第130話 京見物(2)

 商家の主人に案内されたのは二階の一室。なかに入ると三人の男性と二人の女性が座っていた。

 見知った顔はいないが、だいたい誰が誰なのかは想像がつく。


「竹中半兵衛重治です。そしてこちらは妻の恒です」


 そう名乗りを上げて部屋に足を踏み入れると、すかさず男性三人が立ち上がる。


「竹中さん、会いたかったよ。一条兼定だ」


 貴公子然とした色白細面の青年が右手を差しだした。


「一条さん、お会いできて光栄です。昨夜は大活躍だったそうですね。聞きましたよ」


「竹中さんほどじゃないよ。落馬したって聞いたけど、怪我はなかったの?」


「柔らかい地面の上でしたし、大したことはありませんでした」


 恒殿が『落馬……』、とつぶやいて俺のことを凝視しているが、気付かないふりをして一条さんと握手を交わした。

 次に日に焼けた精悍な青年武将の差しだした手を取る。


「伊東義益です。こうして四人が顔を合わせられる日がくるなんて感無量です」


「私も同じ気持ちです。皆さんにお会いできる日を心待ちにしていました。昨夜は興奮してなかなか寝付けませんでしたよ」


 最後は小太りの青年。


「小早川繁平です。この度は本当にありがとうございます」


 無理やり作り笑いをしているのがすぐに分かった。

 昨夜の逃亡劇で唯一の部下を失っていることは聞いていたが、想像以上に引きずっているようだな。


 俺は所在なげにしていた小早川さんの右手を取って強引に握手をした。


「小早川さん! 無事に脱出できて本当に良かった!」


「ありがとうございます。これも皆さんのお陰です」


 恐縮した様子の小早川さんの背中を一条さんと伊東さんが叩く。


「その分、小早川さんにはこれからたっぷり働いてもらうからね」


「そうですよ。覚悟してください」


「当面は一条さんのところで医学所の設立ですよね?」


 俺の質問に一条さんが間髪容れずに答える。


「必要な人材はこれからだけど、場所だけは確保しているよ。医学所の隣には鍛冶場やガラス工房、大工なんかの職人を集める予定だ」


「さすが一条さん、用意がいいですね。必要な機材は小早川さんの監修の下、作成できますね」


「問題は人材だ。こればかりは見込みのある人物を全国からスカウトして回るようだな」


「一条さん、私にそんな大役は無理ですよ。そもそも他人に指示をだすなんてガラじゃありません」


「ほら、小早川さん、ネガティブな発言はなしにしようって言ったじゃないの」


「そうですよ。ここは気楽にいきましょう」


 一条さんと伊東さんにうながされるが、それでも小早川さんが躊躇いをみせる。


「いや、そういう訳には……」


 弱気では俺も困る。小早川さんには頑張ってもらわないと。

 何しろ、俺の寿命がかかっているからな。


「無事に脱出できて本当に良かった。小早川さんにはこれから日本の医療革新をして頂くんですから、よろしくお願いしますよ」


「竹中さんまで……」


「ほらっ、皆、小早川さんには期待しているんだから。頼むよ!」


 陽気にハッパをかける一条さんから逃げるようにして小早川さんが聞いてきた。


「ところで竹中さん、そちらが噂の奥さんですか?」


「可愛いなあ。これは北条さんがいなくて正解だね」


 一条さんがあっさりと矛先を変え、伊東さんが便乗して話題を変えた。


「そうですね。女性陣の紹介がまだでしたね。では、この流れで竹中さんの奥さんから紹介してください」


「では改めて。書簡のやり取りで既にご存知かと思いますが、妻の恒です」


 当たり前の話だが、茶室のやり取りは全て書簡でのやり取りということにしてある。

 実際、カモフラージュのために忍びを使って何通も書簡のやり取りをしてはいたし、家中でもそのように話を合わせている。


 だが、俺の隣で惚けている恒殿はそのことを知らない。 


「初めまして、恒殿。一条兼定です。本当、可愛いなあ。これは竹中さんが惚れ込む訳だ」


「一条さん、こんなところで言わないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」


 伊東さんと小早川さんまで俺が恒殿に惚れ込んでいるなどと言いだされてはたまらない。

 ここは牽制しておこう。


「それよりも一条さんの奥さんも紹介してくださいよ」


「そうだった。この娘が俺の嫁さんの珠ちゃんね。可愛いでしょう」


 視察と称して村娘を物色して領地を歩き回った挙句、庄屋の娘に狙いを絞っている素振りなど見せない。

 どんな後ろ暗いことがあっても、貴公子然としたさわやかな笑顔でごまかすのは大したものだ。


「では、次は私で」


 そう言って挙手したのは伊東さん。


「伊東義益です。一条さんとは義理の兄弟です。そしてこちらが、妻の阿喜多。一条さんの妹さんです」


 茫然と座っている女性の隣に移動すると肩を抱いた。

 人前で肩を抱かれたのが恥ずかしかったのか、頬を染めた阿喜多殿が小さくお辞儀をする。


「何だか最後になっちゃいましたが、小早川繁平です。独り身です」


 申し訳なさそうに頭をさげた。


「小早川さん、独り身は言わなくてもいいのでは?」


 伊東さんの突っ込みに顔を赤くした小早川さんが話題を逸らす。


