第30話 「……シュウが選んだものなら」


「あ~、家に帰りたくないっす」


 フードコートを抜け、フロアを当てもなくうろつきながら、毛利は背筋を伸ばす。

 

「……♪」


 美也は俺の手を繋ぎながらも、上機嫌そうに目を細める。

 買う予定がなくても、たくさんの店を見て回るのは好きなのだろう。


「どうして家に帰りたくないんだ?」

「だって帰ったら期末試験の勉強やら最終レポートやら、やること多いんっすよ」

 

 毛利はげんなりするように、肩を落とす。


「憂鬱っす」

「試験終わったら夏休みなんだから、それまで頑張れよ」

「先輩が何か奢ってくれたら頑張れるんっすけどね~」

「現金な奴だ」


 エスカレーターで階を移動する。 

 進んでいくと、右手の方にアクセサリーショップが見えてくる。


 俺がブレスレットを買った店だった。


「そういえば、美也ちゃんってアクセの類は持ってますっけ?」

「いや、持っていないが」

「美也ちゃんも、アクセとか買っておいた方がいいっすよ」

「……?」

「ほら、美也ちゃん素材いいんっすから。服買うだけで済ますなんてもったいないっすよ。アクセも見ておきましょう」

「え?」

「なんすか?」

「あ、いや、なんでもない」


 まさかついさっきここに来たとは言えない。


 店に入る。

 

「いらっしゃいませ、お客様」


 店員が挨拶をする。

 俺の姿を認めると、一瞬だけ眉をひそめた。

 

 俺の接客をしていた店員だった。


 また来てるよ、あの人。

 そう思っているに違いない。

 俺も同じ日に二度も来ることになるとは、思ってもみなかった。


「アクセといっても色々あるっすからね。イアリングとかネックレスとか。でも、とりあえず金属製のものとか、ギラギラしたものは似合わなそうっすね」

「同意見だ」

「とすると、軽めの素材のものが良さそうっすね。美也ちゃんの容姿は十分特徴的ですから、アクセが多すぎたり派手過ぎると逆に悪目立ちしますし」

「一種類でいいかもな」

「じゃあブレスレットとかどうっすか? ちょうどいいアクセントになりそうですし」

「……(こくり)」


 答え合わせでもする気なのか、と苦虫を嚙み潰す。

 今のところ、ブレスレットを選んだ俺のセンスは間違っていないようだが、毛利と美也がどんな種類のブレスレットを選ぶのか気になるところだった。


「軽めの素材となると革製ですかね」

「ほうほう」

「でも美也ちゃん可愛い系というよりは、素敵美人系っすよね。となると落ち着いた色がいいかもしれないっすね。青とか、茶色とか」

「何っ⁉」

「うわっ、びっくりした。どうしたんすか、急に大声出して」

「ピンクとかどうだ? 薄桃色は⁉」

「ピンクっすか? まあ、なくはないと思うっすけど……」

「可愛いと思うんだけどな、ピンク! 似合うと思うんだけどな、ピンク!」

「なんでそんなピンク推すんすか……」

「美也はどうだ? ピンク。いいと思うんだが……」

「……むぅ」


 美也は少し悩むように、唸る。

 

「……む」


 すると特に何か指し示すことなく、俺の顔を見上げた。


「……♪」


 俺に向かって、にっこりと微笑む。

 

「たぶん、また先輩の選んだやつにするんじゃないっすか?」

「え、めっちゃ責任重大」


 友人とどこに遊びに行くか予定を立てようとしたときに、「どこでもいいぞ」といわれたような気分だ。


「先輩が選んでくれたものだったら、何でも嬉しいんじゃないっすか」

「……♪」


 美也が俺の手をぎゅっと握る。

 信頼の眼差しが、逆に辛い。


「でも今までのを整理すると、ピンクのレザーブレスレットっすよね。この店にありますかね」


 毛利が店員に声を掛け、確認する。

 

「ええっと、申し訳ございません。そちらの商品は先程別のお客様がご購入されまして……」

 

 例の店員が俺にちらっと目配せする。

 俺が買ったやつで最後だったのかよ、と天を仰いだ。

 

「そうっすか、売り切れっすか」

「……」


 美也がシュンとする。

 残念そうに眉をひそめた。


 在庫があったらあったでややこしい事態になったと思うが、美也がそこまで落ち込んだ表情を見せるとは思わなかった。


 こちら側には微塵も過失はないはずなのに、罪悪感を覚える。


「ま、まあ、時間が経ったらまた入荷されるかもしれないだろ? それに、アクセは服と違ってどうしても必要ってわけじゃないんだから」

「それもそうっすね」

「……」


 ただ一人、美也だけが納得のいかない顔をしていた。

「実はプレゼントがあるんだ……」と切り出そうかと口を開きかけたが、瞬時に口を閉ざす。

 後になればなるほど言い出しづらくなることはわかっているはずなのに、その一歩が出ない。


「……もう行こうか」


 美也の手を引く。

 美也は名残惜しそうに店を出る。


 その後もフロアを見て回ったが、美也のしょんぼりとした顔が喉に刺さった骨のようにつきまとっていた。


 ♢


 家に帰ったのは日が地平線に差しかかる頃だった。

 毛利と別れ、二人で家に戻る道中の車内はどこか重い沈黙が覆っていた。


 美也と過ごす時間は大半が沈黙なのだが、空気が違った。

 互いに何かを探り合うような、気まずさを感じた。


 美也は、俺が何か隠し事を抱えていることに気付いてる。

 しかしそれが何なのか、なぜ打ち明けないのかがわからない。


 一方の俺は俺で、ブレスレットの件をどう片付けようかずっと悩んでいた。

 途中意識が思考に気を取られ、青信号で発進しないまま、後続の車のクラクションでやっと気づくといった事態まで起きた。

 家に着き、机に着く。


 勉強しようかとペンに腕を伸ばしかけるも、集中できそうになく、腕を引っ込め、背もたれに体を預ける。

 上着を脱ぎ、椅子にかける。


「……」


 美也はベッドに腰かけ、今日買った服を整理し始めた。


「顔でも洗ってくるか……」


 そうすれば少しはスッキリするだろう。

 席を立ち、洗面台に向かう。

 上着のポケットに、ブレスレットをしまったままだということには気づいていなかった。


 ♢



 秀斗が洗面台に行った後、美也はふと椅子に掛けられた秀斗の上着に目が行った。


 一見すれば特別目を惹くようなものなどない上着だが、美也はその上着を視界に捉え、目を細める。

 まるで何か気になるものが目に見えているかのように。


 立ち上がり、上着を手に取る。

 

「……?」


 右ポケットに妙な重さを感じ取る。

 ポケットに何か入っているのだ、と美也は気づく。


 手を入れると、固いものに指が触れた。

 取り出してみる。


「……」


 リボンで閉じられた、ギフトボックスであった。

 大きさは手のひらに収まる程度。

 しかし中身はわからない。


「……むむむ」


 難しい顔をする美也。

 中身が気になるのだろう。だが秀斗の買ってきたものを、勝手に開けるわけにはいかない。

 傾けたりひっくり返したりして、何とか中身を推測できないかと試行錯誤する。


「……あ、それ」

「……っ!」


 ビクッと、肩を震わせる。

 洗面所から戻ってきた秀斗と、目が合った。

 




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