第35話 「一緒に寝てるだけなのに……」

「俺たちが大阪に行くと、何かマズいことでも?」

「いや、マズいということでないが……妙だと思っただけだった」

「妙?」

「美也は、大阪をピンポイントで指定したんだったよな?」

「そうですけど?」

「お前はその理由に、心当たりは?」

「あるはずないでしょう。それに旅行先に大阪を選んでも別に不自然ではない」

「普通はな」


 新田の言い方には、どこか含みがあった。

 

「新田さんは、何か思い当たることでも?」

「……お前、西ノ宮家を覚えているか?」

「美也の母親の実家ですよね?」

「そして医療業界に顔が利く名家でもある」

「それがどうしたんです?」

「一族の力の及ぶ範囲は西日本全域に広がる。そして、本家は……大阪にある」

「……偶然では?」

「だといいんだがな」


 新田は肩をすくめる。

 だがさすが公安の捜査官というべきか、新田は何かを嗅ぎつけているようだった。


「そもそも、美也は自分の出生についてどこまで知っているんです? 母親が名家の出身だってことも、駆け落ちの末に生まれたってことも」

「そればかりはさすがに把握できないな。美也は喋れないし、母親は三年前に亡くなっている。母親が美也にどこまで教えたかなんて、調べようがない」

「じゃあ、全く事情を知らないってこともある?」

「あり得るだろうが、美也がもし事情を知っていたなら、大阪に行く理由になると思わないか?」

「考え過ぎでは?」


 美也が旅行先に大阪を選んだことと、美也の母親の実家の存在を結び付けるにはまだ根拠が足りないように思える。


「かもな。まあどちらにしても、大阪に行くときは警戒していたほうがいいぞ」

「警戒?」

「……この先はちょっと物騒な話になる。だから後で話すさ。明日は海、三日後は花火大会に行くんだろ?」

「よくご存じで」

「楽しい気分に水を差すわけにはいかないからな。旅行前にまとめて話す。俺は俺で、西ノ宮家をもう一度洗う」

「はぁ、そうですか」


 もうすでに水を差された気分だった。

 何なら先の話がものすごく気になるところだったが、新田ほどの男が「物騒な話」という言葉まで持ち出してくるのだから、下手に首を突っ込まない方がいいだろう。



 ♢


 黒瀧家の夕食は、午後六時と決まっている。

 それは一家全員が夕食の席を囲むために定められたルールだった。


 六時前に、俺は美也と一緒に一階に降りる。


「……秀斗か。飯はもう出来ているぞ」

「あ、父さん。帰ってたんだ」


 父さん――黒瀧壮一くろたきそういちは室内にもかかわらずサングラスに柄シャツを着用していた。

 五十代の割には、眉間の皺が深い。

 傍から見れば、完全にヤクザである。


「……っ!」


 さすがの美也も父さんの格好に面食らったのか、目を見開く。


「……そちらが白石美也さんか。息子が世話になっている」

「……」

「こらこら、あなた。美也さんが怖がっているじゃない」

「そうだよ。父さんのせいで、父さんの会社がヤクザ事務所だって噂流れたぐらいなんだから。自重してよ」

「……むぅ。そうか」


 祐奈と母さんの指摘に納得したように見えても、俺はこのヤクザファッション以外の服装を見たことがない。

 

「怖がることないよ。父さんはこう見えてただの商社マンだから」

「……子供向けのおもちゃを扱っている」


 だったらそれにふさわしい恰好をしろよ、と思うわけだが。


「……ところで秀斗。その子は、秀斗の部屋に泊まらせるのか?」

「そのつもりだけど」

「祐奈の部屋に泊めた方がいいんじゃないのか? デリカシー的にも」

「あ、確かに。私の部屋でもいいじゃん」

「いや、それはダメだ」

「……ほう。なぜ?」

「美也は俺と寝るんだから」


「「「は?」」」


 家族三人、一斉に顔を上げて俺の顔をまじまじと見た。

 

「……兄」

「なんだ?」

「サイテー」

「……ナンデ?」


 祐奈の意見に同意といわんばかりに、両親も頷く。


「まったく、お前という奴は。一人暮らしを許したのは間違いだったか」

「なんでそんな話に飛躍するんだよ。だぞ?」

、だと? お前、美也さんのことを何だと思っている?」

「ずいぶん本質的な質問だな」

 

