第60話 カメラはその瞬間をとらえていた

「へえ、意外と風情あるところじゃん」 


 大阪らを発ち、およそ一時間後。宿泊先の旅館にたどり着く。

 

 京都駅から微妙に遠かったが、初めて降りた街なので徒歩でもその遠さに倦むことはなかった。


 宿泊先は京都の祇園にある旅館だ。

 旅館といってもモダンテイストなのか、建物は新しめで、名前がアルファベットで書かれている。


「先に荷物だけでも預けるか?」

「そうね。まだ体力はあるし、しばらくは外を回ってみましょ」


 部屋は俺と美也、須郷、綾瀬で分けられる。 

 それぞれの部屋に荷物を置く。


 畳が広がる和室と、敷布団。

 和室の特有の木の香りがあたりに漂う。


 部屋の奥には広縁――小さいテーブルと向かい合った二脚の椅子が構えられた空間――があり、主室のテーブルにはお菓子が置かれている。

 物がどれも低い場所に置かれているからか、自分の背が高くなったように錯覚する。


 ほへ~、と美也が感心したように声を上げる。

 物珍しそうにキョロキョロとした。



 荷物を置き、必要なものだけ持ってすぐに外に集合する。


「ていうか、夕食は旅館で食うのか?」


 須郷が尋ねる。


「あの旅館って、それぞれの部屋に料理が運ばれてくるわけじゃないわよね? 一階に料亭があったし」

「そうだな」


 この旅館では部屋食は出ず、一階にある料亭で朝食や夕食を済ませることになる。


「まあどうせだし、夕食は外で食べるか」


 三泊する以上、どこかのタイミングで料亭に行くこともあるだろう。


 祇園及びその周辺をぶらぶらと回る。

 発展している京都駅周辺と比べ、祇園は古き良き街並みが残っている。和食を中心とした食事処やカフェもあり、見て回るだけで全く飽きない。

 改めて京都に来たんだな、と実感する。


「ちょっとこの辺りでカメラ回してみるか」


 少し人気のなくなってきた辺りで須郷はビデオカメラを取り出した。


「もう撮るのか?」

「何が素材に使えるかわからねえしな」

「別の日に素材撮るために出かけるのも面倒だしね。京都にいるうちに撮り終っておきましょ」


 映像作品といっても、結局ゆるゆるの学生サークルがつくるものなので、適当に映像くっつけて、後ろで音楽を流しておけばそれっぽくなるものだ。


「私も撮ろっと」


 綾瀬がおもむろに自分のスマホを取り出し、写真を撮り始めた。


「何写真撮ってんだ?」


 須郷が尋ねる。


「ん? いや、こういうのは記念に撮るものでしょ? あとSNSにあげたりとか」

「お前写真をSNSにあげたりしてんのか?」

「してるわよ」


 綾瀬がスマホの画面を見せる。

 その画面を、俺と須郷、そして美也ものぞき込む。

 

 綾瀬と思われるアカウントのホーム画面には、様々な写真が投稿されていた。

 フォロワーの数は五千と、かなりいる。


「飯とスイーツ、それに猫までいるじゃねえか」

「実家の猫よ」

「意外とやってるんだな」

「まるで女子みたいだな」

「は?」

 

 須郷の発現に、綾瀬が目を見開く。

 

