10-9

「そうだ。おい、鈴原」

 玲央君はそこで自身の鞄に手を入れた。クリアファイルを取り出し、私の机の上に放る。

「とりあえず、大まかな図案をいくつか書いてみた。設計図じゃなくて、完成図案だけど、参考程度に」

 紗絵の目がキラリと光るのを、私は見逃さなかった。すかさず、肉食獣のようにクリアファイルに手が伸びる。

「大藤、仕事早い。愛してる」

「そりゃどうも」

 玲央君も受け流してくれた事だし、紗絵の軽口はいつもの事なので、目くじらなんぞ立てたりはしない。まぁ、目いわし程度はモヤっとしたが、この位ならすぐにかき消せるだろう。

 新たな日本語を頭の中で作りつつ、首を伸ばして、紗絵の手にしている図案を横から眺めた。

「あぁ、そっか、まずはコンセプトから決めなきゃいけないのか~、なるほどに~」

 玲央君が持って来てくれた図案には、まず大まかに東洋の案と、西洋の案のどちらかを決めて欲しい旨が書かれていた。そして、そこには既に玲央君なりの、東洋案、西洋案の図面が記されていたのだ。

「これもうまんま使えるでしょ」と道子。

「テーマやコンセプトの他に、予算が分かってないから、そのまんまは使えないと思うぞ」

「建設的な意見が必要って訳ね、大道具だけに!」

 紗絵のおっさんが炸裂する。

「まぁそうだな」

 ――玲央君のスルー入りました!

「うっし、じゃあ、これ今日の会議で議題にかけるわ。和葉、後でみんなに召集お願い」

「鈴原、その会議の事なんだが……」

「ああ、大丈夫よ。あんたの存在は隠しておくから」

「いや、俺もその会議に参加してもいいか?」

 事も無げに言う玲央君の言葉に、私は心の底から驚いた。

 いや、私だけでは無いだろう。紗絵も道子も、一瞬言葉を詰まらせたのが、空気で伝わって来る。

 教室の喧騒が、一際耳に大きく響いた所で、ようやくと言った趣で、紗絵が言葉を発した。

「それは構わないけど、どういう心境の変化よ?」

 そこで玲央君は、声を潜めた。

「いや、大した理由じゃ無いんだが……、お前ら、こっちもやって、バンドもやってって言ったら、絶対大変だろうと思ったし、鈴原はまだしも、友野は、形にするには結構練習が必要だ。教えるって責任負った以上、しっかりやれよって順哉さんにも言われたし……。だったら、そっちのフォローも入れた方がいいんじゃねぇかって……」

 少しの間を置いて、勿論、俺がバンドやってるって事は内緒だけどな、と遠慮がちに付け加えた。

「ねぇ和葉、大藤の事抱きしめてもいいかな?」

「何言ってんだお前! 駄目に決まってんだろ!」

 私に確認をしてきた紗絵は、御本人より直接答えを承った。

「その代わり、バンドの方絶対成功させるからな」

「勿論! ね、和葉!」

「……うん! 頑張ろうね!」

 即答出来なかった自分の本音を真正面から殴り倒してやりたかったが、さして気にも留められずに会話が流れて行ったので、まぁ良しとしよう。

 こうして、私にギターの才能が無かったお陰かどうかは知らないが、玲央君が、プロジェクトチームの一員になる事が決まった。

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