第15話 「撫でてくれないの?」

「今凄いっすよね、白石首相」


 毛利が頬杖を突きながら、テレビをぼんやりと見る。


「人気も実力も威厳もカリスマもあって。支持率も順調に伸ばしてるみたいっすよ」

「お前から政治の話を聞くことになるとはな」

「私だってニュースちゃんと見てるんっすよ?」


 意外でしょ、と毛利は歯を見せる。

 画面に映っている精悍な顔つきの男は、確かに画面越しでも強い存在感を放っている。


「みんな期待してるんっすよ。前の政権があれでしたからね」


 以前政権を握っていた国友党。

 発足当時は明るい希望を謳った公約と斬新な人材登用に国民も期待を寄せていたが、小手先の技しかでしかなかった分徐々にその期待も離れていった。


 景気の低迷、赤字国債・失業率増加、挙句の果てに消費税増税という置き土産まで遺していったのだから、国民から失望と怒りの声が上がるのは当然のことだった。

 

 案の定国友党は選挙で惨敗し、新たなリーダーとして頭角を現したのが民政党党首の白石玄水であった。


 若手議員だった頃から彼は討論番組において、ベテラン議員に一歩も退かず、むしろ強い口調で相手を打ち負かすなど、前々から注目されていた。

 

 ざっくばらんな白石、と国民からウケもよかった。


 そして首相の座を勝ち取ってからも、国友党の遺した負の遺産の処理に尽力し、見事景気や失業率の回復を成し遂げた。

 野党第一党に下った国友党に国会で度々皮肉を放つなどのユーモアもあり、これには多くの国民が溜飲を下げたことだろう。


「……」


 その一方、美也はテレビに全く目を向けず黙々と弁当のおかずを平らげていく。

 テレビに映る首相、そして隣で今朝一緒に作った弁当を食べる女の子。

 この二人が親子だと、誰が信じるだろう。


 俺だって、実感のわかない話だ。

 もしかしたら、美也にも自覚があまりないのかもしれない。

 だが少なくとも確実なのは、美也の存在が露見すれば盤石だったはずの白石政権は簡単にひっくり返る、ということだ。


 毛利がチャンネルを変える。

 国会のギスギスした様子から、バラエティーの和気あいあいとした空気に早変わりする。


 美也がその時初めて、テレビの画面に目を向ける。


 どうやら美也は、政治にも、もっといえば実の父親にも全く興味がないようだ。

 

「もうすぐ夏っすね~」


『夏のデートコーデ』と彩られたテロップが表示され、有名なモデルが私服を披露している。


「先輩、夏休みどっか行く予定あるんすか?」

「今のところはないが」

「去年はサークルで九州行ったんですよね?」

「まあ、奮発してな」

「今年はどっか旅行するんですか?」

「どうだろうな」


 ちらっ、と美也の方を見やる。


「……?」


 すでに弁当を食い終えた美也が、俺の視線に気づく。

 

 今年は去年とは違う。

 美也の存在がある。


 一緒に連れて行くとなると、諸々の事情を打ち明けなければならない。

 美也があいつらと馴染めるとも限らない。

 かといって、置いていくという選択肢はあり得ない。


 美也は一体どうしたいのだろうか。

 須郷や綾瀬と会うことを、美也は望んでいるのか?


 わからない。

 

 美也は、何も教えてくれない。


「……海、とかいいかもな」

「海っすか?」

「夏っぽいし」

「でも、海って雰囲気だけであんまやることなくないっすか?」

「そんなことはないと思うが……」


 まあ、確かに大人数ならともかく、美也含めても四人だけで海に行くのは物足りない。


「どうしようか」

「近くにもレジャースポット沢山あるんですし、わざわざ新幹線乗ってまで遠くまで行く必要ないんじゃないっすか?」

「でもそれだと旅行気分がなあ」


 俺も須郷も綾瀬も、予算はある。

 もともと夏休みに散財するために貯めたのだ。


 問題は、その金の使い道であった。



 ♢


 家に帰るとちょうど夕食の時間となっていた。

 慣れたものなのか、美也が自然と台所に立つ。


 もはや料理を一緒に作ることは、二人の間で当たり前となっている。


「よし、今日もつくるか」

「……」

「どうした、美也?」


 美也が急にそわそわしだす。

 足元が忙しなく動き、美也がこちらを上目遣いで見ていた。


「何かしてほしいのか?」

「……(こくり)」

 

 何だ?

