第33話 「魔性の女……?」

「そんで、テストの結果はどうだったよ? 秀斗」

「ん? まあ、ぼちぼちだな」

「そんなこと言って、良かったんだろ?」

「そういうお前はどうなんだ、須郷?」

「こんな質問をする時点で、御察しだな」

「ちなみに綾瀬の方は?」

「須郷なんかと一緒にしないでよ。問題なし。ナッシング」


 須郷は半笑いする。

 すべての試験が終わったその日のうちに、映研メンバーと美也は部室に集まった。

 

 試験終了の打ち上げということもあって、机にはお菓子とジュースが並べられてあったが、目的はそれだけではない。



「みんなは夏休みの予定、なんか決まってるのか?」

「ずっと家でゴロゴロしてるだけよ」

「いいなあ、実家暮らしはよ」

「俺もそんな感じだな。でも、今年も旅行行くんだろ?」

「その予定だ」

「……?」


 美也だけが、話についていけていなかった。


 そういえば、まだ美也に旅行の件を話してなかった。


「このサークルは毎年どっかに旅行行ってるんだ。聖地巡礼って名目でな」

 

 サークルとしての体裁は一応保っておきたいのだが、毎年旅行の行き先はその場のノリと気分で決めていて、もはや映研の活動などどうでもよくなっていた。

 

「去年は九州にいったのよ」

「一昨年は確か四国辺りに行ってたらしいぜ」

「それで今日、今年はどこに行くか話し合うんだ」

「……」

「もちろん、今年は美也も行くんだぞ?」

「……っ!」


 まるで他人事のような顔をしていたものだから、つい指摘する。


「まさか家に置き去りにするとでも思ったのか?」

「……」


 美也はぽかんとする。


「お前らもいいだろ?」

「俺は構わねえぜ? 今更人が増えたところで何とも思わねえし」

「秀斗が美也ちゃんの面倒を見てくれるんでしょ? ならいいわよ」

「――……だそうだぞ?」

 

 美也は未だに言葉を呑み込めないでいたが、ようやく意味を咀嚼し、照れるように頬を緩める。


「でも、俺はまず実家に戻る予定があるんだ」

「へえ、どれくらいだ?」

「一週間くらいだな」

「今更実家戻って何するっていうの?」

「そこは俺の勝手だろ」


 実家に帰るタイミングは、夏休みと年末年始。年に二回ある。

 といっても休日にふらっと立ち寄れる程度しか離れていないので、無理して帰る必要はないが、地元の連中も元気にしているか気になる。


「旅行はその後に入れてくれ」

「それはいいけどよ、それも美也ちゃんと二人で行くわけか?」

「……?」

「そのつもりだが?」

「なにそれ。親にでも紹介するってわけ?」

「まあ、親に会わせることにはなるだろうな」

「やらし~」

「やらしいなぁ、お前」

「な、なにが?」

「親公認の仲ってわけ?」

「紹介って言っても、そんな深い意味はないって。顔を合わせるだけだ」

「どうだか」


 須郷と綾瀬は肩をすくめた。

 この二人は一体何を疑っているというのか。 


「とりあえずさ、旅行の行き先決めておかないか?」


 滞在期間はおよそ一週間。国内旅行なので、気分次第ではもっと伸びる。

 だが、行先を決めないことには計画は立てられない。


「行きたいところとかあるか?」

「北海道とかどうだ? 広いし」

「夏に北海道行くの?」

「いいだろ、涼しいんだし」

「逆に暑さを楽しむのが夏だと思うんだけど。それに、あそこ札幌以外に何か見回る場所あるの?」

「地方ディスりはやめてくれよ」


 確かに北海道は一週間も滞在したいかといわれると、正直微妙なところではあるが。

 

