第64話 襲撃

「ふう、着いたな」


 巨大な地球儀のようなオブジェクトの前に着く。

 某テーマパークの入り口付近。


「記念に撮っておくか?」

「頻繁にデジカメを構えるなよ」

「じゃあ、写真ぐらい撮っておかない?」


 綾瀬が自分のスマホを構えた。


「ほら、寄って。全員映るように」

「なんだ、これもSNSにあげるのか?」


 須郷が揶揄するようにいう。


「何よ、悪い?」

「いや〜、女子みたいだな」

「はあ⁉︎」

「お前ら、ここに来ても喧嘩か」


 もはや仲良いだろ、こいつら。


「撮るなら、早く撮るぞ。美也も、ほら、こっち来て」

「うん」


 四人がギュッと固まる。

 綾瀬がシャッターを切った。


「……美也ちゃん、相変わらず笑顔固いね」

「……うぅ」

「そして、秀斗」

「うん?」

「アンタは写真の映り悪いね」

「は?」


 綾瀬が撮れた写真を見せてくる。

 

「なんか表情がのっぺりしてるわよ、これ」

「まるで免許の顔写真だな」

「うるせえな。大体免許の写真なんて全員変な顔だろ」


 でもそんなに変だったかなあ、と財布から免許証を出してみる。変な顔には見えないが。


「それより、早く中に行こう」


 入場ゲートをくぐり、園内へと入っていく。

 パンフレットに載ってあるマップを頼りに、奥へと進んでいく。


 何せ敷地が広いだけに、さすがに一日では回り切れない。

 なのでもうここは割り切って、ある程度まわるエリアを絞ることにした。


「で、早速何に乗るんだ?」

「ジェットコースターでしょ」

「……いきなりだな」

 

 初っ端から飛ばしていく綾瀬。


「やっぱテーマパークだろうと、遊園地だろうと、それに限るわよ」

「絶叫アトラクションかぁ……」


 俺は渋る。

 巨大な、うねる蛇のようなコースタ―を見上げ、俺は冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「なんだ、秀斗。脚ガタガタさせやがって。トイレか?」

「違う。そういうことじゃなくて」

「じゃあ、青鬼か?」

「たけしか」


 そんな口が利けなくなるほどガタガタはしてない。


「だから、その、やっぱ他のにしないか?」

「なんでよ。すぐそこだし、いいじゃない」

「まあ、そうなんだけどさ」

「まさか秀斗、お前、絶叫系は苦手か?」

「な、そ、そそ、そんな訳ないだろ」

「わかりやすいヤツだなあ」


 須郷がどこか感心したようにいう。


「……別にアトラクションが怖い訳じゃない。ただ、高いところが、苦手なだけだ」

「へえ、そりゃ初耳だ」


 美也も綾瀬も、ちょっと意外そうな顔をした。


「じゃあ乗るしかないわね」

「なんでノリノリなんだよ」

「美也ちゃんだって、乗りたいでしょ?」

「うん」


 美也が追従するように頷いた。

 上から乗客のおぞましい悲鳴が聞こえてくるというのに、むしろちょっと興味を惹かれたような目をしている。


 恐れ知らずというか、肝が据わっているというか。


「で、でもあれだぞ? 列が長いから、それなりに時間かかるぞ? だったら他のところ回ったほうが」

「じゃあ、あんたと美也ちゃんだけで乗ってくれば? 私たちはその間に他の見て回ってるから」

「何で言い出しっぺのお前が乗らないんだ?」

「私は後で乗るからいいのよ。それより、美也ちゃんが乗りたがっているんだから、付き添ってあげなさいよ」

「そんな——」

「じゃあ私たちは行くからね~」

「おい! 話を聞け!」


 綾瀬は須郷の腕を引っ張り、どこかへ行ってしまう。


「お、おう、秀斗! うまくやれよ!」


 最後に須郷も手を振りながら、去っていく。

 残された俺はその後ろ姿をポカンとしながら、見送った。


 隣の美也が俺の手を握ってくる。

 俺を見上げて、にっこりと笑う。


「いこ♪」

「……いこうか」


 手を引かれる。


 こんなことをいわれては、断るに断れないものだ。

 相変わらず乗客の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。


 大丈夫だ、落ち着け。

 どうせこれはアトラクションだ。

 

 滅多なことなど起きるわけがない。

 そう、これはエンターテイメントだ。

 

