10 バンド

10-1

 10 バンド


 ファミレスで玲央君をスカウトした次の日、私は放課後に彼と駅前で待ち合わせをする事になった。

「友野、お前今日の放課後空いてるか?」

「ふぇ?」

 2時間目の開始直前、隣席の彼から唐突に問いかけられたその質問に、思わず阿呆な声が漏れる。

「え、いや、うん、今日は大丈夫だよ。空いてるよ」

 玲央君はそんな挙動不審な私の態度には触れず、じゃあ、放課後ちょっと付き合え、と言う、とても重要な単語を素っ気無く手渡してくれた。

「うん、付き合う!」

 さも告白されたかのようだ。

「じゃあ、4時に駅前で」

「分かった」

 昨日の今日だから、きっとギターとか歌とか、今後についての事なのだろうと、頭では理解しようとしているのに、その言葉を貰った瞬間から、自身の顔や胸や血管が、どんどんと熱くなっていくのを感じていた。

 ――違う、多分デートとかじゃない! 期待し過ぎるな私!

 そう自分に言い聞かせても、玲央君に誘って貰えたと言う事実だけで、頬が緩んでしまう。単純な自分にげんなりしそうにもなるが、単純な方が幸せなら、私は単純でいい。

 こんなに楽しい気分で数学の授業を受ける日が来ようとは、誰が想像出来ただろう。

 そして放課後。

 駅前で待ち合わせしなくても、学校から一緒に向かえばいいのにな、って言うかそれがいいのにな、と言う私の淡い期待は簡単に裏切られ、放課後になるや否や、玲央君は早々と教室を出て行ってしまった。

 まぁ仕方ないと嘆息し、道子と紗絵に、玲央君と待ち合わせをしている為、今日は一緒に帰れない旨を告げる。

「お? デート? あのぼんくらからついにデートのお誘い?」

 と追求してくる道子に、多分違うと思うんだけどね~、とだらしなく答える私からはさぞかし、もっと聞いて下さいと言うオーラが出ていた事だろう。

「それじゃ和葉、今日は頑張んなきゃね~」

「うん、頑張ってくる!」

 ニヤニヤと言葉をかけてくる紗絵に笑顔で手を振り、私は意気揚々と教室を後にした。

 寄り道をせずに真っ直ぐ向かった為、4時の15分前には駅前に到着した。

 その10分後に、玲央君が顔を見せる。制服のままだったが、背中にはギターと思しき物を担いでいた。

「よう、待たせたか?」

「ううん、今来た所だよ」

「そっか、じゃあ、行くか」

 ――ああ、デートっぽい!

 顔がにやけるのを必死に押さえつつ、玲央君の後を静々とついて行く。

 9月も半ばを過ぎると、日の入りは随分と早く、夕暮れには常に夜の気配が纏うようになっていた。時折吹く風にも冷たい物が混ざるようになり、気の早い冬の足音も時折耳を賑わせる。

「お前、楽器の経験とかはあるのか?」

 目抜き通りを抜け、人通りの少ない裏通りに入った所で尋ねられる。

「小、中学校の頃に、学校の授業でリコーダーと鍵盤ハーモニカをやったくらいかな」

「分かった。全く無いって事だな」

 義務教育の根幹が揺らぐ。

「歌の方は? やっぱり音楽の授業くらいか?」

「カラオケにはたまに行くけどね」

「その程度か、分かった」

 玲央君は一度もこちらを振り向かずに、前を向いたまま言葉を紡いでいた。

 全くこちらを振り向いて貰えないのも癪なので、歩みを早め、彼の隣に並ぶ事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る