星 想

ときはるあき

第1話 鈴懸 (すずかけ) 

何かの軋む音だった。

それは、はじめて聞く音だった。

それは、生き物の鳴き声に似た不思議な音だった・・・


鈴懸は、夢半ばでベットから飛び降りた。

今でも頭の中に残っている不思議な音の為ではない。いきなり、物凄く強い力で下から揺さぶられたためだった。

彼は、何が起こったのか分からなかった。

彼の見る総てのモノが揺れていた。それも激しく、突然生き返ったかの如く、全身を震わせて動いていた。そして、あるものは倒れ、あるものは床に落ち、あるものは彼を襲った。彼の部屋にいある、ありとあらゆるモノが、怒り狂って彼を脅している様に見えた。

鈴懸は成す術もなく、ベッドの隅に縮こまって、自分の目の前で起こっていることを、ただ凝視するしかなかった。

目の前で起こっていることに硬直していたためだろう、彼は頭上から自分を狙っている狂気に気付いていなかった。自分の上に降りかかる粉に気付いて、上を見上げた時には、天井が彼めがけて落ちて来る所だった。

「・・・そう、キミなんだ・・・」

そして、最後に誰かの声が耳に響いた。


■1

「おいっ おいっ! 大丈夫かっ 鈴懸!!」

誰かが、鈴懸の頬っぺたを叩いている。

何度も何度も叩くので、いい加減鈴懸も腹が立ってきた。

彼は眠かった。世にも恐ろしい夢を見た後だったので、今の眠りが心地よかった。それなのに・・・

鈴懸は、渋々目を開けた。

はじめ目の焦点が合わず、自分を覗き込んでいる者の顔が分からなかった。

「痛いな~ 誰だよ・・」

眠気まなこを手の甲でこすりながら、不平を漏らす。そして、目を閉じようとする。

「何、平和なこと言ってんだ!!起きろ、起きるんだよっ鈴懸!!!」

あまりに大きな声を浴びせられて鈴懸は、驚いて相手の顔を見た。

それは自分の幼馴染の

「・・蘇芳すおう!?」

鈴懸は起き上がり、蘇芳に詰め寄る。

「なんだよッ 痛いじゃないか!!」

安眠を妨げた者の罪は重いのである。

「それに あんな大声を出すこと無いだろッ 耳が潰れるじゃないか 蘇芳!!何の用なんだよっ!!」

鈴懸の剣幕に驚く、蘇芳。

「何の用・・・ね」

呆れた蘇芳はため息をつき

「お前さ・・・そうとうボケてんなぁ・・ボケたヤツだと ずぅーっと思ってけどコレほどだとはなっ」

彼が呆れかえるのは当たり前

「お前、天然だぜ 天然ボケ! 目ん玉ひん剝いてシッカリ見やがれッ この天然ボケ!! お前の周りがどうなってっかッ そんなボケたこと言ってらんねーゾっ!!!」

鈴懸は、はじめて自分の周りに目を向けた。

視界を遮るものが何も無かった。

青い空と、地上より立ちのぼる煙、の他何も無かった。

何も無いはずがない。鈴懸は、やっとこの異変に気付いた。大体からして、自分は外に居るのだ。

目の前にあるのはガレキの山。

家という家は倒れ、舗装されていた道はアスファルトがめくれて土が見えていた。

自分の視線を遮るものがないのは当然だった。何故なら、建築物はすべて倒壊しているのだから。

「ど、どうなってんの・・!?」

「はぁーーー 良かった・・生きてんわぁ・・!」

座り込み天を仰ぐ、蘇芳。

「それさぁ~ こっちが聞きたいのっ 夜のうちにコウなっちまったみたいだけど、何が起こったのか さっぱり分かんねぇ~よ」

蘇芳は鈴懸に向き直ると

「おい、それより『学院』へ行こう!助けられたヤツらは、みんな『学院』に集まってる」

「・・助けられた奴らって・・・?他のみんなは?アパートの・・?」

「助けられねぇヤツもいる・・助からなかったヤツもいる・・ってことだよ なに驚いた顔してんだよっ 見て分かんねぇのかな?鈴懸!? 多分ドーム全体がこんな感じだぜ 昨夜のこと思い出だしてみろよ あの状況で助かったって、ほんと奇跡だぜっ!?」

