」

「わかっています」


 隣の美也も、神妙に頷く。


「もしも、白石首相がお前らの交際を認めなかったら? どうするつもりだ?」

「あの人に、そんな権限があるんですか?」

「権限はない。権力はあるけどな」


 身も蓋もないことをいいだす。


「伝えてくれても結構です」

「……いいのか? 俺に言わないでくれ、って頼めば考えてやらんこともないが?」

「むしろ伝えてくれた方が、助かります」

「ほう?」

「……っ」


 新田は首を傾げる。

 美也もまた、少し驚いたような顔をした。


「それはなぜだ?」

「なぜって……曲がりなりにも美也の父親だからですよ。それ以外に理由がありますか?」

「義理を通したいって訳か。まあ、そういう考えもあるだろうよ」


 本当は納得いってないのか、新田は揶揄するような口調で言った。


「……とりあえず、このことは報告しておくからな?」

「お願いします」

「あと――」


 新田は俺に歩み寄ると、肩をつかんで耳打ちした。


「おめでとさん」


 ばんっ、と背中を叩かれ、体が離される。


「じゃあな」


 新田は部屋を出て行った。

 意外とあの人、応援する立場なのかな、と思ったりした。

 立場上俺たちの味方をするというわけにも行かないんだろう。


 そう思うと、急にいい人に見えてくるのだから不思議だ。


「……シュウ?」

「どうした、美也?」


 じっと俺のことを見つめていた。

 この問うような視線は、どこか既視感があった。


 多分あれだ。

 前に美也が過激な濡れ場シーンのある映画を見ていたのを、慌てて止めたときの目だ。

 あるいは俺が美也に内緒でプレゼントとしてブレスレットを買い、それがバレてしまったときの目だ。

 

 あれも随分と懐かしい出来事のように思える。


 そしてこの二つの出来事は、俺が隠し事をしていたときの出来事だったのだ。


「やっぱ美也には、全部バレちゃうんだな」


 何でもお見通しなのだ、この子には。


「実はさ俺、白石首相――つまり美也のお父さんと話がしたいんだ」

「……っ」


 美也が警戒するように目を細めた。


「どう、して?」

「どうしてっていわれても……」


 俺もどうしてなんだろうな、と思った。

 ここ最近色々と起こりすぎて、その混乱から生じた気の迷いかもしれない。

 

 しかし自分の心を整理すれば、もっともらしい答えが出てくる。


「あの人とはいつか話をしなくちゃ、と思ってたんだ」


 今まで名前しか出てこなかった、美也の父親。

 彼女を預かる立場になり、そして彼女の恋人となった今、話すことは山ほどあるはずだ。


 それに、一つだけ気がかりもあった。

 和文老人の話から、結局白石玄水が西ノ宮月乃と別れた原因がなんなのか何もわかっていなかった。


 別れたタイミング、別れた当時の関係性、別れた後の対応、どれをとっても不自然だ。

 俺は、その理由を知りたい。

 西ノ宮月乃は俺の恩師だ。無関係とは言い切れない。


「……ん~」

「美也は、嫌か?」

「……ん」


 控えめに、頷いた。

 

 美也は父親のことを嫌っている。

 真相はともかく、当時の別れたタイミングを考えれば、白石玄水は母親と自分を捨てたように感じるのだろう。


 しかもその後、その母親は肺炎で亡くなっている。

 恨みに近い感情を持っても仕方ない話だ。


「ごめんな。でも、いつまでも顔を合わせないままって訳にもいかないと思うんだ。きっと必ず、話をすることになると思う」

「……うん」


 渋々、美也は頷いた。


 

 ♢



「――ということなんだ」

 

 外に出た途端に、俺は美也とのことを二人に打ち明けた。

 友人とあって打ち明けるのは新田よりもハードルは低かった。



「まあ、なんというか……ねえ?」

「なあ?」


 綾瀬と須郷は眉一つ動かすこともなく、ただ顔を見合わせた。


「収まるべきところに収まった、って感じだな」

「やっとか、って感じね」

「……反応それだけ?」

「まさか私たちが、『なにそれー、あんたら付き合ってんのー、やだマジチョーウケるー、ぎゃははー』みたいな反応すると思った?」

「そんなギャルみたいな反応は求めてなかったが」

「でもな。付き合うっていうんなら今までみたいに、俺たちと無理に行動することはねえんだぞ? 二人きりになりたいんなら、俺たちも配慮するからな」

「別に嫌でお前らと一緒にいたわけじゃないからな」


 確かに二人だけの時間は必要かもしれないが、変に気を遣われるのも気が引けた。


「報告はしたけど、気にしなくていいからな? 今まで通りでいい」

「今まで通りって言ってもねえ……」


 綾瀬が渋い顔をした。

 考えてみれば、仮に須郷と綾瀬が付き合って「今まで通り接してくれよ」といわれても戸惑うに違いない。 

 

「ていうかさ、告白ってどっちからしたんだ?」

「あ、それ気になる。どんな風にしたの?」

「それ言わなきゃダメなのか?」


 隣の美也は恥ずかしそうに俯く。


「俺とお前の仲だろ? 恥ずかしがらずに言えよ」

「恥ずかしい思いをするのは、俺じゃなくて美也なんだけど」

「え?」

「~~っ」

 

 二人は美也に視線を向けた。

 注目を集めてしまい、美也はさらに顔を赤くした。


「あ、美也ちゃんの方から告ったのか?」

「う、うん」

「どんな感じで告白したの?」

「……っ」 


 二人に詰め寄られ、美也は言葉に詰まった。


「おい、美也が困ってるだろ?」

「だってよ、気になるじゃんか」

「高校生じゃあるまいし。その辺にしとけ」

「じゃあさ、こっそり私にだけ教えてよ。耳打ちで」

「耳打ちならいいって話でもないだろ」


 だいたいこういうものは、友人とはいえ他人に話すことでもあるまい。


「……好きって」


 掻き消えそうな声が、確かに聞こえた。


「……シュウのこと、好きって……いった」

「「「……」」」

「うぅ……」


 言った途端に顔を真っ赤にした。

 

「おい、秀斗」

「なんだ?」

「この生き物うちに欲しい」

「誰がやるか」

「これ、大丈夫? 脳みそ溶けなかった?」

「どういう心配の仕方なんだよ」

 

 だが確かに、美也の告白は威力抜群だった。


 美也の告白、「好き」という言葉。

 思い出すだけで心臓が高鳴り、美也への愛おしさでいっぱいになる。

 おまけに昨夜は告白に留まらず、口づけまで――


「――って、この話はもういいんだよ。十分だろ?」

「なんだよ、昨夜は告白だけで終わりだったのか?」

「そ、そうだよ。なんもなかったよ」

「若い男女が夜の旅館で、同じ布団で寝て、告白して――何も起こらないはずなくない?」

「うるせえ! とにかくなにもなかったんだよ! この話はもう終わりだ」


 未だに顔の赤い美也の手を取り、俺は歩き出す。


「今日は京都巡りだろ? 早く行くぞ」




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