第28話 「……どう、かな?」

 戻っても美也の姿はなかった。

 代わりに試着室の前に、毛利が一人立っていた。


「美也はどうした?」

「あ、先輩。美也ちゃんは今服を試着してるっすよ?」

「……下着を?」

「それもそうっすけど、一応トップスとパンツの方も」

「もう上下揃えているんだな」

「靴も新しいのを選んどいたっす」

「靴もか」

「どうせなら全身買い揃えたいっすからね」


 今一枚布を隔てて美也が着替えているということか。


「で、どんな感じなんだ? 美也の服は」

「まあ顔がいい人とか、いかにもできそうな雰囲気出てる人って、何着ても似合うっすからね。言い方悪いっすけど、ブスとイケメンが同じ服着ても、やっぱイケメンはおしゃれに見えて、ブスはダサく見えちゃうんっすよ」

「悲しいもんだ」

「結局ファッションは顔っすよ、顔。顔と雰囲気っす」

「身も蓋もない話だ」

「でも、その分美也ちゃんは期待出来るっすね。見るのが楽しみっす」


 ちょうどその時、試着室のカーテンが開く。

 美也の姿が、現れる。

 

 肘より少し長めの、五分袖の白色のワンピース。

 爪元が露出したヒールは涼しげな印象がある。


 ワンピースの丈は膝下まであり、美也のほっそりとした足が見えていた。


「おぉ……これは思った以上に」


 スカウトした女の子が予想以上に逸材だったとわかった時のアイドルのプロデュサーのように、毛利は零す。


「~~っ」


 美也は俺と毛利の視線に、顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。

 特に生足であることが気になるのか、足元を所在なさげにもぞもぞ動かす。


 

「ほら、先輩もなんか言ってあげましょうよ?」

「え?」

「え? ――じゃないっすよ。気が利かないっすね~」


 毛利が俺の背中を叩く。

 たたらを踏む。


 すると俺は、美也の目の前に立っていた。


「……っ」


 美也が上目遣いで、こちらを見ている。

 どこか期待を孕んだ目だった。


 ちゃんと自分を見せるように、美也は胸を張る。


「……あ、いや、えっと」


 急に女子に話しかけられたコミュ障のように、口ごもってしまう。

 

「……綺麗だと、思う」


 言い切ってから、俺は目をすっと逸らす。

 口に出して言うのは恥ずかしいが、これが素直な気持ちであった。


「似合ってるよ」


 むず痒い気持ちのまま沈黙が落ちる。

 ちらっと横目で美也の様子を見た。


 美也も照れるように、視線を下に向けていた。

 しかし、口元の端にはしっかりと笑みが浮かんでいた。


「いや~、ホント綺麗っすよ、美也ちゃん。やっぱり私の見込んだ通りっす」


 毛利が興奮気味に、美也の手を掴む。


「このまま他の服も着てみましょう!」

「そこまでにしとけ。気持ちはわかるが、このままだと時間かかっちまう」


 時間は無限ではない。

 服選びに何時間もかけていられない。

 

