わかりきった事実


 友情と愛情はなにが違うか。

 うら若き少女はううむと手を顎にたずさえながら唸ったのち、ぴんと白い人差し指を天に向かって伸ばして見せた。芝居がかっている。

「性欲がともなうかどうかだわ!」

「っぐぅ」

 私は今しがた口に含んだダージリンを喉に詰まらせた。ごほ、ごほと情けない咳がでる。むせかえる私なんて目もくれず、つらつらつらと少女の一人語りは止まらない。薄情者め!

「恋人には、自分の身を差し置いてでも助けになりたい、っていう情が湧く。犠牲の精神ね。でも、それって大切な友人にだって思うことだわ。ただ、その気持ちって恋人のほうに多く持つ場合が多いらしいじゃない?それってつまりね、結局は、子孫を残すために必要な相手をいの一番に囲わなきゃ、っていう本能が働くからだと思うのよ。子孫を残すための欲は、性欲だから-」「わかった。よーくわかった」

 今度は私が考えこむ番であった。

 なるほど。性欲が湧く、というあけすけな表現には面食らったが、なるほどそうか。

 動物の根幹にあるのは、結果的には交尾と妊娠と、それによる子孫の存続なのか。人間だって動物であるという理屈から言えば、人間もその三つに生きている意味が集約される。

 つまり、私がよく泣きよく食べよく笑う愛おしいあの娘を守りたい、添い遂げたい思ったのは、性欲の上澄みであったわけか。

 む、虚しい。

 一人、やり場のない虚無感に悶えよじる私の心を踏みつけるように、彼女は優雅に紅茶をすする。

「なあに、またあのこ?」

「うん」

「あの子のどこがいいのよ」

「全部!ぜぇーーーーんぶだよ!」

 頭をかきむしる。全部好きなんだよ。理由はないと思っていた。だがしかし、この少女に諭された「性欲」の二文字が、その好きの理由を暴こうとしている。暴いた後は、きっと、私の心の芯を、ぎちぎちと無力感と罪悪感で圧迫するのだろう。いや、もうしてる!

「ふぅん」

「ふぅんて、あ」

 声なのかため息なのか、わかりかねる音を出して少女は消えた。

 少女は、私の作り出した幻想であって、他ならない、私だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る