第4話 ソウルメーカー - The SoulMaker -

「スカウト——ですか」

「はい。もし来て頂ければ、住居もお仕事も、いや研究費用の用意があります。我が国は、古くから魔巧人形に親しみがあり、貴方もきっと満足していたけるかと」


 悪い話じゃないと思う。

 正直、これからどうしようかと考えていたところだ。

 報酬も良いらしい。アヴェリアのような精巧な魔巧人形を製造できる能力があるのなら、それにも興味がある。

 迷う必要は無いな。


「はい。分かりました。よろしくお願いします」

「本当ですか!?」


 カレンが花の咲くようにぱあっと笑顔になった。

 だが……その瞬間、廊下からドンドンと大きな、何かを打ち付ける音がした。

 ほぼ同時に、大きな窓ガラスが割れる。


 バリン!


 突然窓が割れ、部屋に侵入する影が見えた。

 こいつらは人じゃない。魔巧人形だ!


 つい数時間前まで所属していた軍の兵器。見覚えがある。

 暗殺専用の魔巧人形ブラッドダガーだ。


「カレン、コイツは倒せない。逃げよう!」

「ダメ! ドアがロックされてる!」


 ドアに駆け寄ったカレンが、眉を寄せた。

 俺を暗殺? いや、カレンが標的だろう。


 ヒュッ。

 風を切る音が聞こえ振り返ると魔巧人形が短剣を放っていたが躱す事に成功。しかし……。


「キャアッ……ッツッ」


 カレンの右太ももに短剣が突き刺さっている。

 侵入してきた二体目のブラッドダガーが放ったものだ。


 俺はカレンに駆け寄り、抱きよせる。


 床に伝う血が赤い花を咲かせ、大きくなっていく。

 ダメだ。動きを封じられた。


「おまもりします」


 メイドの魔巧人形が俺たちを庇うように、暗殺者との間に立った。

 だが、紙切れ程度の盾にしかならない。


 ドカッ!


 短剣がアヴェリアにつきささり、俺たちの方に倒れてきた。


 カレンは出血が止まらず、真っ青な顔をしている。

 目の前には二体のブラッドダガー。俺は丸腰だ。

 

 アヴェリアが謝罪を始める。


「まもれなくて、もうしわけありません、カレンさま」

「ううん……いいの……よ……アヴェリア」


 かすれた声でカレンがささやく。

 カレンの血が人形の足に触れ、赤く染まっていく。


 何か手がないか? アヴェリアなら、もしかして、フェネルのように魂が宿る可能性がある?


 一か八か俺が所持するスキル『ソウルメーカー』に賭けることにした。

 かつてフェネルに魂を与えたスキル。俺は覚悟を決めた。


「スキル起動準備——」


 俺はアヴェリアに心の中で語りかける。


 ——なあ、アヴェリア。お前のご主人様が危機に陥っている。助けたいと思うか?

 ——力が欲しいか?

 

