3-4

 サビに入った瞬間、玲央君はマイクに掴みかかり、ここで死んでも後悔は無いかの様に、額やこめかみに血管を浮かべながら、熱唱した。登場した時の、何処か爽やかでさえあった彼の印象は、最早すっかり跡形も無かった。

 ステージの上マイクを握るのは、この一曲に命を懸ける、一匹の獣だった。

 激しく熱いボーカルの歌声に負けじと、バンドが奏でる音楽達もさらに激しく熱を帯びていく。それに従い、観客のボルテージも高まって行き、最高潮まで達した瞬間、ギターとベースとドラムとボーカルが同時に咆哮し、ライブハウスと言う名の小宇宙は、小規模であろうと確かにビッグバンを起こした。

 いや、事実がどうであろうと、私はそう感じた。

 背骨まで突き抜けて行く程の、恐怖と間違わんばかりの衝撃。

「どうもありがとう」

 ボーカルの謝辞によって、漸く私は曲の終焉を知った。

 そして、先程までの衝撃も感動も一旦全てをかなぐり捨てて、ボーカルの彼の顔をもう一度、深く観察した。

「どうだった和葉?」

 姉が話しかけて来るけれど、今はそれも耳には入ってこない。その代わりに、先程の姉の放った言葉が、頭の中で何度も蘇ってきた。

『内緒なんだけどね、確か玲央君、和葉と同い年の筈だよ』

 髪の色も金髪だ。

 雰囲気もまるで違っている。

 ヘッドホンもしていない。

 だけど、間違いようが無かった。

 あの日屋上で交わした彼の声と、もっさりとした髪の毛の隙間から見えた瞳を、私はチケットを渡す事の出来なかった今日の今日まで、何度も何度も頭の中で、思い返していたからだ。

 だからこそ、気付いてしまった。

 ――大藤君、一体そこで、何やってるの?

 だけどそれでも、目の前の出来事を、俄かには信じる事が出来なかった……。


 ――さて、整理してみようか……。

 私は大衆居酒屋の一角から酒宴の様子を見守りながら、ふと自分にそう問いかけた。

 そもそもの間違いはまず、姉に、大藤君とはクラスメートなの、だなどと言ってしまった事だろう。

 そうなの、そんな偶然あるんだ、なんて嬉しそうな姉の顔に、苦笑いしか返せなかった自分は、とても素直な人間だと思う。

 そして、その次。

 一番の間違いは、その後の姉の提案を大して考えもせずに返してしまった事だ。

『じゃあこの後の打ち上げ、和葉もおいでよ』

 あの時にどうして、私は上手く断れなかったのだろう。

 いや、部外者だし、いいよ。

 今日この後予定あるんだ。

 あんまり遅くなると、お母さん達心配するし。

 断る為の理由なんて、今となっては幾らでも考え付く。なのに、

『え、どうしよっかな?』

 なんて、肯定とも否定とも取れる受け答えをしてしまったんだろう。どっちとも取れるように答えて、姉が否定に取る訳無いのに……。

 案の定、そのまま姉の勢いに押され、私は打ち上げ会場に紛れこんでしまった。

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