第21話 「恋の正体を知りたくて」
今は授業時間だからか、キャンパス周辺に人は少ない。
昼前や授業の移動時間となると教室から人があふれ出す。そうなる前に、さっさと部室に移動したかった。
「そ、そんなにくっつかなくてもいいんじゃないか?」
「……」
美也は俺の横にぴったりとつけていた。
手と手が触れ合ってしまいそうな距離である。
少し歩きづらかった。
キャンパスに入ってから、ずっとこの状態だ。
見慣れない場所だからか、美也の視線がさっきからキョロキョロと動いている。
「あそこは中央図書館だ。四階まであって、学習スペースもある」
「……っ」
「向こうのデカいのは体育館。この通りに並んでいるのは教育棟だ」
「……」
「俺の学部はここから少し遠くてな。授業が終わって急いで食堂に行っても、すでに混んでいることが多い」
美也と真っすぐ部室に向かう。
だが授業が終わってちらほらと人が出てきたのか、人目がこちらに集まりだす。
美也の容姿は遠くからでも目立ちすぎる。
髪色を隠すための帽子を被せても、美也の髪は結んでも腰まで届く。
加えて美也には、自然と視線が持っていかれるような存在感があった。それは白石首相の持つ、群衆を従えるカリスマとは似て非なるものだった。
「ほら、早く行こう」
美也の手を握る。
「……っ!」
美也は少し驚いた顔をした。
「部室までまだ距離があるからな。はぐれないようにしないと」
「……っ」
少し早足で移動する。
さらにこちらに注目が集まった気がするが、気にしても仕方がない。
「……」
手を握り返される感触があった。
だが、俺は美也の顔を直視できなかった。
手の温もりから美也の存在をすぐそばに感じて、さすがに恥ずかしかった。
人目を振り切り、ようやくサークル棟につく。
部室を開けると、まだ誰も着いていなかった。
「なんだ、珍しいな」
大抵どの曜日のどの時間帯でも、行けば誰かいるはずなのだが。
「来るまでゆっくりしていくか」
美也と一緒にソファに座る。
俺の部屋と同じくらいか、少し広めの部室。しかし空調もなく、冷蔵庫もない。
おまけに須郷や綾瀬が悪ふざけで買った訳のわからないグッズが放置されている。
「普段は一緒に映画とかドラマ、アニメをだらだら見ている。たまに映画館に行ったりはするが……真面目に活動していることの方が少ない」
「……」
「DVDだけは大量にあってな。俺らの一代前は大所帯で、活動も今よりは活発だった。その名残だ」
先輩たちが卒部してからは人数が一気に減り、今年度は新入部員も確保できなかった。
故に映研は三人しかいないのだ。
「おっす。お疲れ様」
ドアが開く。
入ってきた須郷が景気よく手を挙げた。
「お疲れ様」
「秀斗――と、隣にいるのはいつぞやの」
「美也だ」
「……」
美也は小さく頭を下げる。
「なんで美也ちゃんをここに?」
「お前らに紹介したくてな」
「彼女として?」
「違う。そういうのじゃない」
「じゃあなんなんだよ」
「事情は綾瀬が来てから説明する」
「……」
美也はちらっと須郷の方に視線を投げたが、すぐに興味を失くしたように視線を逸らす。
前と違って、警戒している様子もなく、のんびりとしていた。
美也が須郷と初めて会った時、須郷は酔いが回っていた。
それに須郷は女癖がいいとは言えない。
女性が男を警戒する理由としては、十分だろう。
「お疲れ様~」
綾瀬がだるそうに入室してくる。
「お疲れ、綾瀬」
「ん? 秀斗の隣にいるの誰?」
すぐに綾瀬は美也と目が合ってしまう。
「白石美也っていうんだ」
「はあ……どうも綾瀬です」
綾瀬は困惑気味にペコペコ頭を下げる。
美也も軽く会釈した。
美也は綾瀬の目をしばらく覗き込んだが、やがて視線を外す。
「え、なに。秀斗の彼女なの? ついにうちの部にリア充が出現したの?」
綾瀬が裏切られたような表情をした。
「リア充はホラー映画で真っ先に標的にされるって知らないわけ?」
「急に何の話だよ」
「大柄でホッケーマスク被って斧持っている人だって、そうだったでしょ?」