 意識を集中しスキルを起動、大きく息を吸い叫ぶ。


「魂を生み出せ、生を受けろ……アヴェリア! ソウルメーカー発動!!」


 ズン。

 大量の魔力消費により気が遠くなりフラつくが、俺はニヤリとする。

 目を覚ますのだ。史上、二体目の魂元魔巧人形ソウル・マナ・ドールが。


 アヴェリアの肌に温もりが宿る。肌が朱に染まり、瞳に光が宿る。


「…………私の名は……アヴェリア。カレン母様、ケイ父様。二人を傷付けるなどとは許せません。【ハイ・ヒール】!!」


 癒やしの魔法でカレンの怪我が塞がり、治っていく。

 アヴェリアのスキルは「聖女の魂」のようだ。


「痛みが消えた……アヴェリア、ありがとう!」


 顔色がよくなっていくカレンを見てアヴェリアは俺たちに背を向けた。彼女は武器を持っていない。しかし、目前にブラッドダガーが迫っていた。


 アヴェリアは俺たちにゆっくり振り返り微笑む。

 この危機的状況で、カレンを安心させるためだろう。


「えっ……アヴェリア……? どうしてそんな顔を……?」

「【防衛聖域ドゥーム】!」


 アヴェリアの聖女スキルの一つが起動、床に魔方陣が現れる。同時に俺とカレンの周囲に白いドーム状の結界が現れた。

 ナイフが俺たちの方に投げられていたが、ちょうど結界が発生した位置で分断され破壊される。


「お父様、心を与えてくれてありがとう。お母様、体を与えてくれてありがとう。優しくしてくれたカレンさまのことを私は忘れません——永遠に……では、突撃します!」


 アヴェリアは唇を噛み、敵二体をにらむ。

 丸腰なのに特攻するつもりだ。せめて、できることを。そう彼女は考えたのだ。


「ねえアヴェリア? 一人でどこに行くの? やめてっ!」


 涙目で叫ぶカレン。だが、アヴェリアが時間を稼いでくれている今の隙に、退却の活路を見出さねば。

 魂を賭して繋いでくれた命を守らなければ。


 アヴェリアは、二体のブラッドダガーの片方めがけて駆け出す。

 結果、見事に体当たりをして突き飛ばした。が、そこにもう一体のブラッドダガーが迫り、ナイフを投げた。

 そのナイフは、防衛の姿勢を取ったアヴェリアの手首に命中する。


「ああっ、ナイフが……」


 カレンが悲痛な叫び声を上げ目を背けた。

 しかし、魔巧人形は痛みを感じない。何事も無かったように抜き取り体制を立て直す。しかし、倒れていたブラッドダガーが起き上がり、第二、第三のナイフを投擲しようとしている。


「もう、もうやめて……アヴェリア」


 俺は部屋の大きな窓に視線を移す。

 ここは地上三階。確か一階部分には植え込みがあったはず。

 怪我をするかもしれないが、ここにいるより安全だ。人の目もある。助けも呼べるだろう。


 タイミング見計らって、カレンを腕に抱いたまま、窓を突き破れば逃げられる。恐らく俺たちを守る聖域も間もなく消えるだろう。


「くっ」


 苦しげな声にアヴェリアの方に視線を移す。放たれた複数のナイフが彼女に向かう。


「アヴェリア、ナイフめがけて結界を張れ!」

「!! お父様、了解です、【防衛聖域ドゥーム】!」


 小さな結界が発生、ナイフに

 ナイフは勢いが止まり、結界により両断され砕け散った。

 さっき、アヴェリアの結界を張ったとき俺たちに向かっていたナイフを破壊していた。

 恐らく、あの結界は空間を断絶することができるのだろう。


「すごい……! あれが、ケイさんの力で得た魂の力……?」


 腕の中のカレンがアヴェリアをみて感嘆し、俺に視線を向けてくる。

 まだ勝ったわけでは無い。それでも希望に満ちた光がカレンの瞳に灯り、口元が緩んでいる。

 まだ油断は出来ないが、形勢が逆転したのは確かだろう。


「そうみたいだ。カレン、立てるか?」

「い、いえ……まだ……足が……もう少しこのまま抱いていて下さい」


 おかしいな。どう見ても足の傷は完治しているように見える。

 傷一つ残っていないけど痛むのか?

 俺は再び、ブラッドダガーと対峙しているアヴェリアに目を向け命令する。


「アヴェリア、同じようにブラッドダガーに対して張れ!」

「了解です、お父様!」


 アヴェリアの声に明るさが戻る。

 彼女の瞳に灯る光が、更に強さを増した。

 勝ったな、これは。


 そう思ったのも束の間、


 バリン!


 そこに、更に数体の魔巧人形が窓を破って侵入してきた。

 俺はその中に、小柄な少女の姿を見て驚く。


「な……フェネル……どうして?」

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