第5話 フェネル

 フェネルは粉々になったガラス片を振り払い、部屋の中を見渡した。

 その姿は別れた時とさほど変わらない。いつもの貴族令嬢が着るようなドレスを纏っている。

 それに大型の剣——ヴォーパルウェポンを装備している。


「報告。処理対象 ヲ 視認、健在。遊軍、二体ノぽんこつヲ視認」


 無機質な声が部屋に響く。フェネルの声は抑揚がなく、氷のように冷たい。

 何か黒い首輪のようなものをしているし、瞳が虚ろだ。光を失っている。

 様子がおかしい。


「フェネル……俺が分かるか?」


 俺の声に反応しない。あの首輪がフェネルに影響をしている?

 そういえば、俺の後任は多数の魔巧人形を思い通りに操れると聞いている。


 まさか、制御を奪われフェネルは敵として来たのか?

 操られている?


「フェネル! 目を覚ませ!」


 フェネルは応えず、ブラッドダガーに対峙しているアヴェリアに視線を向けた。


「魔巧人形ヲ視認……。……? ……魂ガ……あル?」


 ぴきっと首輪にひびが入ったのが見えた。

 同時に、無表情だった彼女の額に、青筋のようなものが浮き出ている。


 フェネル?


「マス……ター? ま……サか……私以外の……者ニ魂を?」


 フェネルの虚ろな瞳に熱が籠もってきている。

 眉をつり上げ、怒りの表情で俺の顔を見ている。

 フェネル、いつの間にそんな表情豊かになったんだ?


「ああ、どうしても必要だったから……ってなんでそんなオーガのような顔をして俺を睨むのかな? フェネル?」


 首輪のヒビが、ミシリと音を立てさらに広がっている。

 そうか、あの首輪に何かありそうだ。


「アヴェリア、あの首輪を壊せないか?」


 俺は、ブラッドダガー四体を目にして一歩引いているアヴェリアに命令する。


「分かりました、お父様。【防衛聖域】!」


 途端に首輪の所にうまく聖域が発動。

 しかし、保護の魔法がかかっているのか完全には壊れなかった。

 あと、一押しが必要なようだ。


 益々怖い顔になったフェネルが俺を睨んで言った。

 その声は、俺が知るいつもの……いや、怒ったときのフェネルだ。


「私というものがありながら——」


 ん?


「魂を他の人形に与えるなんて、この浮気者ッッッ……」


 はい?


 首をかしげる俺に、一体のブラッドダガーがナイフを投げた。

 フェネルは素晴らしい速度で反応し、素手でナイフをはたき落とす


「邪魔ぁ!」


 フェネルはその矛先を、合計四体のブラッドダガーに向けた。

 急な展開に動きが止まる魔巧人形たち。


「このポンコツ。雑魚ざぁこが——」


 ドガアアアアッ!

 フェネルはたったの一振りで、ブラッドダガー四体を粉砕する。


「——私とマスターの会話を遮るなっ!」


 その瞬間、フェネルの首元にあった首輪がバキッと音を立てて砕け散った。


『ぎゃああああああっ!』


 バッカス魔道団長の悲鳴が聞こえたような気がするが気のせいだろう。

 フェネルは、きょとんとしているアヴェリアを睨む。


「あんた誰?」

「私はカリンお母様に身体を、ケイお父様に魂を与えて頂きました。つまり娘です。あなたは……? 魂があるということは、私と同じ——」

「娘ぇ!? い、いやそれよりも、お、お父様とお母様!? つ、つまり……マスターは……け、けっ、けっこ……?」


 ぷしゅーと怖い顔をして湯気を立てそうになっているフェネルは、どすどすと俺の元に歩いてくる。ヴォーパルウェポンを引きずって。

 彼女の顔は、お人形のように整いつつも、ここに現れたときより冷たく感じた。


 すぐそばまで来ると、フェネルは俺の抱えるカレンをじっと見つめる。

 目と目が合う、カレンとフェネル。

 すると、カレンの瞳に花が咲いた……ように見えた。


「この子……凄く可愛い!」


 突然、ぱあっと笑顔になると、俺の腕の中にいたカレンが立ち上がりフェネルを抱き締め、頬ずりを始める。


「ちょっ……私から離れろ。あんたマスターとどんな関係?」

「ああっ。この精緻な肌。可愛らしい洋服……ケイさんが言っていたのはこの子ね? ケイさんすごい……ああっ! フェネルちゃん、最高だわ!」

「た、確かにマスターはすごいのだけど。で、でも……」


 少し嫌がりつつも、フェネルは頬を染めてごにょごにょ言っている。

 フェネルは頬ずりするカレンに憮然としつつも、無碍に出来ないようだ。

 今までこうやって俺以外に実直に褒められたことがないから戸惑っているのかもしれない。


 などと温かい目でフェネルを見つめていた俺に、ジト目になったフェネルが詰問する。


「マスター……ご指示の前に、説明をお願いします。マスター?」

「お、おう。その前にここを離れようか」


 とりあえず、ブラッドダガー隊は全滅。

 だけど、このままここに留まるのは良くない。


「マスター? 説明を」


 剣をしまわず俺を睨むフェネル。

 うん、なかなか迫力がある。あるんだけど、こうしてフェネルの燃えるような視線が向けられると冷や汗が出てくるな。


 カレンたちは危機を脱した。

 しかし、俺だけは別の危機を迎えたのかもしれない——。

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