第51話 言えなかった言葉

「じゃあ次は、具体的な日程だな」


 俺は自前のノートパソコンを用意する。

 何日泊まるのか、どこを見て回るのか。それに応じて事前に予約や手配が必要なものが変わってくる。

 だが夏休みシーズンとなる今の時期、予約がいっぱいなところもあるだろう。


「まず大阪はどこ見て回るんだ?」

「そりゃお前、大阪といったらあれしかねえだろ。USNだろ」


 USNとは大阪にあるハリウッド映画の世界観を堪能できるテーマパークのことだ。


「中学の修学旅行でもいったなあ」

「でも、今はアトラクションとか結構変わってると思うし、このメンバーで行くのも初めてじゃない?」

「確かに」

 

 ちらっと横目で美也の方を見る。

 USNという単語を聞いても、あまりピンときた様子がなく、ポカンとしていた。


「こういうところだよ」

 

 美也にノートパソコンの画面を見せた。


「こういうふうにいろんなアトラクションがあって、それを回りながら楽しむんだ」

「……んぅ?」


 美也は首を傾げた。

 音楽素人が初めて譜面を見たときのような表情をしていた。


「でも、どういうところかは見てみればわかるわよ」

「まあな。百聞は一見に如かずだ」


 綾瀬と須郷が助け舟を出す。

 確かに画像を見ただけではわかりづらいだろうし、楽しみは後に取っておくと言うのもいいだろう。


「じゃあ次は?」

「道頓堀は? あそこなら見回るところ沢山あるでしょう?」

「なるほど。他は?」

「新世界とかは、どうだ? あそこも繁華街だろ?」

「ほうほう」


 そもそも、大阪なら都心の方ならどこ行っても観光スポットではあるだろう。


「泊まるのは三泊か四泊くらいでいいんじゃねえか?」

「でも私たち、この旅行のためにわざわざお金貯めているんだし、四泊でいいんじゃない?」 

「四泊か」


 去年行った九州旅行では、一週間ほど向こうに泊まった。

 あっちでは福岡のみならず、大分や長崎にも行ったので宿泊期間が長かったのだ。


 しかし今のところ今年の旅行で回るのは大阪と京都だけだ。

 広大な九州の地とは違い、見て回るのは大阪の一部の繁華街と京都の宿泊先ぐらいである。


「まあ、それくらいが妥当だな。京都の方はどこに行く?」

「う~ん、京都って言ったら祇園とか? あと京都駅に近い下京区とかじゃない?」

「でもよ、そんな厳密に決める必要あるか? 何となく行く場所決めておけば、その時その時で楽しめばいいんじゃねえの?」

「行き当たりばったり、ってことか?」

「大阪と京都なんて、中心部の方はどこ行ったってそれなりに楽しめるだろ。交通の便だって困ることはねえ」

「まあ、確かに」

「修学旅行の時だって、碌に計画立ててなかったけど、結構楽しめたしね」

「でもせめて、宿くらい決めないとな。旅館って言ってたけど、それって温泉旅館じゃないとだめか?」

「別に温泉にこだわっているわけじゃねえ。たまには違った雰囲気楽しみたいってだけで」

「なるほど。温泉はなくてもいい、と」


 いくら貯金があるからといって、学生のみで京都の温泉旅館はいささか贅沢だろう。

 今回は全力で楽しむというよりは、羽を伸ばすようにのんびり楽しむというスタンスのようである。


「他に何か希望、要望あるか? ないなら、あとのことは俺が適当に決めておくが?」


 三人から手が上がる様子はない。


「なんかあっさり終わっちまったな?」

「事前に私たち二人で話し合ってたし、多少はね?」

「じゃあお前ら、もう帰っていいぞ」

「冷たいなあ。せっかく来てやったのに」

「こんな朝っぱらから来て、歓迎するとでも思ったか?」

「そういえば、私まだ朝ご飯食べてなかったんだ。コンビニで買ってこよ」

「まさかうちで食う気か?」

「何当たり前なこと言ってんの? ついでに秀斗もついてきて。お菓子も買ってこないと」


 なんて図々しいやつらだ、と茫然としそうになった。

 新田もそうだが、どうして揃いもそろって我が家に我が物顔で居座れるのか。


「わかったわかった、付き合うよ。須郷と美也は留守番頼む」


 美也を須郷と二人っきりにするのは少し抵抗があったが、さすがに須郷も取って食いはすまい。


「……うん」

「俺の分の朝飯も、なんか適当に買ってきてくれよ」

「はいはい」


 ♢


「お前、朝ご飯パン派なのか?」

