3-2

 チカチカと忙しく明滅する照明の中心には、激しく音楽を生み出している人達がいるのだろう。盛り上がっている人達の姿の隙間から、微かに頭だけが見える。その全身は、残念ながら舞台に押し掛ける人々に阻まれて、私の視界には入ってこない。

 背の低い私が悪いわけでは無い。背の低い人でも楽しめる作りになっていない、ステージがいけないのだ。

 ――折角のステージなんだから、もう少し高く作ってくれればいいのに……。

 心の中で一人言ちたその時、不意に右肩を叩かれた。

 そちらを振り向くと、こちらに向けて手をひらひらと振っている、姉の姿があった。何か口を動かしてはいるものの、何と言っているのかは空間を満たす音楽の濁流に飲み込まれて、正直全く分からない。

 お姉ちゃんを促すようにして、私は先程の防音扉をもう一度潜った。

「和葉、わざわざありがとね」

 外に出てすぐに、姉は先程の口の動きと同じ動きでそんな事を言った

「すごい大きい音だね。びっくりしちゃったよ」

「慣れない内はそうだよね。それにしても……」

 姉は、やっぱりね、と言う顔で苦笑した。

「結局一人で来たんだね」

「仕方ないでしょ。誘えるような男子なんていないよ」

「私の妹なのに、情けないわねぇ」

 そう笑う姉の胸元を、思わず見つめてしまう。

 ――仕方が無い、才能の有無だ。

「後10分位したら仁さん達の出番だから、そしたら入り直そっか」

 そう言いながら、姉は私の全体を矯めつ眇めつ眺めた。

「何よ?」

「いや、やっぱり可愛系になっちゃうんだなってね」

「うるっさいなぁ、もう」

「まぁいっか、ギリギリ大学生に見えない事も無いだろうし、こう言う可愛い系着てる大学生もいるだろうしね。それにこういうのは、ちょっと背伸びしてる位の方が、魅力的に映るもんだしね」

 好き勝手言う姉は、今日は長い髪の毛を後ろでポニーテールに纏め、柄物のTシャツ一枚にGパン一丁と言うラフな格好だ。よく考えたら、そこら辺のおっさんと全く同じようなコーディネートである。にも関わらず、その豊満な体型のお陰で、充分過ぎる程に色っぽく見えるのだからずるい。因みに中身も同じく放漫だったりするのに、彼氏が出来たりするところもずるい。

 その時、ライブハウスの中から響いていた音の波動が止んだ。

「よし、おいで」

 姉に手を引かれて再び戦場へ。

 舞台上では、先程まで演奏をしていた人達が後片付けをしており、次のグループに引き継ぎを行っている。

 人が少なくなっている瞬間を見計らい、姉はそのまま私を一番前まで引き連れて、ステージの真正面のど真ん中を陣取った。

 ステージとは言っても、実際には観客席と高さは20センチ程しか変わらない。そこを隔てる敷居代わりに、公園内への車両の進行を防ぐ際の様な、だけどもそれよりももっと大きくて綺麗な鉄の柵が、ステージの前に構えられていた。

 姉はステージ上の、赤いベースを肩から下げている人を指差して、私に教えてくれた。

「あれが仁さんだよ」

 ベースを掴む腕は太く筋肉質で、黒いタンクトップからはがっしりとした体格がはみ出していた。赤く染めた髪を、ツンツンにおっ立てていて、ピックを握る右手の、手首から肩辺りにかけて、炎を象ったような黒いタトゥーが掘り込まれていた。

 姉の彼氏である仁さんが、実際にはどう言う人なのかは知らないけれど、一見した所、かなり怖そうな人に見えてしまった。まぁ、姉の彼氏なのだから、見た目に反していい人なんだろうと信じたいところだけれど……。

 ――あぁ、これは確かに母さん達には言えないなぁ……。

 懸念が杞憂である事を願う。

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