第29話 「隠し事、してる?」

「あ、いた! どこ行ってんすか?」


 店の前に戻ったところで、毛利と美也が駆け寄ってきた。


「てっきり店の前で待っていると思ってたっすよ」

「ただ待っているのも暇だったしな。ぶらぶらしてたんだ」

「びっくりしたっすよ。迷子になったと思ったっすよ」

「この歳になって迷子はないだろ」

「わかんないっすよ? 先輩格好いいっすけど、どこか抜けてるところあるんで」

「いうほどそうか?」

「自覚ない時点で相当抜けてるっすね」



 ふと美也と、目が合う。

 俺はすっと目を逸らし、手に持っていた、包装されたブレスレットをポケットにしまった。


「……?」


 美也が訝しむように目を細めた。


「それより、そっちの買い物は終わったのか?」

「終わったっすよ。水着だけっすけど。お披露目まで楽しみにしててくださいっす」


 あくまでどんな水着を買ったかは教えてくれないようだ。

 非常に気になるところだが、しつこく尋ねるのも野暮だろう。


「これでもう買うものはないっすか?」

「俺はもう終わったと思うが、美也は買いたいものはないか?」


 尋ねてみるも、美也は小さく首を振る。

 考える素振りも見せなかった。美也にとっても、不足しているものはなさそうだった。


「じゃあ帰るぞ」

「えぇ!?」


 毛利が大袈裟に体をのけぞらせる。


「せっかくのお出かけなのに、もう帰っちゃうんっすか?」

「用は済んだんだから、別にいいだろ」

「先輩そんなんだから、つまらない人って言われているんっすよ?」

「は? 誰が言ってるんだ、そんなこと」

「主に私が」

「お前じゃねえか」

「でもこれから家に帰っても、どうせ先輩だらだらするだけでしょ? だったらここで時間を使う方が有効っすよ」

「それは一理あるが……」


 ずるずると施設を見て回ると、毛利の余計な買い物に付き合わされそうな予感がしていた。

 祐奈と一緒に買い物に行った時も、買いもしないくせに高い化粧品や服を見回り、三時間ほど歩き回ることがしばしばあった。

 体力差はあるはずなのだが、決まって俺の方が先に音を上げていた。


「美也はどうだ? もう帰りたいか?」

「……っ」


 美也は自然な動作で、俺と手を繋いだ。

 ぎゅっと、離れないように握りしめてくる。


「まだ帰りたくないのか?」

「……(こくり)」

「じゃあ、決定っすね。まだ先輩には付き合ってもらうっすよ」

「それはわかったが、せめて飯を食ってからにしないか?」


 特別腹が減っているわけではないが、とにかく足を休めたかった。


「いいっすね。ちょうどお昼時ですし。どこで食べます?」

「フードコートでいいだろ」

「え~、お寿司とかステーキとか行かないんっすか?」

「贅沢言うんじゃないよ」


 ぶーぶーと不満を零す毛利を無視し、フードコードに向かう。

 席はまだ六割ほど空いていたので、注文カウンターから近い席を選んだ。


「先輩何食べます?」

「俺? 俺は牛丼にするよ」

「了解っす。私はちゃんぽんにするっす」

「美也はどうする?」


 美也はぐるりとフードコートを見渡す。

 しかし最後には、俺の顔に目が留まった。


「俺?」

「たぶん、先輩と一緒のやつ食べるんじゃないっすか」

「……(こくり)」


 美也が頷く。


「じゃあ一緒に注文しに行くか」


 美也と一緒に席を立つ。

 カウンター前でメニューを確認した。


 牛丼チェーン店といっても、主力商品は牛丼とカレーであり、それ以外にも様々なメニューが用意されている。


「俺は牛丼の大盛にするけど、美也はどうする? 他にもメニューもあるぞ?」

「……」


 美也の視線が、メニュー表をなぞっていく。

 そして、とあるメニューでぴたりと止まる。


「カレーにするのか?」

「……(こくり)」

「わかった。カレーだな」


 手早く注文を済ませる。

 オーダーが混雑していなかったのか、すぐに出来上がった。


