第53話 ”見える”眼
「んで? 結局お前ら、いつまで家にいるんだよ」
「「え?」」
「え? ……じゃないよ。何当たり前みたいにくつろいでるんだ。用が終わったなら帰れ」
「つれないこというなよ、せっかくお前ん家来たんだし」
「頻繁に来るくせによく言う」
「でも、全員がこの部屋に集まるのは久しぶりじゃない?」
確か最後に集まったのは春休みだった気がする。
今日のように何の脈絡もなく部屋に押し入っては、居座り続け、深夜になるまで部屋を占領されることになった。
春休みといえばせいぜい四か月前なのに、だいぶ昔のことのように思えた。
最近「もう一年経ったのか、俺も年取ってきたな」と時の流れを遅く感じてきたというのに、美也が来てから「美也と出会ってからまだ二か月程度しか経ってないのか」としか思えなくなった。
「ま、せっかく四人いることだしさ、なんかしようぜ」
しれっと須郷は、美也を身内にカウントする。
「なんかって、なんだよ?」
「うちは映研なんだし、映画でいいでしょ」
「今更何を見るっていうんだ?」
「別に適当なやつでいいだろ」
「そういえば、綾瀬はこの前ホラー映画観たいって言ったな?」
「自分が一番ビビるくせにな」
「……ビビってないし」
仲間内の度胸試しに内心冷や汗をかく不良のようだった。
「なら別にホラーでもいいけどさ、それ観たら帰れよ?」
「わかったわかった」
「美也は、それでいい?」
美也はこくりと頷く。
まあ、この間実家でホラーゲームしたときも平気だったのだから、ホラー映画も大丈夫だろう。
俺は積んであったDVDから、適当なものを選び、セットする。
「部屋の電気も消して、カーテンも閉めようぜ」
「なんでわざわざそんなこと……」
「景気づけだって、こういうのは雰囲気が大事なんだ」
「そんなことしたら、綾瀬が余計ビビるだろ」
「だから、ビビらないって!」
美也に目配せする。
美也は暗闇を恐れている。俺と出会って二か月たった今も、それだけは変わらない。
だから電気を消すのは夜寝る時だけだし、寝る時だって美也は俺と一緒でなければ眠れないほどだ。
大丈夫なのか、と視線で尋ねた。
「……うん」
特に悩む様子もなく、美也は頷いた。
その代わり、服の袖を控えめに掴んできた。
やっぱり、全く平気というわけではないらしい。
「じゃあ、消すぞ」
リモコンで電気を消し、カーテンを閉める。
DVDを再生させた。
ホラー映画の恐怖演出というのは一定のお決まりがある。
それがわかればどこで脅かしてくるのか、大体は察することができる。
鏡に映る人影、何故か繋がらない電話、急な一人称視点、やたらと長い演出、……等々。
カメラの動きや音声トリックを駆使して、視聴者の不安や緊張を極限まで高めてくる。
そのお約束の意表を突いてくる作品もあるのが、ホラー映画の面白いところでもある。
今回のホラー映画は呪いがテーマのジャパニーズホラーのようだ。
俺は恐怖演出は大丈夫だが、残酷描写は苦手だった。
ゾンビ映画のように過激な血の描写、グロテスクな表現は、さすがに俺も気分が悪くなる。この類の映画は逆にありがたい。
「……この映画、いつ公開されたんだ?」
電気が消えた部屋の中で、須郷が尋ねる。
「……2016年ぐらいだ」
「結構最近なんだな」
「あんま知名度ないけど、ネットの評判はいいらしいぞ」
「なら期待できるわね」
映像は日本のホラー映画特有の静的な不気味さに満ちていた。じめじめとした雰囲気が部屋を侵食する。
場の緊張が高まり、口数が減る。
「……」
美也が不安げに眉をひそめた。
袖を握っていた手が、ついには俺の手首をつかみ始める。
物語が中盤になるにつれて、ぎょっとする場面も増えてくる。
トイレや風呂場、洗面台など、日常の場面で不穏なシーンをちらつかせ、不安をあおる。
そしてあからさまに驚かせようとするシーンが多くなる。
その度に後ろで「んひいぃ!?」と、まるで某幼稚園児が主人公のアニメの、おにぎり頭のような、情けない声が上がる。
まあ、間違いなく綾瀬の声であることは間違いない。
「……っ」
いつの間にか、美也が俺の背中に顔を埋めるようにして、スクリーンを覗いていた。
ホラー映画とは不思議なもので、怖くて仕方なくても、なぜか続きを見てしまう悪魔的な魅力がある。人間の怖いもの見たさ、というものだろう。
「ひゃぅ……」と、美也が小さく悲鳴を上げ、体を震わせる。
この前やったホラゲーとは違い、じわじわと神経を削られるような不気味さにすっかり色を失っている。
俺とは逆で、ゾンビ系は平気でも霊系やサイコホラーが苦手なのかな、と思う。
そしてようやく最終盤に向かい、呪いが解けたかのような雰囲気が流れる。
ここで油断させておいて、「実は呪いは解けていませんでした」という展開が常套手段である。
案の定、最後の最後のシーンで結局呪いが残ったままという不穏な雰囲気で映画は終わる。
不意を衝かれるようなシーンはそこまで多くなかったが、ホラー映画としては十分楽しめるものではないだろうか。
DVDを取り出し、カーテンを開けた。
外から差し込む光で、ようやく現実に戻ってきたかのような感覚になる。
「……」
「な、なあ、そろそろ離れてくれないか、美也」
「……う」
電気を点けても、美也は俺の背中にしがみついたままだった。
「まあ、演出は結構怖かったしな。美也ちゃんも怖かったろ?」
心配というよりも面白がるような口調で須郷が言う。
「そそ、そうかしら。私は全然、怖く、なかったけど、ね。ぜんっぜん」
綾瀬はなんでそう強がるかねえ、と苦笑する。
「ほら、電気つけたし、しがみつくと動きづらいから。まだ怖いなら、せめて手ぐらい繋いでおくから」
そう聞いて、ようやく美也はおずおずと体を離す。肩を掴んでいた手が下がっていき、俺の手首を再び掴む。
やっぱり手は掴んでいなきゃダメなのか。
「こりゃあれだな、夜眠れねえやつだな」
「揶揄うなよ、須郷」
「この様子だと、一緒に風呂まで付き添った方がいいんじゃないか?」
「馬鹿いえ」
そう言いつつも、美也の手は離れる気配がしなかった。
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