「どういうことよ、それ」

「女子みたいな投稿してるからさ」

「……私、女子なんですけど?」

「あ、そう。まあそれはさておき――」

「扱い軽すぎない?」


 さらっと綾瀬が女子として認識されていないことが判明してしまったのであった。


「美也ちゃんは、SNSとかやんないの?」

「……ん?」


 美也は首を傾げた。


「もう自分の携帯持ってるんだろ?」

「うん」


 美也は自分の携帯を取り出した。

 新田が手配してきた、最新の機種だそうだ。


 しかしあまり使っている姿を見たことはない。使い方は一通り教えているものの、使い道がピンと来ていないらしい。

 ネットニュースの通知をオンにしていることぐらいは知っている。


「アプリ自体はインストールしてあるみたいだな」

「アカウントもつくっているみたいね。なら後は適当な垢フォローして、写真なり動画なり、アップしたらいいんじゃない?」

「ふぅん?」


 美也は納得したのかまだ疑問が残っているのか、曖昧な反応をする。

 どうやら彼女は、そんなことをして一体何のメリットがあるのか、よくわかっていないらしい。


 確かに、何で俺らはSNSをやるんだろう、と不思議に思ってしまう。


「『いいね!』のシャワーを浴びて気持ち良くなれるわよ」

「怪しいクスリの売人みたいな言い回しだな」


 しかし結局のところそれに尽きるかもしれない。


「試しに私が美也ちゃんのアカウントフォローするから、私のもフォローしてくんない? ついでに連絡先も交換してさ」


 綾瀬はそういって、美也と連絡先を交換し合う。

 何気に、美也が連絡先を交換したのは俺を除けばこれが初めてだ。


「あ、ずりい。俺も美也ちゃんと連絡先交換した~い」

「お前はダメだろ」

「え」

「え、じゃない。お前はダメだ。碌なことしなさそうだしな」

「はは~ん」


 須郷はマジックの種を見破ったときのような、得意げな顔をした。


「なんだ、嫉妬してんのか?」

「はあ?」

「女を束縛する男は嫌われるぞ~? 今の時代」

「束縛はしてない」

「嫉妬はしてんのか?」

「それもしてない!」


 必死になるなよ~、と茶化される。

 はあ、とため息を吐き、頭を冷やす。


「もういいよ、連絡先交換しても。そもそも、俺にそんな権限はないし」

「よっしゃ。じゃあ俺と交換しようぜ」

「……うん」


 須郷と美也が連絡先を交換する。

 なぜだろう、非常に不安だ。


「お前、美也に変なメールすんなよ」

「わかってるよ」

「不要な電話もするなよ?」

「わかってるって」

「ねずみ講とかもするなよ」

「わかってるわ! てか、ねずみ講とかそれ以前の問題だろ」


 かくして美也の連絡先には綾瀬と須郷の二人が登録された。


「で、だ。撮影を続けたいんだけど」

「そういや、そういう話だったな」

「風景は撮ったし、次は人を撮りたいんだけど」


 須郷はビデオカメラを美也の方へ向けた。


「というわけで、美也ちゃんの出番だ。カメラに向かって、笑って~」

「に、にぃ~」


 相変わらず笑顔が硬かった。


「やっぱちょっと強張ってるな」

「……む」

「そもそも、顔を映す必要があるの? 体の一部とかだけでいいんじゃない?」


 演出担当の綾瀬が口を出す。


「体の一部? 胸とか太ももとか?」

「グラビアかよ」


 やっぱりこいつは危険だ、と警戒レベルを一段階上げる。


「後ろ姿とか、手とかでいいだろ」

「でもなあ、美也ちゃんは顔立ちが綺麗だし、髪も目の色も映えるから、全然映してもいいと思うんだけどなあ」

「う~ん」


 綾瀬は顎に手を当てる。


「ねえ、秀斗」

「なんだ?」

「美也ちゃんを笑わせてみて」

「なんだよ、まさかまたくすぐれとでも?」

「別にそれでもいいけど。笑わせられるならね」


 雑な指示だな、と苦笑する。

 美也と向き合う。


「……?」

 

 この子が笑うタイミングって何だろう、と思い出す。

 最近は表情豊かになってはいるが、笑いのツボは未だによくわからない。


 そもそも声を上げて笑う姿を見たこともない。


 答えが出ないまま、悩み続けると、ふと美也の手が俺の手に触れる。

 そのまま胸元の高さまで上げて、指を絡ませた。


「えへへ♪」


 美也が柔らかい笑みを浮かべる。


 真っすぐに目を見つめられ、思考が止まる。

 気づけば、俺は美也の手を握り返していた。

 

 美也は嬉しそうに目を細めた。


「あ、あのぅ……」


 須郷が気まずそうにいう。


「ちょっと今、カメラまわってるんですけど」

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