第22話 「ドキドキするのは……」

 映画の展開はこうだ。


 互いに地元の名家であり同級生の主人公とヒロインは親に縁談を勧められる。

 最初は縁談を嫌がる主人公だったが、親の顔に泥を塗るわけにもいかず、お見合いだけでも受けることにした。


 その席で、ヒロインが「親の目を欺くために偽の恋人を演じよう」と提案する。

 ヒロインの提案を呑むことに決めた主人公は、ヒロインと共謀して偽の恋人を演じる。

 

 だが恋人として接していくうちに、次第に二人の距離は縮まっていき、互いに惹かれていく。

 映画のラストで本当に恋人になる、というオチだ。


 ラブコメとしてはありきたりで特段捻りのないシナリオだが、ヒロインの可愛さ、恋に至るまでの丁寧な心理描写、普段は頼りない主人公が時折見せる男気など魅力あふれるシーンもあり、中高生の間で人気を博した。


「いいよな、高校生ってのは」


 須郷が画面を見ながら、ぼそっと漏らす。


「大学生も悪くはねえが、校舎内の限られた空間で過ごす日々も懐かしいもんだ」

「それをいったら、俺たちおじさんみたいだな」

「二十歳過ぎりゃ、あとはただ歳を取るだけなんだよ。虚しいね」

「ちょっと、今ナーバスな空気にしないでくれる? いいところなんだから」

「……っ」


 女子二人は映画に身を乗り出して観ていた。

 綾瀬に限ってはもう何回も観ているはずなのに、顎に手を当てて評論家ぶったような雰囲気まで出している。


「ていうか、再生する前になんか飲み物でも買っとけばよかったな」

「コンビニまで何か買ってくるか。俺と須郷で」

「え? 俺まで買い出し?」

「いいだろ、別に。そんなに映画の内容が気になるってわけでもないんだし」


 この部屋にあるDVDならすでに何度も観ている。

 次どんな台詞が来るのか、どんなシーンが来るのかも覚えている。


 確か次のシーンは、主人公とヒロインの初デートだったはずだ。


「あ、コンビニ行くならついでにアイス買ってきて」

「はいはい」

「抹茶味ね」

「あったらな」

「なかったらストローベリーで」

「細かい奴だ」

「……」

「美也は何か買ってきて欲しいものはないか?」


 美也は首を振る。

 美也の視線は俺の顔とモニターを交互に彷徨っていた。


「俺と一緒に行きたいのか?」

「……」

「大丈夫だ。すぐに帰るから」


 美也の頭にポンッ、と手を乗せる。

 いちいちコンビニに行くくらいで戦地に赴く兵士のようなやり取りをしなくていいだろうに、と苦笑いする。


 それに須郷はともかく、綾瀬と二人っきりになったとしても滅多なことは起こらないだろう。


「行くぞ、須郷」

「はいよ」


 財布だけ持って部室を出る。

 コンビニは大学を出てすぐのところにある。


 大学周辺は大学生で賑わっており、飲食店やコンビニにとっては絶好の立地だった。


「それにしてもさ」

「なんだ?」


 須郷が雑誌コーナーで立ち往生しながら、いった。


「秀斗は、美也ちゃんのこと好きなのか?」


 なんでもないような、それこそ挨拶ついでに尋ねたかのような口調だった。


「……好きっていうのは、異性として、ってことか?」

「そうそう。ラブだよ、ラヴ」

「……どうだろうな」

「お。否定しないの?」


 尋ねた本人が驚いていた。


「多分、ライクの方だと思うんだが」

「多分って何だよ。多分って」

「たとえばさ、仮に美也が俺のことを好きだったとするだろ? 異性として」

「ふむ。仮の話でな」

「そして、俺にいろいろと迫ってきたとする」

「迫る?」

「明らかに好意を示す行動をしてきたりとか」

「なるほど。ぐいぐい来るってことね」

「で、もしそうした事態になったら……俺は美也を拒める気がしない」

「女の子に迫られたら、男は誰だってそうだ」

「そういう問題じゃないんだが……」