 それぞれ頼んだ料理を手に、テーブルに戻る。


「おっ、早かったっすね」

「そっちこそな」


 すでに毛利はちゃんぽんに箸を伸ばしていた。 


「先輩夏はどうする予定なんっすか?」

「どうするとは?」

「サークルの人たちと旅行行くんじゃないっすか?」

「旅行は決定事項だが、どこに行くかは決まってないんだ」

「海行きましょうよ、海。せっかく美也ちゃんの水着買ったんっすから」

「海ねぇ」


 夏休みの予定は決まっていない。

 必ずしも海に行くとは限らない。


 そもそも、須郷と綾瀬が好き好んで陽に焼かれに行くタイプには思えない。


「実家に帰った時に寄るかもな」

「実家?」

「うちの実家、海がすぐそばにあるんだ。海水浴場だってある。今年行くとしたら、そのタイミングだろうな」

「へえ、そうなんっすね。実家、ここから遠いんですか?」

「別に。電車で三駅くらいだ」


 祐奈が休日にふらっと立ち寄る程度には、近いはずだ。

 自転車でも来れないことはない。


「ていうか、やっぱ実家帰るときも美也ちゃんは一緒なんっすね」

「……?」


 名前に反応するように、美也が顔を上げる。


「まあな。美也を一人にはさせられないからな」


 まだ毛利には、俺たちが一緒に住んでいることまでは話していない。毛利が都合の良いように解釈しているのか、それとも色々と察したうえで首を突っ込まないようにしているのか。


 どちらにしても、ありがたかった。



「俺たちはその前に期末試験だがな」

「うげぇ、嫌なこと思い出させないでくださいよ」

「あんま勉強捗っていないのか?」

「ここ最近バイト漬けだったもんで」


 もうすぐ八月に入る。

 八月の頭には試験があり、それが全て終われば晴れて夏休みとなる。


「先輩はどうっすか? 勉強しているんっすか?」

「仲間を探そうとしても無駄だぞ。俺は毎日コツコツ勉強している」

「先輩の裏切もの~。仲間だと思ったのに」

「残念だったな」


 話しているうちに、毛利が一足先にちゃんぽんを食べ終わった。


「ご馳走様っす」


 毛利が食器を返しに、席を立つ。

 美也と二人っきりになった。


「……」


 途端に、ポケットの中身を意識してしまう。


 特別含みのあるプレゼントでもないので、普通にポンッと渡してしまえば済む話なのだが、どうにも切り出せない。

 

「……?」


 美也が見上げてくる。

 目が合った。


 不思議な光を宿した、琥珀色の瞳。

 それが真っすぐと俺を覗き込んでいる。


 その瞳に魅入られていると、こちらの取り繕った態度も、隠しているプレゼントも全部お見通しなのではないかと、冷や汗を流す。

 美也の見透かすような眼を前に、俺はいたたまれなくなった。


 

 ポケットに手を入れる。固いものが当たる。

 取り出そうとして、手が止まる。

 いや、さすがに渡すタイミングは今ではないだろう。

 手を引っ込めた。



 すると美也は俺から視線を外し、カレーを口に運び始めた。


 それだけで体中にかかっていたプレッシャーから解放された気分だった。

 

「先輩、何ボーっとしているんすか?」

「え?」


 いつの間にか戻った毛利の言葉に、俺はハッとなる。


「さっさと食べてくださいよ。牛丼、まだ残ってるじゃないっすか」

「あ、ああ。そうだな」


 美也の方を見やる。

 何事もなかったかのように、カレーを頬張る美也。


 だが何かを考えこむように眉根を寄せているように、見えなくもなかった。


 勘づかれている。

 さすがに、未だにバレていないと思うほど、俺は図太くなかった。


 別にやましいことを隠しているわけではないので堂々としていればいいのだが、これからサプライズで渡す予定のものを相手が勘づいているとなれば、余計に切り出しづらかった。



 牛丼をかきこむ。

 最後に完食したのは、結局俺だった。

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