第2話 尊いフィールド
フェネルはあっというまにトロールに接近して背後に回った。そして背中から剣を振り払い返す刀で首をはね、空中に飛んだ頭を剣にて粉砕する。
俺は動きの止まったトロールの肉片の山に火を放った。
「なっ……こいつら……本当に化け物……だ」
兵士の二人は目を見開いて驚いている。
さて、トロールは倒した。いろいろ疑問はあるが、こいつらに尋問するのは後で良いだろう。
とりあえず拘束した兵士たちは放っておき、女の子二人の元に歩いて行く。
俺と同い年くらい17〜18歳の子はの服は少し乱れていたけど、乱暴はされてなさそう。
でも怪我をしているかもしれない。彼女は俯き、もう一人の7歳くらいの子を抱き締めている。
「大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、7歳くらいの子が駆け寄ってきた。
「すごいすごい……! お兄さんもお姉さんもつよーい!」
そう言って、俺の足に抱きつく。俺は強いわけじゃないけどな。
この子は人懐っこいようだ。お下げがぴょこぴょこと跳ねている。
次にこちらに歩いてきたフェネルに抱きついた。
「お兄さん凄かったねー」
「そう、マスターは凄いのです」
得意げに胸を張るフェネルだったが、
「お姉さんも、カッコいいし綺麗!」
「えっ……えっと……すごいのはマスターで……」
ぎゅっと少女に抱き締められて戸惑うフェネル。
俺はフェネルに抱きついた少女に声をかけた。
「君、名前は?」
「私はロゼッタ! それとリアラ!」
なるほど、この子はロゼッタ、そこにしゃがみ込んでいる、17〜18歳くらいの女の子はリアラか。
俺はまだ動けない様子のリアラに声を手を差し伸べ話しかける。
「リアラさん、大丈夫ですか?」
「イヤっ! こ、来ないでッ!」
俺を拒絶するようにリアラは背をこちらに向け自らの体を抱いた。
身体が小刻みに震えていて、よく見ると顔色が悪く、瞳から光を失いかけている。
これは……恐怖か? 確かに怖い思いをしたことだろう。
男の俺を怖がっているのかもしれない。
だったら。
未だにロゼッタの抱擁に戸惑っているフェネルに声をかけた。
「フェネル、どうも俺を怖がっているようだ。リアラの手を取ってあげてくれないか?」
「はい、マスター」
フェネルは頷き、そっとリアラに手を差し伸べる。
「大丈夫、マスターは怖くない」
「あ……あなた、たち……は……?」
わずかに警戒の色が解け、リアラはフェネルを見つめた。よし、フェネルの声は届くようだ。
おずおずと、フェネルの手に自らの手を重ねるリアラ。
「この人の名前はケイ・イズルハで、私の偉大なマスター。私はフェネル」
そう言って、フェネルはリアラに近づいた。
何をするのだろう? 止めようかと思ったけど、その様子に今までと違う気配を感じ俺は言葉を飲み込む。
「ケイ……さんと……あなたはフェネルさん?」
「そう。こうすると、よい」
驚くことに、フェネルはしゃがみリアラをそっと抱き締めた。
「えっ?」
まさか、フェネルが人に自ら触れるなんて……俺は驚きを隠せない。しかも、指示をしていないのに。
俺は無意識のうちにフェネルの行動に上限を設けていたのかもしれない。
フェネルの優しさに。いつの間にか、芽生えていたものに。
次第にリアラの表情が和らいでいく。凍える大地に陽が差し込むように、次第に口元が緩んでいく。
「…………はい……温かくて……」
「よい」
「ふふっ……よい、ですね」
俺の驚きはまだ続く。何が起きている? フェネルの放つ雰囲気がそうさせているのか?
急速にリアラの瞳に光が戻り、微笑みさえ見せるようになっている。
「ありがとうございます。フェネルさん……ケイさん」
我を取り戻したのか、リアラは俺を見上げ瞳を潤ませて言った。
フェネル、すごいぞ。
俺にはとうてい出来ないことをフェネルはやってのけた。
その様子を見ていたロゼッタが、抱き合う二人にくっつく。
「よーい!」
「まあ……ロゼッタったらっ」
ロゼッタは微笑みを見せたリアラに嬉しそうに抱きついている。
元気そうに見えた彼女も不安を覚えていたのかもしれない。
俺は温かい気持ちになり、抱き合う3人を見つめた。
「お兄さんも!」
そう言ってロゼッタが俺にも来い、という目線を送ってきた。
「いや、おにーさんはここでいいよ」
「そっか!」
この尊い空間に男が混じるなんてギルティじゃないか?
