第39話 「付き合うって……」
「随分と楽しんでたみたいですね、お兄さん」
「あぁ……柄にもなく」
美也と祐奈、星くんの三人が波打ち際で戯れているのを遠目で眺めながら、力なく答える。
海に浮かんでいるだけでも体力は消費するらしく、疲労が足元からじわじわと上ってきているのを感じる。
海の家でドリンクをちびちびと飲み、体力を回復させる。炭酸が喉を通っていく感覚が心地よかった。
「元バスケ部でしたよね?」
「大学入ってから運動してないからね。もう俺も若くないんだ」
「何言ってるんですか、二十歳なのに」
樋渡さんはくすりと笑う。
樋渡さんは文芸部なので、元々体力はない。漫研の星くんが休憩も挟んでいないのは、祐奈に無理やり付き合わされているに違いない。
祐奈はダンス部とあって、体力だけは日頃有り余っているようだ。
「それにしても、美也さんって」
「ん?」
「お兄さんの彼女さんじゃなかったんですね」
「そのことか」
やはり祐奈から聞いたのだろう。
「でも、傍から見ると恋人同士にしか見えませんでしたよ」
「やっぱりそう見える?」
自分たちが傍からどう映るかなど気にしている余裕はなかったのだが、美也とのやり取りを考えるとそう思われてもおかしくない。
「だって美也さん、お兄さんと一緒にいるとき全然雰囲気違うじゃないですか」
「そうか?」
「表情が柔らかくなるというか……ぽわぁとした空気が出ている感じが」
「なんだ、『ぽわぁ』って。アバウトだな」
「言葉にし難いですからね」
美也たちの方に目をやる。
美也の美しい淡色の髪は遠くからでも一目でわかる。
祐奈や星くんと一緒にいる美也も十分楽しそうに見えるが、遠くからでは細かい表情の機微までは捉えられない。
「お兄さんは、美也さんのことどう思っているんですか?」
「どうって?」
「好きかどうかですよ。決まってるじゃないですか」
俺はその質問に答えず、ドリンクを喉に通した。
「やっぱり、好きなんですか?」
「……俺にその答え合わせをしろって?」
「それ、もうほとんど答えを言っているようなものですよ」
樋渡さんは鋭く切りつけるようにいった。
咄嗟に返す言葉を、俺は見失う。
もはやそれは、図星だと自白するようなものだった。
「……べつに明確にそう思っているわけじゃないんだ」
言い訳がましいと自分で思いながらも、言葉を重ねる。
「美也には……まあ、惹かれるものがあると思うが、だからといってすぐにどうこうしようとは思わない」
そもそも、美也が俺の元で暮らしているのは「病の治療」という名目があるからだ。
美也が真っ当に話せるようになれば、もう俺の元にいる理由はなくなる。
それは明日になるかもしれないし、十年先のことかもしれない。
確実なのは、新田や首相のさじ加減次第でどうにでもなるということだ。
これ以上関係が先に進めば、後戻りはできない。
先行きが不透明な以上、関係をそのままにしておく方が余計な火傷を負わずに済むのではないか。
美也への想いが定まっていないのもあるが、二人の関係が薄氷の上に成り立っているものと知って、身動きできないのだ。
「美也さんは、どう思ってるんでしょうね。お兄さんのこと。やっぱり美也さんも、お兄さんのこと好きなんでしょうか」
「そんなもの、見ればわかる」
美也は祐奈や星くんにも、急に抱き着いたり手を繋いだりしない。
俺にだけ密着してくる。
この状況で美也が俺に全く気がないなんてことはないだろう。
俺も馬鹿ではないのだ。
「ただ……たぶん美也も俺と同じだろうな」
「同じ?」
「まだ美也も、俺とどうしたいのかが定まっていないんだよ」
美也は無邪気に俺に密着してくるわりには、肝心なところは恥ずかしがっている。
新しい服を見せたり、水着姿で身体を抱きしめた時は、顔を赤くしていた。
もし美也が自身の想いを自覚しているのなら、そんな反応はしないだろう。
「……まだ様子見って段階だな」
「美也さんの想いに気付いているのに、ですか?」
「……そうだ」
苦虫を噛み潰すように、ドリンクを飲みほした。
♢
「でさ、美也ちゃん。兄とはどこまで進んだの?」
「……?」
「決まってるじゃん。美也ちゃん、兄のこと好きなんでしょ? わかってるんだから」
「え? そうなの?」
「気づいてなかったの、新一?」
「初耳だよ。本当なんですか?」
星の問いに、美也は頬を染め、目を背けてしまった。
「反応分かりやす~い。かわいいでちゅうねぇ、美也ちゃん」
「僕たち一応、美也さんより年下なんだけどね」
星が軽く窘める。
「さっき二人でいるときも、いい感じの雰囲気だったし。でも、まだ二人は付き合ってないんでしょ?」
「……(こくり)」
「でも、傍から見たらイチャイチャしているようにしか見えませんでしたよね、お二人」
「ねえ。結構目立ってたよね」
「良くも悪くも、美也さんは人目に付きますからね」
有象無象の中でも、美也はひときわ存在感を放っている。
嫌でも目が行ってしまうのだろう。
「美也ちゃんは、兄と付き合うつもりはあるの?」
「……っ⁉」
「ちょっと、そんな直球な質問していいのかい?」
「えー。でも気になるじゃん」
「……」
美也は口を固く閉ざしたまま、押し黙る。
「でも兄、絶対気づいてるよね。美也ちゃんが兄のこと好きってこと」
「まあ、秀斗さん結構勘がいいから」
「なんで手出さないんだろうね」
「秀斗さん慎重そうですから、いきなり美也さんをどうこうしようとは考えていないんじゃない?」
「なにそれ。新一でもあるまいに」
「え、僕ディスられてる?」
「でも、そうやって結論を先延ばしにするのって、良くないよ。絶対」
祐奈は星の目を見詰めながら、そういう。
咎めるような視線に、星はバツが悪そうな顔をした。
「じゃあさ。今度の花火大会でさ、なんかアプローチしてみたら?」
「……?」
「アプローチって、どうするんだい?」
「それは私たちが決めることじゃないじゃん。まあ、おっぱいでも見せれば一撃だと思うけど。兄は所詮童貞だし」
「そんなビッチみたいなことを美也さんにさせるつもり?」
「今のは極端な話だけどさ。でも、美也ちゃんが好意を行動で示してくれたら、兄も男気見せるしかないんじゃない?」
「……」
美也は、今度は考え込むように黙り込む。
彼女の目の中には、迷いや困惑、不安といった感情が渦を巻いていた。
「まあ、でも、そう気張ることないと思いますよ。お祭りなんですから、楽しむことを優先で」
「何甘いこと言ってんの。年に一度のお祭りなんだから気合入れなきゃ。そんなんだからいつまで経っても童貞なんでしょ?」
「……すいません」
二人のやり取りも、美也の耳には入っていなかった。
遠くに思いを馳せるように、美也の意識はここではない、どこかに飛んでいた。
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