第3話 最初に貰ったもの
再びじじいと呼ばれたアンベールさんは、目を細めてフェネルを見つめた。
「フン、元気そうじゃないか小娘」
「じじいよりは元気」
「ハッハッハ、それはそうだ。だが、あの後動けなくなったのではないか?」
「うっ」
珍しくフェネルが押されている。
あの後とは模擬戦の後のことを言っているのだろう。少し俯きかけたフェネルにアンベールさんは優しい口調で言った。
「フッ、儂と戦ったのだからな。だが、あまり無理をするな。いざというときは儂み
たいな老いぼれに任せろ」
「ん、そう言うなら」
素直に従うフェネル。よかったよかった、二人は和解してくれたようだ。これから仲良くしてくれるだろ——。
「——でも、私の方が強い」
「フン、ではもう一度勝負するか?」
「望むところ——」
前言撤回。やっぱり仲悪いのかも?
「ちょっと待ったー! アンベールさん、お久しぶりです。もしかしてルズベリーに駐屯しているのですか?」
「フン、ケイ殿、もう少し小娘の態度をだなぁ。ま、いいか。その通りだ」
「いつからなのでしょうか?」
その言葉に、アンベールさんはふむ、と顎に手をやった。
そこにもう一人の騎士が割り込んでくる。この人もあの模擬戦の時にいたな。
「久しぶりっ! フェネルちゃんにケイ殿。アンベールさんは二ヶ月前からここに——」
ゴツン! 見ると、アンベールさんが話をしかけた騎士の脳天に鉄拳を食らわせていた。
「いったっ! いった!」
「フン。余計なことを……せっかく副団長に昇進したのだろう?」
「うぅ、ひどいよアンベールさ〜ん」
軽い副団長だな。彼とアンベールさんの間には信頼関係が築かれているようだ。
だけど、気になる。アンベールさんが国境に近いこの街に着任したことがほんの二ヶ月前。
実力者を王都ではなく、辺境である国境沿いに置く意味。そして、国境を越えて帝国軍の斥候部隊が入り込む意味。
嫌な予感しかしない。
「フン、ケイ殿。そういうわけで、そこの二人は引き取っても良いな?」
「はい、お任せします。後で聞き出したことを教えて貰えれば」
「フン。確かに王国民を救って頂いたわけだし、多少の情報提供はできるだろう」
「じじい、けちくさい」
ちょっ。
俺は慌ててフェネルの口を塞いだ。せっかくいい感じなのだから、怒らせないようにしないと。
下手すれば俺たちも帝国のスパイだと疑われても仕方ない状況だ。
もっとも、カレンには全部話してあるし、彼女と顔見知りのアンベールさんなら大丈夫だろうけど。
「ハッハッハ。そうだな、ケチクサいのは良くない事だ。どうだ? ケイ殿。色々察しているようだが、王国軍にこの小娘と共に入る気はないか? そうしてくれれば、情報も提供しやすい」
またスカウトされてしまった。
でも微妙なところだ。軍隊に入ってしまうと行動も制限されるし魔巧少女やフェネルのことを調べる時間が失われるかもしれない。
「か、考えておきます」
「そうか。まあ恐らくはカレン陛下直属の親衛隊に——」
「えっ?」
「いや、なんでもない。まあ、考えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
アンベールさんはそう言って、帝国軍の兵士を連れ去って行った。
去り際にあの軽い副隊長が「今度会ったらフェネルちゃんのサインをくれ」とか言っていた。
去って行く騎士団を見て俺は不安になる。
「マスター?」
フェネルが首をかしげて俺を見ていた。
俺がフェネルの頭を撫でると、彼女は目を細めた。
「フェネルはさ、これからどうしたい?」
「私は、マスターの側にいられたら、何でもよいです」
「何かやりたいことはないのか?」
「マスターと一緒なら、何でも」
「じゃあ、また戦う日々を過ごしてもいいのか?」
「はい。もちろん」
フェネルは一切の迷い無く答えた。それはそれで悩むところだ。
フェネルにはいろいろな可能性があると思うんだけどな。
それを見つけてあげるのも俺の役目なのだろう。
「じゃあ、一緒にいるか」
「はい、マスター!」
☆☆☆☆☆☆
俺たちは、リアラとロゼッタを馬車に乗せルズベリーの街に着いた。
街は周囲をごつい城壁に囲まれていて、要塞のような印象を受ける。
城壁の高さは五階建ての建物くらいありそうだ。
入り口の門も大きい。馬車が数台並んで入れるくらいの巨大なものだ。
「はい、話は聞いております。ケイ殿と、フェネル殿ですね。あとは、リアラとロゼッタ」
アンベールさんが話をしてくれたようで、難なく街に入れそうだ。
しかし……視線がなんか痛い。
「男の隣の子、小柄だけど可愛いな」
「後ろの子、武器屋の受付孃じゃないか? 彼女もなかなか。その隣のちっさい子も愛らしくて温かい目で見てしまうな」
「っていうか、どうして男一人混じってんだよ。ハーレムか? ……羨ましい」
そんなのじゃないんだがなあ。
城門をくぐると、そこはとても賑やかな街だった。多くの店が立ち並び多くの人で賑わっている。
しばらく馬車を走らせリアラの案内で、俺たちは彼女が受付をやっているという武器屋に着いた。
何人か受付がいるほどの大きな店のようだ。
「ロゼッタもここなのか?」
「うん! リアラと一緒に住んでるの」
なにか色々事情がありそうだけど、深く詮索しないようにした。
「じゃあ、ケイさん、早速武器を選びます?」
「そうだな。下取りもしてるんだよな?」
「はい、もちろん。帝国産の武器は品質が安定しているので、高く買い取れますよ」
俺は頷いて、フェネルに剣を抜かせた。鞘から抜き刀身が現れる。
ヴォーパルウエポン。アンベールさんとの戦いでちょっと刃こぼれしている。
「じゃあ、これを売って……できれば魔剣が買えるといいな。フェネル、その剣を渡してくれ」
「…………は……い。マスター」
うん? 歯切れが悪いな。フェネルはいつもと違い俺から視線を逸らして答えている。
「フェネル、どうした?」
見ると、フェネルはヴォーパルウエポンを大事そうにぎゅっと抱えていた。
「はい……マスター」
すごくゆっくり、俺にヴォーパルウエポンを渡そうとするフェネル。
そうかイヤなんだな。
「ごめんなフェネル。その剣を手放したくないんだよな? 理由を教えてくれるか?」
そう言うと、フェネルの口元が緩んだように見えた。
俺の言うことに従い、イヤだと決して言わなかったフェネル。
これから先は、二人でどうすればいいか考えていこう。
「これは、マスターが最初に与えて下さったもので、一つしかないのです。私の……私だけのもの」
単なる武器なのに、フェネルはそれほどの愛着を感じていたんだな。
そう思って貰えるなんて俺も口元が緩む。どうしてか嬉しい気持ちが込み上げてくる。
「わかった。じゃあ売るのをやめよう。その剣はフェネルのものだ。代わりに、強くなるように鍛えて貰おうか?」
そう言うと、嬉しそうに微笑むフェネル。なかなか、ぐっとくる表情を見せてくれた。
「マスター……はいっ!」
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