10-3

「ここ?」

「そう」

 確認を取り、取っ手を思い切り下に下ろす。ガコン、と言う重厚な音を骨に感じながら、重い扉をゆっくりと開ける。

「ちょっと電話してくる」

「ああ、うん」

「これ頼む、そこの横の所にでも置いておいて」

 玲央君は担いでいたギターを私に渡すと、携帯を片手に外へと出て行った。手渡されたギターの重みが、ずしりと伝わってくる。想像以上に、重量感のあるものだった。

 部屋の中に一歩足を踏み入れ、すぐに目に飛び込んで来たのは、ドラムとキーボード。それにいくつかのアンプと、そこから伸びたコード類。そして壁にびっしりと開けられた丸い穴。

 音楽スタジオと言うものに初めて入ったけど、そこは想像していたよりもずっと簡素な物だった。壁は所々禿げているし、床に敷かれた絨毯も黒ずんでいる。そして何より、狭かった。もっと広く、小奇麗な物を想像していた私は、本やドラマの影響を受け過ぎなのだろうか?

 壁に鞄とギターを立て掛け、ドラムの元へ近づく。幾度も叩かれたのだろう太鼓は、どれも中心部分が黒ずんだり凹んだりしていた。シンバルも若干ひしゃげている。

 試しに一つ、指先でシンバルを弾いてみた。

 硬質な感触が爪から伝わってくる。その割に、シンバルから然程大きな音が漏れる事は無かった。

「ういっす、和葉ちゃんお待たせ~」

 急に声を掛けられ、驚いと振り向くと、ドアの入り口に順哉さんが立っていた。

 その横から、見知った顔も覗いている。

「お、和葉、ドラムに興味あるの? いいわね、あんたのパートドラムにしてみる?」

 紗絵はけらけらと笑いながら、順哉さんの横をすり抜け、スタジオの中に入ってくる。その肩には、一本のギターケースを背負っていた。

「ちょっと紗絵、紗絵も来るって聞いてないんだけど?」

 小声で尋ねると、言ったじゃん、今日は頑張んなきゃねって、と言う言葉が返ってくる。どうやら彼女の放った頑張んなきゃね、と言う言葉は、応援では無く、今日は頑張らないとね、一緒に頑張ろうね、と言う意味だったようだ。

「そもそも、紗絵も来るんだったら、学校から一緒に来たら良かったじゃない。どうして隠してたのよ?」

「隠してた訳じゃないよ。ただ、あんたが大藤との待ち合わせに随分浮かれてたから、邪魔しちゃ悪いなって思ったのよ」

 ――うっ……。

 弁明の余地が無い。

「どうしたの? 作戦会議?」

 ドラムセットの奥の壁に、肩に掛けていたり手に持っていたりしたギターケースの束を立てかけながら、順哉さんは私達に向けて明るく声を飛ばした。大よその事情は紗絵から仕入れ済みなのだろう。こちらの会話の内容もある程度見当がつくのか、順哉さんの声には、穏やかで微笑ましい笑みが含まれている。

「順哉さん、とりあえず、今日はここ2時間押さえてますから」

 玲央君が、順哉さんと同じようにギターケースを数本担ぎながら、スタジオ内に入ってくる。

「了~解。まぁ、おばちゃんに言えば延長は利くだろうから、別に延びても問題無いだろ」

 玲央君の担いできたギターが、順哉さんの運んできたギターと共に並べられる。

「順哉さん、それ、全部ギターなんですか?」

 思わず尋ねると、順哉さんから、ああ、勿論、と言う答えが返ってきた。

「全部順哉さんのなんですか?」

「そう、別に集める気は無いんだけど、気がつけばこんな感じになっちゃってたんだよね」

「これ一体、いくつあるんですか?」

「13本」

「13! そんなにあるんですか!」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「いやぁ、紗絵ちゃんと和葉ちゃんがギター始めるって言うから、俺嬉しくってさぁ。持ってるの全部持って来ちゃった」

 ニコニコしながら笑う順哉さんをよそに、玲央君は真剣な面持ちでスタジオの重い扉を閉めると、制服の上着を脱いだ。

「それじゃ、始めましょうか」

 玲央君の声が、壁に空いた丸い穴に吸い込まれて行く。

 ――これから、何が始まるんだろう?

 当事者ながら、私は依然として、事態が飲み込めないままでいた。

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