10-4

 ジーコード。

 ジーは、つまり、Gらしい。

 まずは2フレット目の5弦を、中指でしっかりと押さえる。

 フレットと言うのは、ギターの細い部分に、枕木のように打たれている金属の部分らしく、5弦と言うのは、二番目に太い弦の事を指すらしい。

 次に、3フレット目の6弦を、薬指で強く押さえる。

 最後に、同じく3フレット目の1弦、一番細い弦を、小指で押さえる。

 左手がプルプルと震え、指先が痛くなってくる。

「それじゃ、鳴らしてみて」

 玲央君の声を合図に、右手に持ったピックで上から順に弦を弾いて行く。アンプに繋いでいないエレキギターから、ペコペコと乾いた音が零れ落ちる。

 その音を聞いて、順哉さんが私の左隣の女にお褒めの言葉を投げる。

「うん、紗絵ちゃんはいいね。指が長いのか、初めてなのに綺麗に鳴らせてるよ」

「やりぃ」

「和葉ちゃんは、もっと手首を寝かせてみて。中指が4弦に触っちゃってるから。もっと、指の先っちょだけで弦を押さえるようにして。そんで、グッと弦に力を入れる」

 横から掛けられる順哉さんのアドバイスにも、上手く答える事が出来ない。

「玲央、もっと近くで教えてやんなよ」

「そうですね」

 順哉さんの命を受けた玲央君が、私の横に座る。

「いいか、手首を、もっとこう、奥に入れる」

 私の左手の手首に、玲央君が触れる。成されるがまま左手を動かすが、それに比例するように、心拍数も上がっていく。

「そこで、グッと指先に力入れて。弦を押さえつけるように。そんで、鳴らしてみて」

 言われるがまま、強く弦を押さえつけ、先程同様ピックを弦の上に滑らせる。再び弦から乾いた音が零れるが、先程と違い、順哉さんからはお褒めの言葉を貰った。

「和葉ちゃんOK。その感覚を覚えておいてね」

 覚えていればいいのは、どの感覚だろう?

 私と紗絵が手にしているギターは、順哉さんのギターコレクションの中から一本ずつお借りした物だ。

「とりあえず触ってみて、自分に合うギターをインスピレーションで選んでみてよ」

 ずらりと並べられたギター。その一本を、試しに手に取ってみる。手にした黒いギターは、ずっしりと重みがあって、だけれども、私には少し重すぎるような気もした。

「あ~、これデザインは好きなんだけどなぁ。この子が私の事を拒否してる気がするわ」

 隣で紗絵が、群青色のボディに星と稲妻が散りばめられたギターを手にしならがら、さも玄人のような事を言っている。

 そうやって一本一本、ギターに触れたり、持ったり、時には抱きしめてみたりして、紗絵は紅色一色に塗られたギターを、私は白地に黒い星が点在しているギターを選択した。

「うん、いいね。そいつ、和葉ちゃんには合ってると思うよ」

 順哉さんに言われ、私はもう一度手の中のギターを見つめた。

 触れた時、何て言ったらいいのか分からないけれど、パズルのピースがかみ合うような、そんな感覚を感じたのだ。順哉さんにそれを尋ねると、呼ばれたんだね、じゃあそいつにしなよ、と温かな笑顔が返ってきた。

 運命の出会いと呼ぶには、些か簡素過ぎる気もするが、そこは御愛嬌である。

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