俺は三人が抱き合い微笑む光景を目に焼き付けるように眺めていたのだった。
☆☆☆☆☆☆
「ありがとうございます。助けて頂いたのに私は……失礼なことを言ってしまってごめんなさい」
「いや、気にしていない。怖い思いをしたんでしょう?」
すっかり立ち直ったリアラから話を聞く。
二人は、俺たちの最初の目的地であるルズベリーの街から来たらしい。この廃墟の中心にある精霊神を信仰する教会の掃除をするため、定期的に訪れているようだ。
祈りを捧げて、さあ帰ろうというときに男たちが襲ってきたらしい。
「俺たちはルズベリーに向かう途中ですし、一緒に行きましょう」
「ありがとうございます。そうして頂けると心強いです」
あんなことがあったばかりだ。俺たちがついていてあげることも必要だろう。
リアラは俺に一歩近づいてくる。ち、近いな……。
「あの、ケイさん。街に戻ったら、お礼を差し上げたいです。フェネルさんも」
「うーん、お気持ちだけいただいておきます」
「で、でも…………あっ、もしよかったら私、武器屋で受付をしているので、寄って頂ければ、サービスします!」
リアラはそう言って胸を張った。
ぼよんと揺れる二つの膨らみに俺……ではなくフェネルの目が釘付けになっている。
「おー」
フェネルは口と目を丸くして自分のと見比べていた。
何やってんだ……フェネル?
「じゃあ、ルズベリーに着いたら寄らせて貰うよ。フェネルの武器をそろそろ新調したいし」
「はい! じゃあ、ケイさんは私が個人的にお礼を……しますので、その、滞在される場所を教えて貰えれば……」
そう言って、目を伏せ頬を赤く染めるリアラ。
個人的って何だ? とはいえ泊まるのはどうせ宿屋だろうけどまだ決めていない。
「分かった、決まったら連絡させて貰うよ」
「はい。お待ちしています」
もう一度俺の目を見つめ、リアラはこくりと頷いた。
視線に熱のようなものを感じるのが不思議だけど、リアラはもう大丈夫そうだ。
だからそろそろ移動しようと思うのだけど、一つ問題がある。
「さて、こいつらはどうしてくれようか」
未遂に終わったとはいえ、軍人らしからぬことをした二人の兵士にイラッとして視線をやる。
こいつらは他国にやってきて、未遂とはいえ女性を乱暴しようとした。
南部戦線で俺は、魔物に襲われる人々を救うという目的のため戦っていた。仲間も皆、いいやつだったし軍紀をないがしろにする奴などいなかった。
なのにこいつらは……。
俺の怒りを察したフェネルが剣を兵士二人の首元に添える。
「マスター、これの息の根を止めますか?」
「ヒッヒィッッ! 化け物がっ」
兵士二人はすっかり怯え、逃げ出そうとする。当然、きつい拘束が彼らを逃げることはできない。
そいつらは怪物を見るような目で俺とフェネルを見つめてくる。
まったく、どっちが怪物だ。あのトロールと何も変わらん。
「首を落としたいところだけど、俺たちは入国したばかりだし、勝手なことはできない。かといって、リアラやロゼッタと一緒に馬車に乗せるわけにいかないし……」
さて、困ったな。ここに置いていってもいいけど逃げられても面倒だ。それに、帝国軍がどうしてこの王国に侵入しているのかも聞き出したい。
悩んでいると、
「では、王国騎士団が預かろう」
そこには、見覚えがある大柄な老齢の騎士がいた。
「フン、帝国兵士二人に我が国民が二人、そしてケイ殿と小娘か。だいたい話はわかった」
アンベールさんだ。
俺が声をかけようとするより早く、フェネルが彼を指さして言う。
「じじい!」
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