10-2

 ヘッドホンを首から下げているのは、きっと私と話しをする為だろう。もっさりとした髪の毛は前方に流れて来ており、目元を隠している。本当に前が見えているのか、改めて疑問に思う。その中でも自己主張をする、高く通った鼻筋と、白い肌に、あの日のライブの光景がフラッシュバックする。

 ――玲央君、本当は格好いいんだから、もっと、格好よくすればいいのに……。

 そう思いつつ、ライバルが少ない今の状況の方がいいのかもしれないとも思う。

 ――もし私が、玲央君と付き合ったら……。もっと、うんと、格好よくしてあげるのにな……。 

「お前さ、テスト勉強する気ある?」

 甘い妄想の最中に、突然水を向けられた。

「テスト勉強?」

「もしギターやるなら、時間ねぇし、テスト中でも触ったりして欲しいから」

 テスト勉強。3週間後に控えた中間テストに向けての事だろうが、正直、聞きたくは無い単語だ。

 10月の前半に行われる中間テストを乗り越えると、後はその3週間後、10月末に控えた学園祭一色に染まって行くのが、去年体感した我が校の流れらしい。

 とは言っても、うちのクラスのように、動き出す所はもう動き出している故、テスト勉強と同時進行になっている人達も随分いるだろう。

 そして私にとってのテスト勉強と言えば、あっさりとした美味しいお漬物が出来る程度の勉強の事を指す。上位に食い込むような事は無いが、赤点とも縁の無い学生生活だ。我ながら、努力派では無いにしろ、おつむの出来はそれ程悪く無いように思う。一杯一杯勉強すれば、きっと凄い所まで行くのだろう。

 絵に描いた餅は、想像だけならば実に美味である。

「私はいつも、一夜漬け程度しかしないから」

「そっか、じゃあ、とにかく毎日ギターには触ってくれ」

「でも、私ギター持って無いよ?」

「それは貸す。……こっち」

 そこで玲央君は、一件のビルの中に入っていき、私を招き入れた。ビル前の看板には、ミュージックスタジオと書かれており、その横にインドかアフリカか分からないが、私には読めないどこかの国の言葉が記されていた。

 ――音楽スタジオかぁ……。

 慣れた風に奥へと入って行く玲央君の後ろを、おずおずとついて行く。奥のカウンターまで行くと、そこに立っていた肌の黒く、黄色のエプロンをしたおばさんに、玲央君は話しかけていた。おばさんは玲央君の言葉に頷きながら、鷹揚な笑いを浮かべている。

 ふと横を見ると、コンクリートむき出しの壁に張られたコルクボードに、一杯の紙片が張りつけてあった。

 やれボーカル急募。キーボード出来る人募集。楽しく音楽やりませんか、等、柔らかな木の板は、新たなる優秀な人材を求める声に溢れていた。中には、楽器は出来ませんがバンドがしたいです、その他全部募集、などと言う潔い物まである。

「友野、そこのブースだから、入って」

 カウンターで受け付けを済ませたであろう玲央君に促され、私は彼の指示する部屋のドアに手をかけた。

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