第57話 血統

「あ~、疲れた」


 マンションに戻ってきたのは二十二時半。

 夜勤のおじさんに簡単に引継ぎを済ませるも、美也の方を見て、「なんだい、兄ちゃん。もしかして彼女かい?」とニヤニヤされたのが面倒だった。


 おじさんに一度捕まれば話が長いことを知っていたので、適当に流してその場を後にした。


 部屋の前に到着する。

 鍵を取り出し、鍵穴に差し、捻った。


「ん?」


 ドアの鍵が開いた感触も音もしない。

 ドアノブを捻ると、そのままドアが開いた。


「鍵が開いてる……」


 おかしい。

 出るときにカギは閉めたはずだ。


 中から薄っすらと部屋の灯りが漏れている。

 電気も全部消したはず。


 まさか、空き巣か? しかも中にいる?

 

 頭がさっと冷えていくのが分かった。


「……? シュウ?」


 美也が俺の様子がおかしいことに気付いたのか、俺の服の袖をつかんだ。


「……ちょっと下がってて」

「……うん」

 

 美也が二、三歩下がる。

 俺はゆっくりとドアをあけ、隙間から身体を滑り込ませるように入る。

 やはり中は電気がついている。


 人がいるかどうかは玄関からはわからない。

 そっと部屋を進む。

 

 もしこのまま進んで行けば、空き巣に遭遇することになる可能性がある。

 だが、大丈夫だ、と俺は確信していた。


 俺には伝家の宝刀がある。

 俺の父さんは見た目はヤクザ並みに怖いが、それに加えてそれぞれ空手、柔道、剣道の有段者という、人をビビらせるためとしか思えないステータスを持っている。


 生憎それらの武道は興味なかったものの、有段者ほどの実力者が身近にいれば技を教えてもらいたくなるのが少年心というものだ。


 ――……いいだろう、一つだけ教えてやる。


 結果身につけた技が、大外刈りだった。

 もちろん生身の人間に使ったことはない。


 しかし動きはちゃんと体に染み付いている。

 油断した空き巣一人くらい無力化できるだろう、と見積もっていた。


 キッチンに差しかかる。 

 慎重に歩を進める。

 脇からすっと、影が現れる。


「よう、お前、帰ってきてたの――」


 かかったな、アホがッ!


 その影に俺は飛びかかった。

 身長は俺と同じくらいだ。いける。


 相手の肩に両手を伸ばす。

 驚くほど自然に体が動く。

 

 ――相手の右足と並べるように、自分の左足を置くんだ。


 父さんの声が頭の中に響いた。

 ぐっと相手の身体を引き寄せ、思い切り右足を前に振り上げる。

 右足を払った。


「うおぉ!?」


 床に、男の身体を叩きつけ—―


「何やってんだ、お前」

「ゲホッ!?」 


 鳩尾に衝撃が走った。

 膝から崩れ落ちる。


「おい、大丈夫か?」


 肩に手をかけられ、俺は顔を上げる。


「……新田?」



 ♢


「いってぇ……」

「すまねえな。急に飛びかかって来たもんで、加減をミスった」

「だからっていきなり腹パンはないでしょう」

「それをいうなら、いきなり大外刈りをしてきたお前も同じだ」


 腹をさすりながら、新田と向き合う。

 

「まあ、痣はできていないみたいだな。よかったな」

「気分は吐きそうなくらい最悪ですけど」


 風呂場からシャワー音が聞こえてくる。新田と話すときは、ほとんど美也が風呂に行っている時だ。

 

「で、なんで急にあんな真似したんだ?」

「だって、家に帰ったら鍵が開いてて」

「うん」

「で、家の中に入って様子を確かめようとして」

「ほうほう」

「で、脇から急に人影が出てきたから」

「それで?」

「イケる、と思って」

「なんでだよ」


 間髪入れず、突っ込まれた。


「お前なあ、俺だったからよかったものの、もし本当に空き巣がいて、凶器を持っていたらどうするつもりだったんだ? 下手すりゃ死ぬところだったぞ?」

「……ですね」


 確かに正論だが、そもそもの話アンタが勝手に家に入っているからこんなことになったんじゃないか、といいたくなった。

 

「まあ、この話はいい。今日はお前に話があって来た」

「話?」

「もうじき大阪に行くな? そこには美也の母親の実家があるって話はしただろ?」

「西ノ宮家ですね」


 西日本における名士。

 主にその関係者は医療従事者であり、長く西日本の医療業界を牛耳っているという家だ。


「大阪に行くときは、あの家に近づかない方がいい」

「……それは、何故?」

「美也は二十年近く前に家を出ていった西ノ宮家の娘だ。その存在を、多分奴らは認知していない」

「まあ、でしょうね」


 美也の両親は駆け落ちした末に結ばれた。

 その間にできた子を実家に報告するとは思えない。


「言っちまえば、美也は西ノ宮家の孫にあたる存在だ。それを知ったら、連中はどう動くのか……」

「もしかして、連れ去る……なんてことじゃ」

「さすがに奴らもそんな強硬手段はとらんだろう。まあ、引き取ろうとはするかもな」

「引き取る?」

「美也には事実上、保護者はいないからな。美也も一応西ノ宮家の関係者で、西ノ宮月乃の娘だ。奴らはな、血の繋がりってやつを重視する連中なんだ。みすみす美也を見逃すとは思えん」

「でも素性を調べでもしない限り、美也が西ノ宮家の関係者なんて一発で気づきますかね」

「いや、見ればわかるんだ。髪色と、瞳でな」

「ああ……」


 そういえば、美也の母親である西ノ宮月乃は美也と同じ髪色と瞳を持っていたとか。

 確かにあの特徴的な見た目は、二人といないだろう。


「ていうか、何で美也と母親だけあんな見た目を? 他の西ノ宮の関係者は全員普通だったのに」

「それは俺もちょっとは調べたんだがな、どうも美也の祖母の血筋が関係しているらしいな」

「祖母?」

「美也の祖母は、とある神社の宮司の生まれらしくてな。その家の生まれの女子は淡色の髪に黄金色の瞳を持つみたいだ」

「それは何故?」

「俺が知るかよ。だが、まあ神社の生まれっていうんなら、霊的なもんと縁が深いんじゃないか?」


 急にスピリチュアルな話だな、と俺は思った。


「もし奴らが美也の存在を知ったら、連中は美也を引き取ろうと動き出すかもしれない。そうなったら、美也は大阪に残すことになる……かもしれない」

「不確かな情報ばかりですね」

「まあな。連中の腹は読めないからな。どう動くのかわからん」


 公安の新田でさえ動きの読めない連中。

 どれだけの奴らなんだ、と渋い顔を浮かべる。


「美也とは別れたくないだろ?」

「え?」

「言わなくたってわかる」


 新田は先んじて俺の言葉を封じた。


「余計な面倒ごとを招きたくなかったら、せいぜい気を付けな」


 話は以上だ、といい、新田は立ち上がった。


「一応、俺も大阪にはついていく。お前らの邪魔はしないから、安心しな」

「それについては別に心配してないですけど」

「次会うときは、大阪でな」


 軽く手を挙げ、新田は部屋を出て行ってしまった。  


「西ノ宮家、か」


 楽しい旅行で済めばいいんだが、と心の中で思った。













※結果から言うと、ちゃんと楽しい旅行で終わる予定です。

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