蘇芳は少し傷ついた顔をしていた。

「オレはお前んとこ来るまで助け出せるヤツらは助けたさ けど無理なヤツらもいたんだ・・それよりもオレはお前のことが心配だったんだ・・オレひとりじゃどうにもなんねぇ」

「蘇芳・・・」

「キレイごとは言わねぇよ それに言ってられねぇ・・」

「蘇芳 ごめん・・僕そんなつもりじゃなかったけど蘇芳をキズ付けたんだ 蘇芳は僕のこと心配して来てくれたのに・・・」

「まっ お前はそう言うヤツだから・・お前なら一人一人助け出してんだろうな 何時間かかろうと 何日かかろうと・・さ」

鈴懸は俯いて鼻を鳴らした。

蘇芳は、そんな鈴懸の肩をポンポンと叩く。

「泣くのはまだ早いぜ・・街に出てみろ想像を絶する世界が広がってる・・」

そんな蘇芳の言葉に顔を上る鈴懸、街へ目をやる。

その視線を追い、蘇芳も街へ視線をやった。

その2人の視線を遮るものは、何もない。


「さっ 学院へ行くぞ鈴懸!・・身体ヤラレてねぇよな・・?」

「うん! 大丈夫みたいだよ」

立ち上がるり、その場を離れる2人。

鈴懸は物憂い気に元アパートの瓦礫の山を振り返った。

「僕だけ・・」

そして、ハッと蘇芳を見る。

「蘇芳!蘇芳は大丈夫だったのか?」

「見た通りさ オレ悪運が強えーんだよ!・・アパートの他の連中は・・」

いいごもる蘇芳。そしてボソリと

「・・屋上でモクってたのが幸いするとはな・・」

「え?なに 蘇芳?」

鈴懸が蘇芳を見返したとき、前からヨロヨロとホーバーバイクが向って来た。乗っているのは、このドームの守備兵らしい。

急いで駆け寄る鈴懸。

「大丈夫ですか!?」

守備兵は傷だらけで血まみれだった。鈴懸と蘇芳を認めた守備兵は痛みに顔をしかめながら

「おお・・君たちこそ無事だったか・・頼みがある 私を学院まで連れて行ってくれないか」

倒れそうになる守備兵に手を添える鈴懸。

「僕たちも今から行くとこなんです」

蘇芳も守備兵に手を掛けると

「肩を貸せ 鈴懸 この人を降ろすんだ」

ホーバーから守備兵を降ろそうとした2人だったが

「い、いや 一刻も早く学院へ行きたい・・どちらか私を支えてホーバーを走らせてくれないか・・っ」

気力で身体を支え 2人を見る守備兵。

その視線を受けて、蘇芳を見る鈴懸。

うなずいた蘇芳は

「オレが行きます」

いうかいなや、守備兵の後ろに蘇芳はホーバーに跨った。

「ありがとう・・そして君・・」

守備兵は鈴懸に

「君達のように動ける人を探し 手分けしてを学院に運んでくれ 頼む・・」

グッタリと守備兵は蘇芳の腕の内に倒れこんだ。

「っ!やばいぞ 大丈夫ですか!? 行きますよ!!」

年上には丁寧な言葉使いで、蘇芳はそう言いながらホーバーバイクを始動させる。

ふわっとホーバーが浮き上がり

「じゃあ 鈴懸!学院で会おうぜ!!」

蘇芳と守備兵は、鈴懸の視界から消えていった。

彼らを見送ってから、鈴懸はつと考える。そして、おもむろに踵を返すとガレキと化した元アパートに駆け戻った。


■2

「・・学院は無事だろうか・・?」

「さっき見た時はいつもと変わらず建ってましたよ」

ほっと安堵の溜息をつく守備兵。

「・・だいぶ酷いみたいですね ドーム全体がそうですか?」

「多分そうだろう・・見渡すかぎり瓦礫の山・・今もそうだろう・・?」

無残な姿を晒す、元は建物だったモノ。

蘇芳は、難無くそのガレキを避けながらホーバーを走らせる。

そしてしばらく走らせると、高台に建つ建物が見えてきた。