 楽しむものだ。

 女の子だって乗れるし、中学生のガキでも乗れる。

 大丈夫、大丈夫。


 立派な成人男性と言えるこの俺がビビる訳が—―



 ♢


「あああぁぁぁぁっ‼ 無理無理無理無理ぃ‼ しぬぅ‼ 死ぬって‼ あががががぁああ〇×△□※――‼」

「~♪」


 ♢


「どうしたの、そんな老け込んだ顔して」


 アトラクションを降りた後、開口一番綾瀬に突っ込まれる。


「竜宮城にでも行ってたのか、お前?」

「……ゔらじまだろうじゃねよ」

「声までしわがれちゃって」

「元プロレスラーの人みたいだぞ」


 元プロレスラーの人などたくさんいるのに、不思議と誰かわかってしまった。


「美也ちゃんは楽しかったのか?」

「うん♪」


 美也は遠足から帰ってきた小学生のように、元気よく頷く。


「そうか、よかったじゃねえか」

「また乗りたくなったら秀斗に付き添ってもらったらいいわよ」


 殺す気か。


「それよりお前ら、俺らが乗ってる間にどこ行ってたんだ?」

「俺らは売店をぶらぶらと渡り歩いてたぜ。まあ、土産選びだ」

「遠くから悲鳴聞こえてたわよ。情けなかったわ」

「そんなストレートに罵倒するな」


 確かに喉が枯れるほど絶叫したのは事実だが、逆にいえばあのアトラクションを一番堪能したのも俺といえるだろう。


「次、行くぞ」


 ♢



「ふわぁ」


 新田は旅館の部屋でテレビを見ながら、頬杖をついていた。

 昼間のバラエティー番組。

 旅館の部屋着に着替えている新田は完全に力を抜いており、部屋にはビールの空き缶が数本転がっていた。


 眠気を堪えながら、スマホの画面をちらりと見た。


 マップの中に表示された赤点は、大阪のかの有名なテーマパークを指している。


 新田はスマホの音量を上げた。 



『あああぁぁぁぁっ‼ 無理無理無理無理ぃ‼ しぬぅ‼ 死ぬって‼ あががががぁああ〇×△□※――‼』


「何やってんだ、アイツ」

 

 美也の位置情報と、周辺の音は、美也が常日頃持っているペンダントが発信している。

 

 美也の瞳と同じ色を放つ、宝石のペンダントだ。

 琥珀に見えるが、実際のところそうではない。


 これは、どうやら黄玉トパーズらしい。


 元々、美也の母親――西ノ宮月乃のもので、母親が亡くなってからは美也はそれを毎日欠かさず身に着けている。


「暇だな」


 新田が関西にまで来たのは、西ノ宮家が美也へ干渉するのを防ぐためだった。

 西ノ宮家は医学界の名門であり、知る人ぞ知る権力者。


 そして未だに昔のしきたりが抜け切らない家でもある。

 権力が絡めばそこにはしがらみというものが必ずつきまとってくる。

 そのしがらみに縛られ、西ノ宮家は今でも男尊女卑的な価値観が残っている。


 家では父親が絶対、結婚はお見合い、女は子を為してこそ。

 

 だからこそ西ノ宮家が美也に干渉するとして、どういう意図で美也に干渉するのか、調査する必要があった。

 かつて娘にそうしたように、実の孫にも結婚を強要させる、なんてこともあるかもしれない。


 そして、美也の血は西なものだ。

 他にも手に入れようとする理由は山ほどある。


「酒でも買ってくるか」


 しかし、今のところ静かなものだ。

 動き出す気配もない。


 新田はコンビニへ出かけようと、立ち上がった。

 襖を開ける。


 首筋にガツン、と衝撃が走った。


「がっ⁉」


 呼吸が一瞬止まる。

 視界が暗転する。


 数秒だけ意識が飛び、自分が今うつぶせで倒れていることに気付く。

 慌てて周囲を確認しようとするも、上から頭を押さえられた。


 誰だ?


「安心しろ。これ以上危害は加えん」


 低い、男の声だった。顔は確認できない。


「夜になったら拘束を解く。ただ、それまでは大人しくしてもらう」

「よ、夜まで、だと?」

「首相に報告されたら、少々面倒だからな」

「なんだと……」


 こいつ、まさか。

 西ノ宮家の—―

 

「その間、酒でも飲みかわそうじゃないか? なあ?」


 背後で男がニマリ、と笑った気配がした。



 

 

 


—――――――――


※不穏な空気が漂ってますが、あくまで本作は「ほのぼのラブコメディー」です。




 あと元プロレスラーの人とた〇しの流れは、深夜テンションで書いてます。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る