 本当に思い当たらない。

 何かをせがむような視線からは、何も汲み取ることができない。


「……よしよし」


 苦し紛れに頭をそっと撫でる。

 怒り出すか?


「……にへへっ」

「――!?!?」


 なんか今変な笑い声あげなかったか?


「……♪」

「急に上機嫌になったな」


 今にも見えない尻尾をぶんぶんと振り回しそうだった。

 ていうか、これで正解だったのか?

 

「撫でるくらいなら、別にいくらでもやるぞ。ほら」


 なでなで。


「……っ」

「あれ、さっきより反応が薄い」

「……」

「じゃあ、こっちは?」

「……♪」

「お、こっちの方が気持ちいいのか?」


 なでなでなでなで。


「ハッ!?」

 

 我に返る。

 俺は一体何をやっているんだ?

 これだから毛利にイチャイチャしているなどと見咎められたのだ。


 手を離した。


「……ぁ」

「料理が先だ。うん、料理。料理は大事」


 冷蔵庫を開ける。

 考えを一旦リセットし、献立を考える。


「――なあ、美也」

「……?」

「今日会った連中、仲良くできそうか?」

「……」


 肯定とも否定ともつかない、曖昧な相槌を返してきた。


 俺は、美也が他の人と仲良くするどころか、他の人と接するところを見たことがない。

 バイト先の連中も、サークル仲間も、変な奴だが悪い人ではない。


 俺としては、美也も他の人と交流を持つべきではないかと、その方がこの子のためではないかと思うわけだ。

 だが、それを望むか望まないかは彼女の自由だ。


「まあ、今はいい。とりあえず今日の夕食だな」


 その時、ポケットの携帯が着信を知らせる。

 携帯を取り出す。


「祐奈?」


 黒瀧祐奈くろたきゆな

 妹の名であった。


「……?」


 美也が首を傾げる。

 

「ちょっと離れる」


 台所を一旦、離れる。


「もしもし、祐奈?」

『あ、兄?』


 女子高生らしい、快活な声が飛んでくる。


『生きてる?』

「死んだ人間の声に聞こえるのか?」

『聞き様によっては』

「失礼な奴だな」

『久しぶりに声聞いたから』

「で、何の用なんだ?」

『そうだった。週末の予定空いてる?』

「……日曜なら空いているが?」

『じゃあさ、日曜家に行っていい?」

「……えぇ」


 全身から力が抜け落ちたような気がした。

 まただ。

 またこの流れだ。


 須郷、新田、続いて祐奈。 

 どいつもこいつも、俺の家を何だと思っているのか。


「理由は何だ?」

『もうすぐさ、期末考査始まるよね?』

「もうそんな時期なのか?」


 カレンダーを見やる。

 俺の母校と祐奈の通っていた高校は、同じだった。


『でさ……ほら、勉強会開きたいんだよね」

「勉強会っていうと……星くんとか?」

『……うん、まあね』

 

 祐奈は歯切れ悪く答えた。


「家じゃダメなのか?」

『週末は家にお父さんがいるからさ。呼びづらいんだよね』


 女子高生という父親に対する反抗がもっとも激しくなる時期にある祐奈にとって、父親が家にいるときに人を招くことは避けたい事なのだろう。


「ていうかまだ言っていなかったのか、星くんのこと」

『だって言い辛いじゃん』

「もう半年くらい経つんだぞ? 卒業までずっと秘密にしておくつもりか?」

『私のことなんだから、言うも言わないも自由でしょ?』

「せめて一言くらいはいったらどうなんだ?」

『嫌だ嫌だ。絶対に嫌だ。なんていわれるかわかったもんじゃないし』


 駄々っ子のように、強い拒絶を示す。


『そもそもなんて切り出せばいいのかわからないじゃん』

「普通に言えばいいだろ」 


 面倒臭さを感じ、携帯の持つ手を持ち替える。


「彼氏が出来ました、ってさ」

 

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