ドームの中央に位置する、このドームの中核である『学院』 初等部から中・高・上・大学院までの各学舎だけは、今も変わらず威厳のある姿を見せていた。

「ところで学院に何の用ですか?私たちは あなた方に助けをこおうと思っていたんですが・・無理みたいですね」

「少年・・君はいやに冷静だな・・君の思っている通り最悪の事態だよ 守備隊は私以外誰も生きてはいない それに通信網もズタズタだ」

「あっ それで学院の衛星通信・・ですか」

「その通り・・」

言い終わるぐらいに、守備兵は身体の痛みに顔を歪ませた。

「もうすぐです 大丈夫ですか!?」

「これしきの事・・それより君は よく冷静で居られるな・・それに通信の事よく知っているな」

「ええ だてに高等部の生徒会長なんかしていませんよ」

「へぇ・・生徒会長さんか・・君の名前聞いていなかったな・・私は沙参しゃじん 君は?」 

「蘇芳です」


 鈴懸は、乗りなれたホーバーバイクを走らせて、第1学院都市:香需コウジュを駆けずり回っていた。助けられる者だけを学院内へ運び、自分同様無事な者と、手分けして生存者を捜しまわった。ドーム内の無残極まりない様子に、鈴懸は歯を食いしばり何度も蘇芳の言葉を反芻した。

ホーバーバイクが駆れる者はバイクで、ホーバーカーの運転できる上等部・大学院の者たちは、無傷なホーバーカーを見つけ出し疾駆させていた。

 夕方、鈴懸は疲れ切って学院へ戻ってきた。心なしか頭が痛い。

学院内の建物はおおかた無事だったので、生存者達は学舎に一時の暇を求めた。怪我をした者は至る所でうずくまり、手当てを受けつつ保健室の空くのを待っていた。大学院の医学生だろう、人手の回らない治療と儘ならない医薬品とに格闘しながら、学院内をところ狭しと駆けずり回っていた。

 鈴懸は、蘇芳が学院総長室にいると聞きそこへ向かった。

総長室に入るとそこには、年に一度の学院総会でしかお目にかかれない各部の生徒会長・副会長と少数の先生方が集まっていた。しかし、全員が全員揃っていたわけではない。学院内に寄宿舎を構える初等部は2人とも揃っていたが、学院外に居住を置く中等部は副会長、鈴懸が属する高等部は生徒会長の蘇芳だけ、上等部は誰もおらず、初等部と同じく学院内に寄宿舎を構える大学院だったが出席者は生徒会長のみだった。みな、各部の長だけあって気丈に振舞ってた。そう、鈴懸には見えた。

「鈴懸-!!」

蘇芳が嬉しそうに駆けよって来る。

「外の方はどうなってる?」

「うん・・まあ大方回ったけど・・日も暮れてきたし仕方なく皆な引き上げてきたんだ」

蘇芳は、鈴懸の表情を見て彼を慰めたくなったが

「ん!?なんだその顔っ 真っ赤じゃねーか!!何やってたんだ外で おい鈴懸!!」

驚いて自分の顔に手をやる鈴懸。蘇芳がふと見ると、鈴懸の袖から出ている腕も真っ赤になっていた。

「大丈夫か 鈴懸!? お前なんかアレルギー持ってたっけか? それとも精神的にまいっちまったか?」

「大丈夫だよ 蘇芳 でも ちょっと頭が痛いんだ・・」

「頭が痛ぇっ!? 薬飲んだんか 鈴懸」

蘇芳に返事しようとした鈴懸だったが、ふと周りの視線に気づき

「す 蘇芳・・!!言葉 言葉・・!」

いつもの乱暴な言葉遣いに戻っていた蘇芳。

「-おっと いけねぇ・・お前といると いつものオレになっちまう」

学院内の者は、蘇芳の2重人格を知っている。しかし通信室から耳にしていた守備兵の沙参は驚いて蘇芳を見ていた。先ほどまでの生徒会長然とした優等生と、今のガサツな言葉遣いの問題児の様な彼。