「立ち話も何ですから、座りませんか?」


「そうだな。竹中さん、こっちにきなよ」


 一条さんの隣へとうながされるままに座った。

 俺と恒殿が腰を下ろすと、伊東さんがすぐに話しだした。


「黒糖です。一条さんにはもうお渡ししてあります」


 そう言って手荷物を差しだす。


「ありがとうございます。私は清酒を持ってきましたよ」


 徳利に入った清酒を一条さんと伊東さん、小早川さんの前に並べた。


「私にまで……、ありがとうございます」


 恐縮して頭をさげる小早川さんをよそに、一条さんと伊東さんは満面の笑みで徳利に手を伸ばす。


「待ってました、清酒!」


「前回頂いたのは大切に飲んでいますよ」


「何だ。伊東さん、自分で飲んでいるのか」


「あれ? 一条さんは自分で飲んでいないんですか?」


「少しは飲んでいるけど、ほとんどは家臣に褒美として与えたり、外交の道具に使ったりしているな」


 これは意外だ。

 一条さんの方が自分で飲みそうなイメージだった。


「来年にはまとまった量の清酒を差し上げられる予定です」


「清酒は落ち着いたらうちでも作ろうと思っているんだ」


「教育のための職人を四国に派遣しましょう」


「助かるよ。準備ができたら連絡するから、そのときはよろしくね」


 俺は一条さんに職人を派遣する約束をしてから、余分に持ってきた清酒を皆の前に置く。


「ここで飲む分の清酒も持ってきています。せっかくだから飲みながら話しましょう」


「清酒があるなら肴も欲しいですね」


 伊東さんはそう言うと店の主人を呼んで、酒の肴を持ってくるように頼んだ。

 ほどなく秋の味覚と山女魚の塩焼きが並ぶ。


 店の者たちが退出したところで一条さんに聞いた。


「明日のお茶会の首尾はどんな感じですか?」


 北条さんと久作の嫁探しを主目的として摂家・清華家縁の姫たちとお茶会を計画している。

 その計画を取り仕切っているのが一条さんだ。


「摂家の方は、近衛家、九条家、一条家、二条家が参加。清華家の方は三条家と久我家、西園寺家が参加する。特に三条家はノリノリだったね」


「ノリノリ、ですか」


「竹中さんに屋敷を貸しているのを持ちだして、竹中家との関係をやたらと強調していたよ」


「なんだか姻戚関係を結んだら面倒くさそうですね」


「あれは側室を送り込む気でいますよね」


 伊東さんがそう言うと、一条さんが即座に同意する。


「間違いないね」


「恒殿がいるので側室はいりません。今回は弟の久作の正室探しです」


「まあ、上手くかわしてよ」


「全部で二十五人もの姫が参加するようです」


「多いですね」


 各家二人程度の姫を送り込んでくるとは思っていたが、甘かったようだ。


「ところで、西園寺家が参加しているようですが問題ないんですか?」


 最近、一条さんと伊東さんの連合軍で滅ぼした四国西園寺家の縁戚だ。


「大丈夫なんじゃないの?」


「気にはなりますが、表立って仕掛けてくることはないでしょう」


 二人の言葉が重なった。

 なんと性格がにじみ出る回答だろう。


「ありがとうございます。久作の嫁ですが、本人が武田軍と合流して北条さんの援軍にでていますから、私と恒殿とで相談して決めようと思っています」


「明日のお茶会、奥さんも同席するの?」


「そのつもりです。側室の地位狙いで接触されても、お互いに時間の無駄になりますから。不味いでしょうか?」


「不味くはないけど、姫君たちはがっかりして、その後は緊張するだろうなあ」


 まあ、当主の奥方というか、兄嫁となる女性が同席するんだ。

 そりゃあ、緊張もするか。


 想像すると気の毒ではあるが、恒殿を残して俺一人が姫君たちとのお茶会に出席しては、側室を跳ねのけたとしても良からぬ噂が立つ可能性がある。

 何よりも、恒殿の心を余計なことで煩わせたくない。


 ここは姫君たちに泣いてもらおう。


「あの、重治様。久作様の奥方を決められるのですか?」


「明日、姫君たちとのお茶会を予定しています。そこに恒殿と一緒に参加する予定ですよ」


「え!」


 聞いていない、という顔だ。

 言っていないのだから当然だろう。 


「伊東さんも奥さん同伴で出席しましょうよ」


「そうですね。私も阿喜多と一緒に参加することにします」


 俺の真意を察したように、伊東さんが阿喜多殿を抱き寄せて言った。


「まあ、予行演習にもなるし、俺も珠ちゃんと一緒に参加するか」


「あのう、兼定様、予行演習とは?」


「ああ、公家の姫たちとのお茶会の翌日は帝とお茶会なんだ。それにも一緒に参加しよう」


 ああ、言っちゃったよ。

 この時代の女性が帝のお茶会に出席するなんて、前例がないことだ。それどころか考えもしないことだろう。


「無理です!」


「義益様、どういうことですか?」


「重治様、私には無理です!」


 他国の当主を眼の前にしているにもかかわらず、珠殿と阿喜多殿と恒殿の悲鳴にも似た声が重なった。


 当然こういう反応になる。

 だから黙って連れて行こうと思っていたのに……


 さて、どうやってごまかそう。

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