第61話 失言の黒瀧

「結構綺麗に撮れたわね」

「な。これは一発で採用だろ」

「あのなあ……」


 ビデオカメラに映っているのは、指を絡ませて手を繋ぐ俺と美也。

 アングル、明度、風景、美也の表情、どれをとっても完璧だ。

 本当に映画の中から切り抜いたかのようだ。


「あともう一回再生するか」

「もういいだろ。五回ぐらい再生してるだろ」

「~~っ」


 さすがに何度もそんな動画を流されてやり玉に挙げられては美也も恥ずかしさが勝ったのか、頬をわずかに赤らめた。


「もはや結婚披露宴のビデオだな」

「そりゃいいわね。だったら今回作るのは、アンタら二人のプロフィールビデオでいいじゃん」

「なんでだよ……」


 まだ付き合ってもないのにもはや結婚することが確実かのような雰囲気だった。


「そもそも、作ったビデオは部室に残すんだろ? 後輩の部員に今後一生見られ続けるとか嫌に決まってるだろ」

「いいだろ、別に。今後一生後輩にリア充自慢できるぞ」

「別に嬉しくないんだよ」

「なんでよ?」

「こう言うのは……なんていうか、当事者だけで大切にしたいというか……」


 一瞬、二人は瞠目した。

 そして俺も言い切ってから自分が何を口走ったのか、理解が追いついてしまう。


「「ひゅぅ〜」」

「なっ⁉︎ や、やめろ! 茶化すな!」

「いやあ〜、もう一回頂いていいすか?」

「いいわけねえだろ」


 ビデオカメラを向けてきた須郷の手を払う。


「だいたい、編集担当は俺なんだから、あんなの映像に残すわけないだろ」

「え~、つまんね」


 須郷と綾瀬が口を尖らせた。

 

「てか、もうこんな話してる場合じゃないだろ。日も落ちかけてるんだ。飯食いに行こう」


 多少強引に話題を切り上げる。


「撮影いいの?」

「もういいんじゃないか? 明日、明後日に回せば」

「まあ、俺はいつでもいいぜ?」


 須郷はビデオカメラをしまった。


「あとでデータをスマホに移しとこ」

「おい!」

「スマホのロック画面にしてやろ」

「どういう嫌がらせなんだよ‼」

「あ、美也ちゃんにもあとで動画送っておくね」


 美也はちょっと嬉しそうな顔をした。


「せ、せめて待ち受けにするのはやめてくれ……」

「保存するのはいいのかよ」

「保存は、まあ、美也ならいいけどな。お前らはダメだ。あ、あと――」

「なんだ?」

「……後で俺にもデータ送っておけ」

「……りょーかい」



 ♢


 結局のところ、飯は京都駅周辺の居酒屋でとることにした。

 大学生である俺らにとって、見慣れない和食処よりは、勝手知ったる居酒屋の方が居心地が良かった。


 じゃあ何で京都に来たんだという問題ではあるが。


「そういえば、美也ちゃんってお酒飲めるんだっけ?」


 須郷がそう尋ねた。


「……?」

「おい、美也はまだ十九だぞ?」

「でも俺が十九の時は酒飲みまくってたぜ?」

「お前と一緒にするなよ」

「えぇ、わたしだってぇ~、大学はいってからお酒のんだけどぉ~、じぇ~んぜん平気だけどぉ~?」

「お前はいつも平気じゃねえだろ」


 三杯目でべろべろになっている綾瀬を横目で見やる。


「この後風呂に入るのに、そんなに酔って大丈夫なのかよ」

「大丈夫なわけないな。だからアルコールはよしとけっていったのに」


 須郷と俺はアルコールに強いほうだが、綾瀬は悪酔いしやすい方だった。そのくせ、酒癖が悪く、酔った後は記憶が飛ぶというこの上なく厄介な酔っ払いだ。


「美也ちゃんも興味があるなら飲んでみるか?」

「……」


 美也はジョッキに注がれているビールに視線を落とした。

 

