第27話 「D75……」

「ぶっちゃけ、美也ちゃんと私って全然タイプ違うじゃないっすか」


 移動しながら、毛利は言う。


「美也ちゃんの着るような白色の清楚な服って、雰囲気がある人が着ないと絶望的に似合わないんっすよ。私なんかが着たら、服に着られるのがオチっすね」

「美也はそうじゃないって?」

「美也ちゃんの場合は完全に着こなしてるっすね。逆に年齢に沿ったカジュアルな服を着る方が違和感があるくらいっす」



 俺は隣の美也に目をやる。

 美也はどこか浮世離れした雰囲気の持ち主である。

 向かい合っていると自然と背筋が伸びてしまうような厳めしささえ感じるほどだ。


 といってもそれは美也が大人しくしている時の話であり、俺と一緒に寝てる時とか、手を繋いでいる時とかは、その限りではない。


「で、どんな服を見繕えばいいんっすか?」

「それは任せるよ。美也も、それでいいか?」

「……(こくり)」

「責任重大っすね……」

「でも美也も、気になった服があったらちゃんと知らせていいんだからな? 美也の服なんだから」


 レディースのコーナーに入る。 

 祐奈と一緒に来た経験はあるものの、決して居心地がいいわけではない。


 敵チームの球場に応援に来たサポーターのような疎外感だ。

 店先で待っていようかと思ったが、美也は俺の手を握ったまま、離してくれなかった。


「やっぱ店に来ると、私も無性に服買いたくなってくるっすね」

「買ってやらんぞ?」

「わかってるっす。今日は美也ちゃんの服ですもんね。まあ、私と同じ歳ってことで、同級生のファッションを参考にしてみるっす」


 しばらくぐるぐると店内を回ってみる。

 メンズ服と違ってレディースは種類が多い。

 そりゃ買い物が長くなるわけだ、と納得する。


「あ、これなんかどうです?」

「どれだ?」


 毛利が取り出したのは、着丈の長い白色のロングシャツであった。


「素材も軽いっすから夏に着ても涼しげですし、白色だから大人っぽい印象もあるっす」

「へ~」

「あとハイネックのTシャツっすかね。あえて首元を隠すことで上品さを出せるっす」

「ほ~ん」

「美也ちゃんだったら、ワンピース一枚でも合いそうっすね。カーディガンを加えればもっとおしゃれっすけど」

「ふ~ん」

「……あの、黒瀧先輩」

「なんだ?」

「ちゃんと話聞いてます?」

「ああ、聞いているぞ。で、何の話だったっけ?」


 毛利がジトッと半眼で見てきた。


「もういいっす。で、こんなかのどれがいいっすか、美也ちゃん?」

「……」


 毛利が選んだ三着を、美也は注意深く見定める。

 だが美也はどれも選び難いようで「むぅ……」と眉根を寄せた。


「もう全部買ったらどうなんだ? どうせ一着だけじゃ足りないんだから」

「全部って、そんな持ち合わせあるんすか? これからパンツの方も買うのに」

「金銭面に関してはお前が心配することはない」


 つい最近五十万が入ったばかりだ。

 美也の服代くらい、安いものだろう。


「美也も、それでいいよな?」

「……っ」


 美也はちょっぴり驚いたような顔を浮かべたが、すぐに頷いた。


「美也ちゃんがそういうならいいっすけど」


 毛利は選んだ服を畳んで、かごに入れる。

 

「次はパンツの方だな」

「私はまず上を選んでから、下をそれに合うように決めるんであとは簡単っすよ」

「なら早く行こう」

「それはいいとして、下着の方は買わなくていいんすか?」

「……下着?」

「せっかく来たんなら、ついでに買っておいてもいいんじゃないっすか?」

「……どうなんだ、美也?」


 美也は少しの間逡巡するように視線を天井の方に向けたが、やがて頷いた。


 今思い返せば、美也の下着はそこまで種類がなかったはずだ。

 洗濯物を洗うのも俺の仕事なので、自然と目についてしまう。


 女性ものの下着を見慣れていないので断言はできないが、二、三種類しかなかった気がする。 

 

「じゃあそっちも見ときましょうか」


 三人そろって下着のコーナーに移動する。

 いよいよアウェー感が強まっていく。

 付き添いとはいえ、こんなところに俺はいていいのか。


 急に異国に飛ばされたような気分だった。


「ちなみに、美也ちゃんのブラのサイズって何っすか?」

「……?」

「私のよりは……大きいっすよね。私、Bなんで」


 毛利は美也の胸元をじっと見つめる。

 俺もつられて視線を向けてしまいそうになり、慌てて背を向ける。


「……」

「Cっすか?」

「……(ふるふる)」

「あ、じゃあDっすか?」

「……(こくり)」

「へ~、Dなんっすね」


 こんな生々しい会話を、俺は聞いていいのか。

 今すぐ美也とつないだ手を振りほどいて、耳を塞ぎたくなった。


「じゃあアンダーサイズっていくらっすか?」

「……」

「六十五?」

「……(ふるふる)」

「七十?」

「……(ふるふる)」

「え、じゃあ七十五?」

「……(こくり)」

「へ~、けっこうボリュームあるんすね~」


 女性のカップはトップバスト——胸のふくらみの一番頂上の部分――とアンダーバスト——胸のふくらみのすぐ下の部分――の差で決まる。

 Dカップはその差が十七・五センチのサイズということになる。

 大きさは大体グレープフルーツくらいで、重さは子猫くらいだそうだ。


 全部祐奈の受け売りなので、実際に見たことも測ったこともないが。 

 ――いや、見たことはあるのか。


 マズい。

 余計なタイミングで、余計なものを思い出してしまった。


 美也と初めて会った日に起きてしまった、だ。

 

「でも一応店員さんに測ってもらった方がいいかもしれないっすね」

「サイズがわかっているなら、わざわざ呼ぶ必要あるのか?」

「フィット感は人の体型やブラの種類で違ってきますからね。店員さんに任せた方が安全っすよ」

「じゃあ、俺はその間別のところ回っておくよ」


 さすがにここから先からは、男子禁制だろう。


「了解っす。十分くらいしたら、また戻ってきてくださいね」

「わかった」


 美也の手を離す。


「……ぁ」

 

 寂しげな声が上がった。


「またすぐに戻るよ」


 美也の頭をそっと撫で、俺はその場を去る。

 男子の存在を許さない、ピンク色の空間を素早く抜け出す。


 しばらくあてもなく店内を彷徨う。

 先ほど思い出してしまった「余計なもの」を忘れるため、意識をイデア世界に飛ばす。

 

 しっとりとした、ハリのある肌に、全体的なバランスに優れたほっそりとした体つき。

 しかし、出るところはちゃんと出ており、ちゃんと女性らしい凹凸が認められる。

 ほくろやシミの一つだって存在しない、モデル顔負けの綺麗な体をしていて――


「――ハッ!?」


 頭を振る。

 気を紛らわすはずが、逆に強く意識してしまう。


 周囲の光景に目をやる。

 いつの間にか、水着コーナーに来ていた。


「水着か……」


 もうすぐ夏休みだ。

 今年の予定はまだ未定だが、海やプールに行く可能性も十分ある。

 

 その時に、美也も一緒に行くのは言わずもがな。

 必然的に水着が必要になってくる。


「……水着ねぇ」


 腕時計を見る。

 すでに十分を過ぎていた。


 最後に水着コーナーを一瞥し、俺は美也の元に戻っていった。

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