10-8

「ごめんごめん、つい面白くなっちゃってさ」

 悪びれもせず、ひらひらと手を振る紗絵の左手の指先には、親指以外の全てにばんそうこうが貼られていた。

「紗絵だって、指痛いんじゃないのよ」

「あぁ、これ? 痛いは痛いんだけど、昨夜帰ってからもピロピロやってたのね。そしたら、血ぃ出て来ちゃってさ」

 帰り際、私達二人にそれぞれギターを貸してくれた順哉さんの心遣いに、半分だけしっかりと感謝をした事が走馬灯のように巡る。

 あぁ、そう言えば紗絵は、随分とはしゃいだ瞳をしていたっけ。

「それにしても、初日からいきなり飛ばし過ぎじゃない?」

「それはちょっと反省。今朝ギター触ったら、痛いのなんのって!」

「何が痛いって?」

 教室に入って来た道子が、突如会話の中に入って来た。

「おはよう道子」

「おはよう和葉」

「これこれ、ちょっと見て下さいよ道子さん」

「あら、ちょっとあんた、どうしたんですの紗絵さん? 指先にそんなにぐるぐる巻いて、花嫁修業でも始めたんですの?」

 朝の小芝居が始まった。

「いや~、道子さん。貰ってくれる人も居ないのに、花嫁もクソもあったもんじゃないですわよ」

 語尾がですわよで、クソは無いだろう……。

「あれよ、ギターの練習始めたらさ、こうなった訳よ」

「えぇ? ギターの練習って、いきなりそんなにハードな事やったの? 大藤、結構スパルタなのね? でも、和葉の指は無事って事は、やっぱり和葉には甘いのかしらね?」

「私はまだ指の位置を確認しながらだし、一つ一つ押さえるのに精一杯で、練習すらままなってないからだよ」

「いや、でも、大藤の教え方って結構親切だし、丁寧だよ。教えるのも才能いるし、あいつ向いてんじゃないかな?」

 紗絵が関心したように首を縦に振る。

 そこで私はふと、玲央君のお母さんがピアノの先生だと言う事を思い出した。

 こういう才能も、遺伝なのかもしれない。

 それとも、才能とはやはり、環境が作り出すものなのだろうか?

「お、噂をすれば」

 紗絵が声を出したのと同時に、彼女の目線の先を追いかけた。そこで、こちらの席へと向かってくる玲央君と、不意に目が合う。

 玲央君がヘッドホンを外すタイミングを見計らい、おはよう、と声を掛ける。玲央君は若干首を縦に動かし、それに堪えてくれた。

「おはようございます、玲央先生」

 紗絵が玲央君に近づき、周りには聞こえない程度の小声で呟いた。

「鈴原、その言い方止めろって言っただろ?」

「ごめんごめん」

 そこで玲央君は、紗絵の左手のばんそうこうに気がついた。

「指、ギターでか?」

「そうそう、昨夜ギターいじってたら、血出たのよ」

「ああ、やるやる。固くなる前だと、滑らせた時にすぱっと行く事もあるからな。気をつけろよ?」

「は~い、気をつけま~す」

 仲睦まじく、ギターあるあるを話す二人が、羨ましいやら悔しいやら……。

 ――玲央君ったら、音楽の話になると本当にいい顔するんだから……。

 その時、道子の手が私の頭にポンッと置かれた。そのまま、優しくぐりぐりと撫でられる。

「はい、二人共、いちゃいちゃはほどほどにねぇ。和葉が泣いちゃうぞぉ」

 道子のフォローに胸を抉られる。

「友野、焦んなくていいからな?」

「うぅ、頑張ります……」

 玲央君のフォローにも胸を抉られる。

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