3-3

 改めて、厄介な秘密を抱えてしまったなぁ、と遠い目で姉の想い人を眺めていると、準備の出来たバンドのメンバーが、各々の楽器を鳴らし始めた。

 それに伴って、甘い蜜に吸い寄せられる蝶の様に、ステージの前には再び人集りが出来た。

「始まるまでここにつかまってな」

 姉に言われ、ステージ前の鉄柵をしっかりと握る。多少の圧力が掛かったとしても、ここは死守しろとの命を受けた訳だ。

 その時、一人の男の子が、袖から飛び出しステージの上へと上がってきた。この薄暗いライブハウスの中でサングラスをかけている。髪の毛は綺麗に金髪に染めており、かっちりとオールバックに固めていた。

「和葉和葉、今出てきたのがボーカルの子。玲央君って言うんだよ。最近加入してくれた、まだ10代の子なんだけどさ、メチャメチャいい声がいいのよ~」

 彼の事を説明してくれる姉の頬は、既に若干上気している。

 ボーカルの玲央君は、舞台のセンターに立てられていたマイクを掴むと、キスをする様な仕草で口を近づけた。

「改めまして、こんばんは、スティグマです」

 バンドのメンバーが、彼の挨拶に呼応するかのように、好き勝手に音を出す。

「今日は、本当に来てくれて、ありがとうございます。短い時間ですけれど、一緒にロックして下さい。盛り上がっていきましょう、よろしくお願いします」

 玲央君の声は、透き通っていて、高くて、綺麗で、爽やかで、凡そロックにはそぐわない様な印象を受けた。

 か細い様な呟きが、マイクに拾われてライブハウス中を包む。その囁く様な声からは、青い炎のような、静かなのに高い温度を、確かに感じる事が出来た。

 観客も分かっているのか、会場からは彼の挨拶に対し、拍手と歓声と、耳を劈くような指笛が聞こえて来た。

 演奏が始まる直前の、一瞬の静寂の時間、

「内緒なんだけどね、確か玲央君、和葉と同い年の筈だよ」

 姉は私に、そう耳打ちをしてくれた。

「じゃあ、一曲目、行きます。『光と影と』」

 玲央君が曲名を呟いたのと同時に後ろのバンドが、空気が激しくうねるような音楽をこちらにぶつけて来た。一瞬、爆発が起きたのではないかと錯覚する程の、音の奔流に身体ごと心を持っていかれそうになる。

 その激流のような曲の中を、透き通った玲央君のボーカルが折り重なり、寄せては返す波の様に、幾度と無く私の心を握っていく。

 数多の衝撃が私の中に、言葉以外の何かで次々に伝わり、流れ、響き、全身を、心を、魂を翻弄する。

 生のロックンロールのパワーを目の当たりに感じ、興奮と言う言葉では足りない程、私は高揚していた。その圧倒的なパワーに対し、寧ろ慄いてさえいた。

 サビに差し掛かる直前に、玲央君が自身の掛けていたサングラスを床に投げ捨てた。サングラスは床を跳ね、私の元へと飛び込んできた。

「……嘘でしょ?」

 私は、思わず呟いていた。

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