第19話 「……恋?」

「ところで星くんよ」

「なんですか、秀斗さん」


 近所のハンバーガー店は日曜の昼とあって、席は満席。カウンター前には家族連れの客がずらりと並んでいる。


「お前、祐奈とどこまで進んだ?」

「どこまで、とは?」

「ハグとかキスとか。あるいはもっと先のことまで……」

「ちょっと! こんな人目のあるところでやめましょうよ!」

「なんだよ。俺は祐奈の兄貴だぞ? 教えろよ」


 馴れ馴れしく、俺は星くんの肩を掴む。

 

「で、どこまでやった? ん? もうやることやったのか?」

「中学生みたいなノリですね……」


 ヤンキーに絡まれる気弱な男子学生のような反応を見せる星くん。


「まだ何も……」

「え?」

「ですから、まだ何もしてないんですよ」

「手を繋いだりとかは? さすがにそれくらいはやってるだろ?」


 星くんは力なく首を横に振る。


「半年前にも、同じ質問をしたのを覚えているか?」

「お正月の時、秀斗さんが実家に帰ってきた時ですね」

「なのに同じ答えが返ってくるのはどういうことなんだ?」

「僕たち、本当に付き合っているんですかね? なんというか、親友の延長線上でしかないというか」

「幼馴染の間柄だったとしても、進展なさすぎだな」


 付き合う前から二人は同性の友達よりも仲が良かった。

 その相性の良さと付き合いの長さはクラスメイトにも「熟年の夫婦」とからかわれていた。


 告白は星くんの方からしたそうだ。

 クリスマス直前、星くんから俺の方に唐突に連絡がかかってきたのだ。

 

 ――秀斗さん。今よろしいですか?

 ――何だ急に電話かけてきて。

 ――あの、実は。……祐奈に、告白しようと思ってて。

 ――……ふうん。じゃあすればいい。

 ――え、そんな簡単に流します?

 

 星くんその後、「自信がない」「失敗したらどうしよう」「関係を壊したくない」などと電話越しに不安と吐露し続けた。

 

 ――怖がることがあるか? 結婚を前提に付き合うわけでもあるまいに。

 ――失敗してもいいや、みたいな軽いノリで告白するってのは、なんか違う気がするんですが。

 ――当事者たちは真剣でも、数年経ってみればただの経験値に変わるだけだ。

 ――なんとも含蓄のある言葉ですね。

 ――バイトの店長が言ってた。

 ――経験談じゃなかったんですか。

 ――恋愛なんてしたことないからな。


 そんなわけで「付き合いたいならそうすればいい」と言ったのだ。

 別に背中を押す意図はなく、率直な意見をいっただけに過ぎない。

 星くんが祐奈と付き合おうが付き合わなかろうが、どうでもよかった。


 祐奈の恋愛に俺が首を突っ込むなど、本人からすればいい迷惑だろう。

 まあ結果的に俺の言葉が決め手となり、星くんは祐奈と付き合ったということになるが。


 思い出にふけっているうちに、列が進む。

 カウンターの前まで来た。


「ええと、ビッグバーガーのセットと——」


 ♢


「ねえねえ美也ちゃん」

「……?」

「美也ちゃんって、兄のこと好きなの?」

「……?」


 修学旅行の消灯時間後にするかのような直球の質問だった。

 しかし、美也の反応はただ首を傾げただけだった。

 何を問われているのか、わからないという顔で。


「あ~、なるほどね」

 

 それを見て、祐奈は合点がいったと頷く。


「好きは好きだけど、異性として好きってわけじゃないね。人間として好きってだけかな?」

「……(こくり)」


 美也は少し悩みながらも、小さく頷く。 

 美也にして珍しく、自信なさげだった。

 

「美也ちゃんって、誰かを好きになったことってある?」

「……っ」


 美也は首を振る。

 美也が今まで関係を持った人間は、母親、病院関係者、そして新田くらいだ。

 母親を除けば、美也に接していた人間は仕事上の付き合いでそうしていただけだ。

 仕事だけの付き合いの人間に、好きも嫌いもないだろう。


「誰かに恋したことは?」


 首を振る。

 あるわけもない。同年代の男子に会ったことさえなかった。


「まあ、そうだよね」


 秀斗から美也のことを大まかに聞いている祐奈は、肩をすくめる。

 同情しようにも、友達に恵まれた祐奈にとってその孤独は理解し難いものだった。


「恋ってどんなものだと思う?」

「……」

「私はしたことがないんだけどさ」

「……?」

「今疑問に思った? 私と新一付き合ってるじゃんか、って。まあ、そうなんだけど、別に両想いってわけじゃないんだよね」


 祐奈と星はれっきとした幼馴染である。

 星は祐奈に対して恋心を抱いてはいたものの、祐奈はそうでもなかった。

 祐奈が告白を受けたときは、最初は断ろうと思ったのだ。


 だが、星の熱意に押される形で、告白を受けてしまった。 

 

「新一は別に嫌いじゃなかったし、だったら『付き合ってみてもいいかな』って思ったんだ。それで今日まで一応付き合ってはいるんだよね」

「……」

「でもさ、新一って全然積極的じゃなくてさ。あっちから告白してきたくせにね。手を繋ぐとか、キスするとか、そういう気配も全くなくて。今までのように友達と一緒にいるみたいな空気でさ」」

「……っ」

「新一は何か行動を起こそうとするたびに私の顔色窺ってビクビクしてる。クリスマスプレゼント一つ選ぶのだって、悩みすぎて結局決められなかったくらいだし」

「……」

「私のこと考えてくれているように見えて、あれはただ見栄張ってるだけだよ。そうしているうちは、私たちずっとこのままかもしれないね」


 高校生が語っているとは思えない生々しい話にも、美也は聞き入っていた。

 

 

「兄はさ、人の頼みを嫌々受けてるように見えるけど、本当に嫌なことはしない人だから。逆にいえば、受け入れているうちは兄も満更じゃないってことだよ」

「……?」

「まあ、それだけ」


 その含みある言葉に美也は引っかかりを覚える。

 

 その時、玄関のドアが開いた音が部屋に響いた。


「ただいま~」

「あ、おかえり。兄、新一」


 秀斗と星がハンバーガ店の袋を持って帰宅する。


「はあはあ……本当に僕だけに持たせるなんて」

「良い運動だったろ?」


 星が両手に抱えていた袋を、どさっとテーブルに置く。

 星は男にしては細い体をしている。見るからにひ弱だった。


「何話してたんだ、お前ら」

「別に何も?」

「あらそう」

「さっさと食べましょう。冷めちゃいますよ」


 四人はそれぞれ自分の注文したメニューを取り出す。


「ん?」


 ふと、秀斗は視線を感じ、美也の方を見た。


「……」


 美也が秀斗の方をじっと見ていた。 

 何か意志を感じるものではなく、ただボーっと見ているようだった。


「どうした、美也?」

「……っ」


 はっと美也は我に返る。

 何事もなかったかのように、食事に戻る。


 秀斗も、それを特に気にすることはなかった。

 

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