「次行くぞ、次」

「次って……次どこ行く気なんっすか?」

「……水着」

「はい?」

「だから水着だよ、水着。夏なんだから、水着の一つくらい買っておいて損はないだろ」

「あらあら先輩、美也ちゃんと一緒に海でシケ込むつもりっすか? いやし~」

「違うって。また来るのが面倒だから、ついでに買っておくだけだ」


 あくまで効率化を図ってのことだ。

 美也の水着を見てみたい気持ちが一パーセントもないわけではないが、邪な考えを抱いているわけではない。


「まあ、それもそうっすね。なら水着は私と美也ちゃんで見ときますよ」

「なんで?」


 急に仲間外れにされ、俺はつい尋ねる。


「だって先輩の楽しみが減るじゃないっすか。美也ちゃんの水着姿は、是非海かプールでお披露目ってことで」

「……そういうことなら」


 あっさり引き下がってしまった己の単純さに、呆れる。

 だが毛利の言うように、楽しみは後に取っておくのも悪くない。


 美也が元の服に着替える。

 先に決まっている分のトップス、パンツ、下着、靴の会計を済ませる。


 一気に重くなった荷物を抱え、俺は一旦店を出た。

 その間美也と毛利の二人は水着も含め、気になったものを見て回るそうだ。


 そもそも女子の服選びに男子が関わるのは、余計なお世話というものだろう。

 異性からの目を気にするだろうし、服選びくらい自由にさせてやりたい。


 待っている間は特にやることもなく、かといって荷物を抱えているせいでぶらぶらフロアを回ることもできない。

 女子の服選びは想像以上に大変だな、と嘆息する。


 そこで、ふと俺は気づく。

 美也は、年頃の女子が身に着けるアクセサリーを一つも持っていないのだ。


 服は全身揃えたとはいえ、それだけで終わらせるのももったいない。


 

 唯一美也が持っているのは、ペンダントだった。首から吊り下げているのは分かるが、肝心の装飾品の部分は服で隠されている。


 あれはおしゃれで身につけているというより、お守りとして持っているのだろう。

 たとえば、母親の形見であるとか。


 腕時計を見る。

 二人と離れて、まだ五分程度。

 女子の買い物がすぐに終わるとは思えない。


 三十分くらいの猶予ならあるだろう。


 俺はエレベーターに乗り、フロアを移動する。

 アクセサリーショップに入っていくところで、足が止まる。


 これは実質的に、俺から美也へのプレゼントということになる。

 だが、初めてのプレゼントがアクセサリーなのは、少し重い気がした。


 人に贈るものなんて消耗品の方が望ましい。

 アクセサリーなんて、よほど特別な存在でない限り贈らないだろう。


 店先で立ち往生するのを見かねてか、店員が寄ってくる。


「いらっしゃいませ、お客様」

「あ、どうも」

「贈り物か何かでしょうか」

「ええ、まあ、そんな感じです」

 

 今更「やっぱりいいです」ともいえず、俺は頷く。

 店員が店内へと案内してくれる。


「やっぱり彼女さんへの贈り物ですか?」


 気さくな店員なのか、そう尋ねてきた。


「……そうですね、そんな関係です」


 いつも通り「従妹です」とでもいえばよかったのに、咄嗟にその言葉が出なかった。


「やっぱり多いんですか? プレゼントにアクセサリーって」

「お客様ほど若い方は珍しいですが、クリスマスの時期とかは特に」


 つまりいつもはそれほど多くないということだ。

 

「ちなみにどちらを購入予定で?」

「まだ決めていなんですけど……なにか人気のものってあります?」

「主に人気なのがイアリングかブレスレットですね」


 指輪とか言い出したらどうしようかと思った。


「安価なものだと二千円以内でお買い求めできますよ?」

「はあ……」


 だんだんと退路を塞がれている気がする。

 店員は完全に俺をロックオンしている。

 下手に逃げ腰になると食い下がってくる可能性が高い。


「じゃあ、ブレスレットを見てもいいですか?」

「はい、ではこちらの方へどうぞ」

 

 店内の端の方に移動する。

 ブレスレットを選んだのは、単に装着のしやすいほうがプレゼントとしても重くならないだろうと思ったからだ。


「結構値段の差があるんですね」


 見てみると、一番高いもので三万を優に超していた。

 

「プレゼントとして買われる方は、大体二千円から五千円台が多いですね」

「そうなんですか」


 もう買うしかないのか。 

 店員は静観に徹し始める。


 ここに誘導された時点で「詰み」だ。

 覚悟を決めるしかない。


「……じゃあ、これで」


 悩んだ末に決めたのは、薄桃色のレザーブレスレットだった。

 金属製にしなかったのは、美也にジャラジャラとしたものは似合わないだろうと判断したからだ。


「ありがとうございます」


 店員がほくそ笑む。

 その後のことは早かった。

 

 気づけば俺は包装されたブレスレットを手に、店を出ていた。

 やってしまった、と遅すぎる後悔が襲ってきたのはエレベーターを降りた頃だった。

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