第37話 「き、綺麗、かな?」
「あ、いたいた。祈ちゃん」
駐車場から出たところで、小柄な人影が待ち構えているのが見える。
「お~い、祈ちゃん」
「あ、祐奈ちゃん……と、秀斗お兄さん」
「樋渡さん、久しぶり」
「お久しぶりです」
ぺこりと、樋渡さんは頭を下げる。
波に消え入るような、囁くような声だった。小顔の割に大きめのメガネをつけており、ショートボブの髪型は綺麗に切り揃えられていた。
今時の高校生にしては、少し地味めな子だった。
祐奈とは正反対のタイプに思えるが、そんな子とも仲がいいのだから祐奈の社交性の高さは推して知るべしだった。
「あ、今日は星君いるんだね」
三人はクラスメイトであり、祐奈と星くんが付き合っていることは周知の事実である。
「え? ひょっとして僕お邪魔だった?」
「そんなことは言ってないけど……あれ?」
樋渡さんは俺の隣に控えている美也と目が合った。
自然と、俺と美也が手を繋いでいるところにも、気づく。
「お兄さんの、彼女さん、ですか……?」
「……そんなもんだ」
「……っ!」
美也が驚いた顔でこちらを見上げる。
もう説明が面倒だったので、そう片付けた。
「白石美也っていうんだ。仲良くしてくれると嬉しい」
「初めまして。樋渡祈です。お兄さんには、昔からお世話になってます」
この状況で「恋人ではない」と申し開いたところで見苦しいだけであることは、百も承知だった。
海まで来て、女の子と手まで繋いでいるのだから。
美也が話せないという諸々の事情は、あとで祐奈が説明してくれるだろう。
「私こそ、お邪魔じゃないですか? これって、ダブルデートってことですよね?」
「大丈夫大丈夫。むしろ新一がおまけだから」
「え、ひどい」
星くんが打ちのめされた顔をする。
「あ~あ、星くんひでえな。いいとこ見せないと、ホントに見捨てられるぞ?」
「が、頑張ります」
♢
海水浴場に併設された施設では更衣室があり、そこで着替えることができる。
最悪車で着替えることもできるが、駐車場から丸見えなのでそこで着替えるのはさすがに躊躇われる。
「まだ時間かかるのか……」
「女の子は着替え時間かかりますからね。おまけに日焼け止めとか塗らないといけませんし」
一足先に着替えを済ませた俺と星くんは一旦外で待つ。
ビーチは既に多くの客で賑わいを見せており、ただでさえ暑い日だというのに熱気に包まれている。
しかしビーチの解放感からか、それに不満を零す客は一人もいない。
「にしても秀斗さん。その柄シャツとサングラスはもしかしてお父さんのですか?」
「ん? そうだが?」
今日の俺は柄シャツに下はサーフパンツ、サングラスはアクセサリー代わりに襟元にかけていた。
柄シャツとサングラスの組み合わせは父さんと同じだが、ビーチの装いとしては特に違和感はない。
それに父さんのような五十過ぎの男が着れば威圧感があるが、二十代の若者が着てもヤクザに見えることはない。
ファッションは何を着るかというより、誰が着るかが肝心だ。
「わざわざ借りたんですか?」
「だってビーチで着ていく服なんてないからな。俺が持っている服なんて市街地向けだけだし」
「そのサーフパンツだけじゃダメなんですか?」
「俺、素肌を他人に見せるの嫌なんだよ」
むしろ好きという人間の方が珍しいかもしれないが。
「あ、来ましたね」
星くんの指さす方を見ると、着替えが終わった女性陣がこちらに向かっていた。
「待った、兄?」
「いや、あんまり」
「すみません。遅くなりまして」
「……」
祐奈はフリルと花柄がついたビキニ、樋渡さんは膝元までかかるワンピースを着ていた。
美也は、まるで二人を盾にしているかのように隠れていて、二人の間から顔だけを覗かせていた。
「~~っ」
俺と目が合うと、顔を真っ赤にして隠れてしまった。
「恥ずかしがることないよ。十分かわいいのに」
美也は頑なに俺に姿を見せようとはしなかった。
「いつまでも、そうしてるわけにもいかないしなあ」
回り込もうとすると、それに合わせて美也も隠れてしまう。
まるでいたちごっこである。
「ちょっと、隠れないでくれよ」
「~~っ」
「ほらほら。美也ちゃん、兄にちゃんと見せてやりなよ」
「そうですよ。そのために奮発して準備したんですから」
祐奈と樋渡さんが逃げる美也に腕を回した。
姿勢を正させ、俺の前に立たせる。
「……うぅ」
やっぱり恥ずかしいのか、美也は真っ赤になった顔を伏せる。
白いビキニだった。
ただ祐奈のものと違って、柄だったりフリルやリボンもない、シンプルなデザインのものだった。
その上から日焼け防止のためなのか、カーディガンサイズの羽織を着ている。
加えて長い髪をアップにして、結んでいた。
普段は幼ささえ感じる雰囲気なのだが、脚長のすらっとした体型が浮き彫りになるビキニに、いつもとは違う髪型は年相応の色っぽさを演出している。
一応年齢上美也は、祐奈や樋渡さん、星くんよりも年上であるのだが、普段の印象のせいでそれを忘れていた。
美也が顔を赤くしているのもあって、見ているこっちも妙にドキドキしてくる。
「何ボケっとしてんの。気の利いたセリフくらい言ってあげてよ、兄」
「え、あ、ああ」
そう言われて初めて、自分がぼーっとしていたことに気付く。
「い、いやあ、すごいよ。うん、すごくいい」
「兄の語彙が瀕死になってる……」
人間本当に驚いたらこんなものだ。
「マジで綺麗だと思うぞ! 恥ずかしがること何もないって。俺が保証する!」
「兄に保証されてもねえ」
「でも、実際すごく綺麗ですよ。既に視線が集まってますし」
「何よ、新一、鼻の下伸ばしちゃって。私には何もないわけ?」
「星くん。目移りしちゃってるね」
「え、違うって。そんなんじゃ――」
祐奈たちの会話で、ようやく俺も平静を取り戻す。
「……えへへ」
美也も、照れを隠すように笑う。
自然と、俺の手を握ってきた。
もう何度も同じことをしているはずなのに、ビーチの雰囲気からか美也の艶めかしい出で立ちからか、心臓が強く跳ねる。
顔が熱くなるのを感じた。
「……っ」
美也も頬が上気しているのもあって、余計に緊張してしまう。
「い、行こうか」
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