第45話 「……! ……⁉ ……! ……‼ ……‼」

「あ、あふ、あっふ!」


 舌の上に強烈な熱を感じながらも、必死に口を開け、たこ焼きを冷ます。


 さながら餌を求める鯉のようであり、とても他人に見られて心地よいものではない。


 たこ焼きを呑み込んだ。

 喉元を熱が通り過ぎていき、胃に収まる。


 口の中はまだ熱さが残っていた。

 額に浮かんだ汗を拭う。


「はぁ……」

「うぅ……」


 美也が手に持っていたうちわを俺に向かった扇ぐ。

 少しばかり申し訳なさそうな色を浮かべていた。


「ありがとう。……落ち着いた。もう大丈夫」

「……」

「そう心配しなくても、もう平気だから」


 安心させるように美也の頭を撫でる。

 いつものように撫でると髪型が崩れそうだったので、優しく撫でた。


「……ん」


 美也は安心したように目を細めたが、先程よりも表情がどんよりとしていた。

 そんなに気に病むことかねえ、と苦笑する。


「じゃあ、美也も食べるか? たこ焼き」

「……ん?」

「ほら、口開けて」


 美也がしてみせたように、俺もたこ焼きをふーふーと冷ますと、美也の口元に持っていく。


「……⁉」


 美也は面食らったように目を見開く。


「あ~んするんだ、あ~ん」

「~~っ」


 美也がきゅ~と顔を赤くする。


「何今更恥ずかしがってるんだ。美也から始めたことだろ?」


 俺も恥ずかしいことをしているということを思い出しそうだった。

 だがこうして二人でいる時間に、周りの目を気にするのも野暮だろう。


「あ~ん」

「……はむ」


 美也が垂れた髪を耳に掛けながら、たこ焼きを頬張った。


「……! ……⁉ ……! ……‼ ……‼」


 咄嗟に美也は口元を押さえる。

 さっきよりも時間が経ったからか、俺の時よりは熱くなさそうだったが、美也の目には涙が滲んでいた。


 ゆっくりと咀嚼し、呑み込んだ。


「大丈夫か?」

「……。……うん」

「ま、これでおあいこだろ?」

「……?」

「残りのたこ焼きも食べようか。冷めないうちに」

「……」

「何なら食べさせてやろうか?」

「……っ⁉ ……っ」

「なんてな。冗談だって」

「――……」


 たこ焼きを一つ口に入れる。

 食べるにはちょうどいい熱さになっていた。


「……」

「うん? どうした、美也?」


 どこか恥ずかしそうに、美也は顔をそむけてしまった。


 ♢


 その後も、夏祭りを二人で見て回る。

 花火が上がるのは午後八時頃。それまであと一時間弱ほどだ。


 まだまだ時間はある。


「少し休憩するか」


 美也の手を引き、人混みから抜け出す。

 こうやって誰かと一緒に祭りを楽しむのも久しぶりで、まして人混みに揉まれるのも慣れていない。

 

 美也なら尚更だろう。


「……ふぅ」


 座るなり、美也は息を吐く。


「ちょっと疲れたか?」

「……うん」

「飲み物飲む?」

「……うん」


 道中で買ってきたドリンクを美也に差し出す。

 俺も自分のドリンクを取り出し、口に含んだ。


「……ん」


 美也が唇をペロッと舐める。

 その仕草が妙に色っぽくて、思わず目を逸らしてしまう。


「あ。兄、こんなところにいたんだ」

「祐奈か」

「僕もいますよ。僕も」

「あと星くんか? 二人ともどうした?」

「兄と同じ……。人混みにもみくちゃにされて、疲れて抜け出してきたの」

「ご苦労様だな」

「もう大変でしたよ。店を楽しむ暇すらありませんでした」

「そりゃ祐奈と一緒なら大変だろうな」


 祐奈は砂漠を渡り歩いてきた旅人のような、憔悴しきった顔をしていた。


「ほら、これやるよ」


 祐奈に手に持っていたドリンクを投げ渡す。

 俺がすでに口を付けたものだが、俺たち兄妹は間接キスなど今更気にしない。


「あ、ありがと、兄。助かった」


 祐奈が喉を鳴らしながら、がぶ飲みする。


「ぶはあぁぁぁぁういぃぃ! 生き返ったぜぇ」

「可愛げねえリアクションだなあ」


 追いこまれてヤバい薬を注入する敵キャラのようなことを言う。


「それにしても、秀斗さん」

「どうした、星くん」

「そのぅ、隣にいるのは本当に美也さ――白石美也さんでいらっしゃる?」

「うわ、なにその反応。童貞くさっ」


 愚かな兄を遠回しにディスらないでくれ。


「美也だぞ。正真正銘、純度百パーセントだ」

「マジですか。これは、なんという……」

「めっちゃくちゃ綺麗じゃん。明るくなって、印象変わっちゃうなあ、これ」



 揃って感嘆の言葉を口にする。

 祐奈に至ってはまるで有名人と会った時のようなしおらしささえあった。


「だろう? 綺麗だろ? 美人だろ? こんなに変わるなんて俺も思わなかった」

「何で兄が誇るの?」


 祐奈がどこか呆れたように言う。


「でも、見間違えましたよ。一瞬遠目からじゃ誰かわからなかったくらいですし。……いや、普段も十分綺麗だと思いますけど」


 そう思うのも不思議ではない。

 星くんの言う通り、美也は傍から見ても顔立ちが整っている方だが、彼女自身が容姿や見てくれに頓着がないからか、控えめな印象があった。


 それが今となっては、すれ違えば誰もが振り返る華々しい女性となっていた。

 星くんが口ごもるのも無理ない話だろう。

 

「でも、秀斗さん大丈夫でしたか?」

「なにが?」

「こっちには秀斗さんの顔見知りも多いですし、なんか色々と詮索されたりしたんじゃないですか?」

「どうだろうな」


 高校時代の俺は、今の綾瀬や毛利と同じように、女子との接点もあったが恋愛に関してはほとんど無関心を貫いていた。

 それが今更地元に帰って女性を連れて歩いていたら、驚かれるに違いない。


 たこ焼き屋の店主は大人とあって深く詮索はしなかったが、同級生ともなればそうはならないだろう。


「まあ、あいつらの反応を見たい気持ちもあるけどな」


 今この時に水を差されるのだけは御免だった。


「そういやさ、兄。花火はどこで見るの?」

「ん? この神社で見るつもりだが?」

「やめておいた方がいいよ。もう目ぼしいスポットは占領されているし、そもそもこの神社が角度的に見えにくいからね」

「じゃあ、どうするんだ?」

「ここからちょっと遠いけど、坂道上った先に公園があるんだよね。あそこなら見晴らしもいいし、広さも十分だし、人も少ない。いわば穴場だよ。花火を見たいんなら、そこに行けば?」

「お前たちは行かなくてもいいのか?」

「私はいいや。坂道だるいし。適当に涼しめる場所で見るよ」

「そうですね。僕たちは十分に楽しめましたし。花火はついで感覚で」


 どちらも花より団子、ということなのだろう。


「美也はどうする? そっちの方に行きたいか?」


 ここから遠いということなら、早めに移動した方がいいだろう。


「……うん」


 美也は鷹揚に頷いた。

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