「他に候補は?」

「沖縄とかは? 海がきれいなところよ」

「沖縄って……結構離れてるな。できれば新幹線で行けるところがいいんだが」

「それにこの季節じゃ台風があるからな、沖縄。直撃すれば最悪だぜ」


 良い線行っていると思うが、なにせ立地が悪い。 

 学生が気軽に旅行する場所としては、あまり相応しいとは思えない。


「美也はどうだ? 美也は、行きたい場所とかあるか?」


 俺は携帯電話に日本地図を表示させる。

 

「行きたい場所とかあったら、指さして教えてくれ」

「……」


 美也は「……むぅ」と顎に手を当てる。

 今回は俺任せにするわけではないようだ。

 ということは、彼女には行きたい場所に心当たりがあるということだ。


「……ん」

「お、そこは」


 美也が指さしたのは、近畿地方――正確には大阪であった。


「大阪か。まあ、悪くはねえが、俺は中学の頃に修学旅行で行ったからなあ」

「私も。修学旅行の行き先で一番多いのは、関西だし」

「やっぱ、駄目か?」

「駄目じゃねえけどなぁ」


 須郷は言葉を濁す。


 須郷と綾瀬の言い分はわかる。


 修学旅行で行ったのだから、二度も行く必要はあるのかと、そう言いたいのだろう。


 だが、美也は何故大阪に行きたがっているのか。

 大阪にこだわる理由は?


「俺は大阪でいいと思う」


 理由はわからないが、旅行の行き先としては今まで上げた案で一番ふさわしいと思えた。


「他に候補があるなら考えるが?」

「まあ、俺も大阪でいいと思うぜ? 見回る場所はたくさんありそうだしな」

「私も。大阪以外にも、奈良も京都もあるし」

「じゃあ、大阪で決定だな」


 美也がほっとしたように息を吐いた。

 そんなに大阪に行きたかったのか。


 それとも、美也には大阪に行かなければならない理由でもあるのだろうか。


「そういやさ、ホテル何部屋取るんだ? 今年は美也ちゃんもいるんだろ?」

「普通に考えれば、私と美也ちゃん、須郷と秀斗で二部屋だけど」

「……うぅ」


 美也が不安そうにこちらを見上げてくる。

 そうだった。美也は俺が一緒にいなければ眠れないのだ。


「それなんだけどさ、俺と美也は同じ部屋にしてほしい」

「は? なんで?」

「実はな、俺は毎日美也と寝ているんだ」

「「……え?」」


 鳩が豆鉄砲を食らったよう、とはこのことだろう。

 二人して、あんぐりと口を開けた。二人同時に顎が外れたかのようだった。


「……まじで?」

「驚くのはわかるが、仕方ないだろ」

「仕方ない?」


 綾瀬が首を傾げる。


「そういう流れになったんだから、仕方ない」

「流れ!? その場の流れで?」

「まあ、そういうことになるな」

「……それで毎晩?」

「じゃないと美也が不安がるからな」

「……末恐ろしいわね、アンタも。美也ちゃんも」

「お、おう。まさかそんなに関係が進んでいたとは……」


 言葉を濁してはいるものの、内心ドン引きしているのは二人の顔色をみればわかった。

 

「俺も結構なことをしていると思うけどな。でも、会った初日から続けてれば、次第と習慣化してくるもんだ」

「初日!?」


 綾瀬が大袈裟に肩を飛び跳ねさせた。


「初日っていうと、俺が酔って秀斗の家に泊めてもらった、あの日か?」

「そうだな」

「その日の夜に……寝たのか?」

「そうだな。美也が電気消すと急に抱き着いてきて」

「え、何? 美也ちゃんの方からなの?」

「……?」

「そうだけど?」

「……見かけによらず、魔性の女ね」

「だな」


 驚きすぎて、もはや言葉も出ない様子だった。


「まあ、そういうことならホテルの部屋は一緒じゃないとな」

「でも、隣の部屋になるのだけは嫌ね」

「全くだ。同じフロアにいるだけでも御免だぜ」


 珍しく意見が合う二人に、俺と美也はただ首を傾げた。

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