 この手の質問に模範回答なんてあるのか、と疑いたくなる。



「ま、まあ、あなたも祐奈も落ち着いて。二人の関係に、私たちがとやかく言うことはないでしょう?」

「そうだけどさ。まさか兄がねぇ。私の方が経験豊富だと思ったのに、先を越されるなんて」

「……せめてうちの家では騒ぐなよ」

「騒ぐも何もないだろ。美也は喋れないんだから」


「……?」


 最後まで蚊帳の外に置かれていた美也は、説明を求めるように俺を見上げてくる。


「……俺にもよくわからん」


 肩をすくめることぐらいしか、できなかった。



 ♢


 その夜。

 美也が風呂に入っている間はいつもは新田との報告会が開かれるのだが、さすがに実家にまで新田はずかずかと踏み込んでは来ないようだ。


 その間に、俺はパソコンを開く。

 大阪旅行の日程を立てなければならないのだ。

 

 そのためには目ぼしい観光スポットを押さえる必要がある。

 他にもホテル・新幹線の予約など、事前に手配する必要があるものはこの時点で調べておかないといけない。


「大阪ねぇ」


 西ノ宮家は大阪を拠点とする名家。

 そして、美也の母親の実家でもある。


 試しに、検索エンジンに『西ノ宮』と検索する。

 だがそれだけでは絞り込めないのか、関係のない芸能人や人物がヒットする。


 今度は『西ノ宮 医者』と検索した。

 

「――でた」


 ヒットしたいっても、紹介しているのははあくまで都市伝説や噂話を扱っているようなサイトなので、信憑性は怪しいものだが。


 西ノ宮家。

 関東の方には知れ渡っていないものの、関西では絶大な財力と権力を振るう一族だ。


 医療業界では顔が広く、発言権も強い。

 政界ともつるんで、様々な便宜も図っているようだ。


 画像の方を検索してみる。

 出てくる画像の人物はどれも白衣を着用した男女ばかりで、やはり医療関係者が多かった。


「……変だな」


 自然と言葉がこぼれる。

 画像をスクロースしていくうちに、妙な違和感が湧いてくる。

 何かがおかしい。


 だが、出てくる人物の画像は西ノ宮家の関係者という点を除けば、何か共通点があると思えない。


「……ん」


 いつの間にか風呂から上がった美也が、俺の隣にぽてんと座る。

 

「……ん」

「あ、ブラッシングね」


 美也がブラシを渡してきたので、俺は一旦パソコンの画面を離れる。

 淡色の髪の毛を掬う。


 念入りにドライヤーをかけたんだろうが、長い髪のせいかまだ乾ききっていない。

 少ししっとりしていた。

  

「……ふふ」


 美也が俺の膝にお尻を下ろした。

 美也の体が、完全に俺に乗っかるような形だ。


 やけに甘えてくる。

 今日は遠出しているとあって、少し興奮気味なのかもしれない。


 ブラシを通す。

 例によって抵抗もなく、するっと抜けていく。


「……ふわぁ」


 気持ちいいのか、美也は無防備に欠伸をする。

 俺の前では隙だらけに見えるのに、正面に立つと見えない壁に阻まれているかのように隙が無いのだから、本当に不思議だ。


 それに、この淡色の髪色も。もっと言えば琥珀色の瞳も。

 

 

「……髪の色?」


 ふと、パソコンの画面に目を移す。


「……?」


 ブラッシングの手が止まり、美也は「どうしたの?」といわんばかりだ。


「いないな」


 美也の髪色と瞳。

 一体どこからしたというのか。


 西ノ宮家の人間を見ても、誰も美也と同じ髪色と瞳を宿している人間はいなかった。

 父親である白石玄水にしても、彼は艶のある黒髪と茶瞳だ。


「なあ、美也」

「……?」

「この画像の中に、美也のお母さんって映ってる?」

「……っ」


 美也が目を細める。

 視線がパソコンの画面をなぞっていく。


 しかし、やがて首を振った。


「美也のお母さんって、美也と同じ髪色と瞳だったか?」

「……(こくり)」


 即答した。

 美也の母親は検索しても出てきていない。


 そもそも、美也の母親は西ノ宮家から家出したような身だ。西ノ宮家から記録を抹消されていたとしても、おかしくはない。


「淡色の髪に、琥珀の瞳ねぇ」


 同じ特徴を、美也の母親は持っていた。



 そしてその特徴を――俺はずっと前にも見た覚えがあるような気がした。











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