第11話 「……おいしいね、とっても」

「でさ、経済学部に木魚教授って呼ばれてる教授がいてさ。横顔が坊さんが叩く木魚にそっくりなんだよ」


 今日は午前中に講義が入っていた。

 終わり次第部室に赴くと、須郷が一人くつろいでいた。


 昼食にするにはまだ早い、微妙な時間帯である。

 特に何かすることもなくだらだらと雑談する他なかった。


「で、実際に見てみたけどさ……ありゃタコだな、タコ。水で濡らしたみたいにツルツルだったぜ。叩けばいい音なりそうだ」

 

 取り留めのない話だった。

 特にこの後の予定は入っていないため家に帰ってもいいのだが、家に帰ったら帰ったで何もすることがない。


 美也と一緒にいる時間も大切にしたい気持ちはもちろんあるが、友人との時間だって捨てがたいものだ。


「なあ、秀斗。そろそろ学食に行かねえか?」

「まだ早いんじゃないか?」

「いいだろ。どうせ朝飯食べてねえんだろ?」

「食べたぞ、今朝は」

「お? 珍しいな。お前、いつも朝に飯食わないのに」

「まあ、気まぐれにな」


 美也の分の朝食、大学やバイトで出るときは昼も作り置きしなくてはならない。

 おかげで毎朝美也と一緒に朝食を食べる、なんとも健康的な生活を送れている。


「けど、腹も空いてきたし、飯食うか」

「そうか。じゃあ、学食行くか」

「いや、今日は学食じゃなくてだな」


 俺はバッグから、とあるものを取り出す。


「べ、弁当箱?」

「作ってきたんだ」


 美也の昼食をつくる、ついでだった。

 

「で、何で二つあるんだ?」


 包みに包まれた弁当箱が二つ、机の上に並んでいる。


「お前の分だ」

「は?」

「食え、俺の手料理をな」


 須郷の視線が、弁当箱と俺の顔を行き来する。

 

「――……キモい」


 ぼそっと漏らす。


「学食行ってくるわ」

「ちょ、ちょっと待て! せめて一口くらい食え!」


 去ろうとする須郷を羽交い締めにする。


「嫌だよ! 女の手料理ならともかく、なんで野郎の弁当なんて!」

「いいから食え!」

「いやぁ!」

「せめて感想くらい!」

「弁当押し付けるな!」

「丹精込めて作ったんだぞ!」

「余計キモイわ!」


「……何やってんの、あんたら」


 振り返る。

 部室の扉を開いたまま固まっている綾瀬が、半眼で俺たちを見ていた。


「綾瀬、聞いてくれよ! 秀斗のやつ、俺に手作り弁当作ってきて食わせようとしてたんだぜ!?」

「えぇ……」


 綾瀬が困惑気味に声を上げる。


「気持ちワル……」

「なんだよ、俺が弁当作ってきたことがそんなにおかしいか?」

「そりゃおかしいだろうが」


 須郷は真っ先に否定してくる。


「お前、自分で飯つくるなんて一番しないタイプだろ?」

「随分前に秀斗の家でやったタコパも、材料調達はあんたがやったけど、肝心の調理は私たちがやったじゃない」

  

 図星だ。

 俺は料理が苦手だ。

 だからこそ今の今まで台所に立つことすらなかった。


 今朝だって、美也の昼食をつくるつもりが、分量を間違えて多く作りすぎてしまった。

 余ったものを俺の弁当にしたものの、それでも残ってしまい、結果須郷の分もつくってしまったのだ。


「それが今になって、どういう風の吹き回し?」

「それは、色々と事情があってだな……」

「事情って……」


 その時、須郷がアッと声を上げた。


「どうしたの、須郷」

「あ、いや……やっぱりなんでもない」

「やっぱりって何よ、何か思い当たることあるんなら、言いなさいよ」


 須郷は美也の存在を思い出したようだ。

 しかし、美也のことを綾瀬に話さないと約束した手前、須郷はこれ以上口を開けない。


「と、とりあえずさ」


 須郷は露骨に話題を切り替える。


「飯食おうぜ」


 ♢


「どうだ? 味の方は?」

「……まあ、こんなもんじゃねえの?」


 須郷は頬杖を突きながら、おかずを口に運ぶ。


「ったく、何で俺が野郎の弁当なんて……」

「文句あるなら一人で学食行ってこいよ」

「流石にぼっち飯はごめんだ」

「ねえ、私も食べてみていい?」

「別にいいぞ」


 綾瀬は売店で買ってきた分があるが、それでも構わず俺の弁当に箸を伸ばす。


「う~ん、なんだかねえ」

「どうなんだ?」

「パッとしないわね」

「パッとしない?」

「確かにおいしくないけど、マズくもない。まあまあかな」

「まあまあ、か」

「でも、思ったよりひどくはないわよ。食べ物として全然食べれる。よくできました、ってところね。大変よくできました、には届かないけど」

「そうか。まあそれならいい……のか?」


 試食して食べる程度ならまだしも、これを毎日毎食食べるとなると話が違うだろう。


 はあ、とため息を吐く。

 まだ練習が必要だな。


 ♢


 同日同時刻、美也は秀斗が作り置きしておいた料理を温めていた。

 

「……」


 美也は一日中家にいるわけではない。

 秀斗は外出するときは鍵を置いていくため、美也は自由に外出できる。


 秀斗が家を空けているときは、道に迷わない程度に周辺をぶらぶらとしていることが多い。


 だが、喋れない美也にとって行動範囲は広くてもできることは限られている。

 結局秀斗の助けなしでは外を自由に出歩けない。

 

 料理を頬張る。


「……」


 美也は料理を咀嚼する。


「……♪」


 少しだけ、美也は微笑んだ。




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