「まあね。持ち運べるし、冷めることもないから」


 コンビニについた俺と綾瀬は店内を適当にぶらつく。

 お菓子を買うと言うことは、この先もこいつらは俺の家に居座る気なんだな、とげんなりする。


 綾瀬は夏場にもかかわらずオールブラックに身を包み、よれよれのパーカーはいかにも部屋着ですと主張しているようだった。

 セミロングの髪は艶やかだが、整えられた形跡はない。

 顔立ちは綺麗なのに驚くほど色気のないやつだった。だからこそ俺らも、あくまで友達として接することができるわけだが。


「美也ちゃんとはさ」

「ん?」

「美也ちゃんとはさ、どこまで進んだの?」

「進んだって、何が?」

「とぼけちゃって」


 綾瀬はわざとらしく肩をすくめる。


「実際、二人は付き合ってるの?」

「え、いや、まだ付き合っては……」

「へえ。てっきり私はもうゴールインしたのかと思った」

「ゴールインって……」


 結婚したみたいな言い方だな、と内心苦笑する。


「ていうか、まだ付き合ってないって、それ本気で言ってる?」

「本気も本気だが?」

「じゃあいつ付き合うの?」

「何でさっきから付き合う前提で話が進んでいるんだ?」

「え?」


 逆に綾瀬が驚いた顔をした。


「付き合うつもりないの?」

「……そうはいってないけど」

「じゃあ、付き合うつもりなんだ」

「ちょ、ちょっと待てって」

「言い訳する必要あるの? もうここまで言って、語るに落ちてると思うけど」


 もしかして俺、追い詰められているのか、と今更気づく。


「実際、どうなの? あの子と付き合うつもりあるの?」

「……」


 俺がどう答えるか迷っていると、「あんたってさ」と綾瀬が口を開く。


「人から好かれやすいよね」

「は、急に何の話だ?」

「不思議と慕ってくれる人が周りにいたりしてさ。自覚はないかもしれないけど。でも、女の子にモテた事はないでしょう?」

「あったら、今まで彼女がいないことの説明がつかんだろ」

「秀斗は相手がだれであっても分け隔てなく接するから。でもそれは裏返せば、誰も特別扱いしないってこと。少なくとも、恋愛ができるタイプとは思えないわ」

「……反応に困る評価だな

「でも、そんなあんたでも、あの子に関しては違うんでしょう?」


 綾瀬はコンビニの商品棚を眺めながら、何でもないように言う。

 女子が色恋沙汰を取り上げている時の好奇心や興味といったものは見て取れない。


 この会話も、単なる雑談程度としか考えていないようだった。


 だが、はぐらかせる空気でもなかった。


「……俺さ、夏祭りの夜にさ」


 綾瀬に打ち明ける。

 あの夜、美也が喋ったこと。そして、美也がこと。

 

 あの時、美也は何か俺に伝えようとしていた。だが結局彼女は、何も伝えることができなかった。


 しかし今でも思い出すのは、美也の覚悟を決めたような目だった。

 まるで告白でもするかのような——


「それ、もう告白じゃない?」

「……やっぱりそう思う?」


 曖昧だった推察が、現実味を帯びてくる。

 考えれば考えるほど、その可能性しか思い当たらなくなる。


「自然な流れだと思うけど? ていうか、そこまでわかっているんなら、何でこっちから告白しようと思わなかったの?」

「そうしてもよかったんだけどさ。いろいろ考えて、しばらく見守ることに決めた」

「見守る?」


 本来喋れないはずの美也が、意を決して俺に告白しようとした。

 それは、普通の人がするそれより、遥かに多難を極めるはずだ。心の側面から見ても、身体の性質から見ても。

 だからといって、俺から言えばいいのか、ということではないだろう。


 彼女が自分でそれを為したいのなら、俺ができることはただ見守ることくらいだ。


「それが秀斗なりの判断ってこと?」

「まあな。何か悪いか?」

「別に? それもまたいいんじゃない? ただ、もし美也ちゃんがちゃんと言葉を話せるようになったとして、秀斗はその告白の返事を考えないといけないんじゃない?」

「返事に関しては、すでに決まってる」

「え?」


 買い物かごに、菓子と適当に選んだパンを入れた。


「じゃあ、俺は先に会計済ませておくぞ」









※USNはJapanをNipponに変えただけです。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る