「飲まない方がいいぞ。この後風呂入るんだし。せっかくの旅館の風呂に入れなくなっても知らないぞ?」


 飲酒後の風呂は危険だ。

 体温が上がってアルコールが全身に回るので、更に酔うことになる。

 そうすると貧血を起こし、最悪気を失う恐れもある。


 なので俺はアルコールは抑え気味していた。


「……」


 美也はフルフルと首を振った。

 少しは興味を持ったようだが、俺の言うことを大人しく聞き入れたようだ。


「まあ、でも風呂あがって部屋に戻ってから飲めばいいさ」

「滅茶苦茶酒勧めてくるな」

「だって、美也ちゃんの酔った姿、見たくない?」

「見た――」


 見たい。


「別に見たいわけじゃない」

「嘘つけ~、この野郎」

「……?」


 美也が俺の顔を見上げた。


「いや、本当だぞ? 興味あるわけじゃ――」

「む~」

「――興味あります」

「どっちなんだよ……」


 興味ないといったら、それはそれで怒りそうだった。

「構ってほしいオーラ」というものだろうか、最近になってそれを隠そうとしなくなった気がする。


「え~、わたしぃは? わたしの酔った姿は、見たくないの~?」

「うっせえ、酔っ払い。酒くせえんだよ」 


 須郷がしっしと綾瀬を手で払う。


「お前、部屋まで綾瀬を介抱しとけよ。これじゃ一人で部屋に戻れそうにないからな」

「うげぇ、マジかよ」


 普段なら酔っぱらった女性を介抱するとなったらムフフなシチュエーションを想像するだろうが、須郷と綾瀬に限ってそれはあり得ない。

 二人にとっては平常運転である。


「部屋にもどってもぉ、のむわよ~」

「明日二日酔いにならないようにしろよ」


 しかしせっかく旅館に泊まるのだから、部屋に戻ってから飲む酒を買っておいてもいい。

 和室で飲む酒も悪くはないだろう。


「明日はUSNに行くんだからな。へばってちゃ持たないぞ」

「わかってるって~。酒はほどほどにすりゅから~」

「もうグロッキーじゃねえか……」


 酒もほどほどに、四人は会計を済ませ、居酒屋を出る。


「うっぷ……はきそう」

「いわんこっちゃねえ」


 三ラウンドを終えたボクサーみたい状態の綾瀬を、須郷が担ぐ。


「俺らはタクシー拾ってから戻る。お前ら二人は先に帰ってくれ」

「いいのか?」

「いつものことだ」


 須郷は肩をすくめた。


「わかった。じゃあ、また明日な」

「おう」


 須郷と手を振って別れる。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん」


 夜の街を美也と一緒に練り歩く。

 少し酒が回っているからか、体が熱い。


 京都駅周辺は発展しており、人も多い。

 その喧騒や熱気に当てられてか、歩きながらも、どこかぼーっとしていた。

 

 そして気づけば俺は美也と手を繋いでいた。

 突然のことに、美也は面食らっていた。


「こうすると、まるで恋人みたいだな」


 はは、と俺は上機嫌で笑っていた。

 

「~~……んぅ」


 普段の俺なら絶対にいわない浮ついたセリフに、美也は恥ずかしそうに顔を伏せた。


 頬を赤く染めながらも、満更でもないのか口角が上がっていた。 

 俺の手をにぎにぎ、と感触を楽しむかのように握る。

 その表情が、仕草が、いちいちいじらしい。


 酒の力ってやはり偉大だな、と俺は思った。


「……シュウ?」

「ん? どうした?」

「んへへ♪」


 なんでもない、というふうに美也は俺の手を握り返す。

 


 そうして二人して旅館に戻った。








※良い子のみんなは、20歳未満に酒を勧めちゃいけないぜ‼︎


 

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