 仮に綾瀬が俺に告白してきたとしても、俺は丁重に断ることができる自信があった。

 綾瀬は友人。それ以上でも、それ以下でもない。

 今の関係が一番ちょうどいい塩梅だった。 


 だが、美也は何だろう。

 俺にとって、彼女の立ち位置は一体何なのか。


 答えを見出すことができない。


「一つアドバイスをするとだな」

「なんだ?」

「秀斗は自分の気持ちに早めに答えを出した方がいいかもな」

「それは、なぜ?」

「美也ちゃんがそんな分かりやすい子ならいいけど、そうでもないだろ? お前の方からちゃんとリードしてあげないと」

「美也が俺を好きだって話は仮定だろ」

「へっ、自分でもよ~くわかってるくせに」


 須郷は手に持った青年雑誌で肩をぺちぺち叩く。

 顔には薄笑いが浮かんでいた。


「……さっさと買い物済ませるぞ」


 須郷の問いに答えることはなく、俺は抹茶味のアイスをかごに入れた。


 ♢


「この映画の評価が高いのは、やっぱり俳優の演技よね」

「……」

「主人公役はそんなにイケメンじゃないけど、そこが逆にリアルな感じで。ヒロインは高校生役にしては無理があるほど美人だけど、演技は高校生らしくて」

「……」

「二人の初々しい恋の演技が醍醐味よね。見てるこっちがドキドキする」

「……っ」

「あら、美也ちゃんもそう思う?」

「……っ!」

「やっぱりそうよね。まったく、あいつら何にもわかってないんだから。アニメ派なんてモグりよ、モグり」


 話している間も、二人は映画から注意を逸らさない。

 映画は現在、主人公とヒロインのデートシーンに突入していた。


 画面に、顔を赤らめながら手を繋ぐ一組の男女が映し出される。


「……そういえば、一つ聞きたいことがあるんだけど。いい?」

「……?」

「美也ちゃんは、秀斗のことが好きなの?」

「……っ」


 美也はその質問に、ビクッと肩を震わせた。

 綾瀬から目を逸らす。


「……今の質問、やっぱなしで」


 発言を撤回する綾瀬。

 だが、綾瀬は確信めいた言葉で続きをいう。


「秀斗は、結構ドライな性格でさ。無駄な人付き合いをしない奴なの。伝え聞いた話だけど、アイツ高校の時女子から嫌われてたみたいで」

「……っ」

「秀斗は面倒見いいし、世話焼きに見えるからさ。それに付け込んで秀斗にいろいろ仕事を押し付けようとした女子がいたらしいの。生徒会とか、委員会の仕事をね」

「……」

「秀斗は『そんくらい自分でしろよ。俺はボランティアか』っ断ったらしいの。でも、その女子は質の悪いことに女子グループの中心人物で、秀斗の悪い噂を広めてあることないこと触れまわっていたらしいわ」

「…………」

「ま、それでも秀斗は、嫌なことは嫌だってスタンスを貫いていたらしいけど」

「……」

「秀斗は嫌いな人間と関わらない。逆にいえば、接してくれているうちは秀斗も満更じゃないってことね」


 綾瀬の話がそこで途切れる。

 二人の視線は、自然とモニターに戻っていく。


 映画のデートシーンは終盤を迎えている。 

 主人公とヒロインが、デートが終わるころになってずっと手を繋いでいたことに気付き、互いに気まずい空気が流れていた。


「それに、いくら秀斗とはいえ、あそこまで人の面倒を見るのも珍しいと思うわ」

「……?」 

「だって料理経験なんてろくにないはずなのに、急に自炊なんて始めるんだから。ちゃんと、美也ちゃんのことを大切に思っているってことよ。多分ね」

「……っ」


 美也はその言葉を聞き、視線を伏せてしまう。

 綾瀬から美也の顔は、垂れた髪に隠れて見えない。


「~~っ」


 美也は自らの胸に手を当てる。

 美也の頬は、少し赤くなっていた。

 

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