「彼女じゃないし、リア充じゃ……」
よく考えたら女の子と同居しているって、傍から見たらどう考えてもリア充だ。
「リア充かも」
「うわっ」
綾瀬が一歩身を引く。
「死ねば?」
「ストレートな罵声だなあ」
綾瀬の凍えた声に、俺は苦笑いを返す。
「そもそも彼女じゃないから」
「じゃあなんだっていうの?」
「それはこれから説明するから」
もちろん美也と首相の関係は伏せておく。
いくら親友だとしても、この秘密だけは明かせない。
説明するのは、美也の喋れないという病、そしてそれを治すために俺と一緒に暮らしていること。
美也の正体は名家のお嬢様ということにしておいた。
「一緒に暮らしてるって……同居してるってこと?」
「そうだな」
「くたばれば?」
「ひどい言われようだな」
「あんな狭い部屋で一緒に暮らしてて、何も起こらないと思ってるの?」
「何も起きてないんだから別にいいだろ」
恋人がいなくて寂しいのは男も女も同じということだろう。
去年に行った『クリスマス近いけど恋人いないからラブロマンス見て温まろうの会』だって綾瀬からの提案だった。
その会の最後には、例の大柄でホッケーマスク被って斧持った男がリア充を惨殺する映画を観て、たっぷりと溜飲を下げたものだ。
「……」
「ん? どうした美也?」
美也に服の袖をくいっと引っ張られる。
「……」
美也はモニターの下にある、DVDプレイヤーを指さした。
「映画が見たいのか?」
「……(こくり)」
「そうだな。せっかくだし、なんか観るか」
「美也ちゃんも入ったことだし、新人歓迎会だな」
「……まあ、そうね。この部に人が増えるなら、私も大歓迎だわ」
美也は須郷と綾瀬を見て、嬉しそうに笑う。
俺も、二人が美也を受け入れてくれて、ほっとする。
さすがに須郷と綾瀬が美也を拒絶するとは思ってなかったが、それでも内心で二人に感謝せずにはいられなかった。
「それで、何の映画観る?」
「なら、初心者におすすめの映画があるわよ?」
「綾瀬のチョイスは信用できねえな。ここは俺が選ぶぜ」
「はあ? 信用できないってどういう意味よ、須郷」
「綾瀬は新歓でやらかした前科があるからな。また唐突なグロシーンとか濡れ場とかあるかもしれないだろ?」
「新歓の話はもういいでしょ……」
「お前らさ、美也に選んでもらえばいいだろ。今回は美也の歓迎会なんだから」
美也の前にDVDの束を置く。
美也は特に映画に精通しているわけではない。
マイナーな映画よりも、CMで何度も流れたような有名な映画を事前に選ぶ。
「この中で気になる映画はあるか?」
「……」
美也は一つひとつ、手に取ってパッケージを確認する。
アクション系やホラー系には興味がないのか、タイトルだけ確認してすぐに脇に置いた。
そして、美也の手が止まる。
美也の手の中にあった映画は、数年前に上映された漫画原作の青春ラブコメであった。
「お、これがいいのか?」
「……(こくり)」
「へえ、意外なチョイスね」
「確かこれ、アニメ化もされたよな。俺は断然アニメ派だわ」
「はあ? 映画の方がいいに決まってるでしょ。オチも完璧で原作を忠実に沿ってる映画の方が」
「わかってねえな、お前。アニメの方が声優の演技が断然上手いし、作画だって綺麗だっただろうが」
「でもオリジナルエピソードは評価低かったじゃない」
「お前ら喧嘩するなら外でしてくれないか? 今から再生するんだから」
須郷と綾瀬のことは無視して、DVDをプレイヤーに入れる。
さすがに再生が始まると、二人は黙ってソファに腰かけた。
「……」
美也は真剣な表情で画面に見入る。
そういえば同じような映画を昨晩も観ていたな。
高校生活を送れなかった分、青春映画に興味があるのか。
それとも、恋愛の方に関心があるのか。
美也の表情から、それはわからなかった。
だが、映画が始まった途端肩をぴとっと寄せてきたのは、すぐにわかった。
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