「すみません 静かにします どうぞ作業に戻ってください」

とは、蘇芳の言葉。

ひそひそと、話し合う2人。

「ところで蘇芳? どうしたんだい学院の実力者ばかり集まって」

「・・それがよぉ 首都:山茱萸サンシュウユと連絡取ろうとしてんだけど回線が繋がんねぇんだっ かれこれ半日以上この状態なんだ」

「回線って・・通信網はグチャグチャだよ 無駄じゃないか蘇芳?」

「ちぃーっと少年!! そんなこたぁ朝のうちに分かってんだよ 分かってねぇのはお前!回線は回線でもっ!!」

「ああ!!・・衛星ね さすが蘇芳!!」

「さすが!ってねえ・・」

あきれる蘇芳。

「でも なんで繋がんないだい?」

「ーー!! お前なぁ!お前っーやつはホ・ン・トに!!アンポンタン!!なんで繋がらねぇのか分かってたら とっくの昔に首都とナシはついてんだよっ 繋がてたらお前とこんなトコでヒソヒソしゃべってらんねぇっ オレたち することイッパイあんだぜ・・だけどよ・・首都に緊急救助要請して計画立てねえと・・ だから ここで皆してシブ顔並べてんだよっ 分かった!?鈴懸?」

蘇芳にコンコンと説かれた鈴懸だったが、納得はしていないようで考えつつ話し出す。

「・・・うん・・だけど蘇芳・・・衛星と繋がらないって ソレっておかしいよ・・誰かが妨害してんじゃないの・・? あっ・・それか・・!もしかしたら蘇芳!もしかしたら ドームの壁が壊れてるのかも!!」

鈴懸の言葉に弾かれたように顔をあげる蘇芳。

「鈴懸っ それだっ それだよっ!! オレは何で気付けなかったんだァ!?がドームの壁を壊さなかったワケがねえんだ・・!!」

急いで通信室へもどろうとする蘇芳にビックリして鈴懸は

「ちょ ちょっと待ってよ蘇芳・・!!コレってもしかの話だよっ ドームの壁が壊れてるって・・壊れてたら・・・・」

声が小さくなる。突然、ズキリッと頭が痛んだためだ。顔を顰める鈴懸。

蘇芳は、鈴懸に向き直り真剣な表情で声高に言う。

「でもっ 壊れて無いっ つー確証は無いんだ!! 」

「・・・でも 壊れてたら 僕たち・・」

2人のやり取りを見守っていた1人の年若い教師が声を荒げた。

「そっ そんな事はないっ! そんなことは絶対無いッ!!」

蘇芳に詰め寄る教師。

「ドームが破壊されていれば 我々は生きていないッ!! 生きていないんだッ! そうだろッ」

優等生の蘇芳が言う。

「しかし 現に衛星とコンタクトが取れないしゃないですか!? 」

彼は教師の剣幕に怯むこともなく続ける。

「これに時間を取られてばかりでは何も前に進みません 即刻 ドームの調査を行うことが先決じゃないですか! ・・それから考えましょう この際我々の事は我々で何とかするしかありません」

冷静に諭された教師は黙り込み、総長室に張り詰めた静寂の時が流れた。

その場にいる者、各々が蘇芳の言葉を熟考しているのだろう。

その中から、

「ぼくも蘇芳先輩の意見に賛成です!!」

上気した赤ら顔の少年が、挙手をしながら一歩前にでた。

驚いた蘇芳が彼を見る。

皆の注目が自分に集り、彼はさらに顔を赤くし、硬直してしまった。

そして、その彼の行動に一番驚いたのは

「えぇぇーっ! 莵糸子としし!?」

ツインの三つ編みお下げがトレードマーク女子の初等部生徒会長・玉章たまずさ

「なに なに なにーぃぃ 莵糸子!? どうしたんよ!??莵糸子が意見するって!!」

挙手したまま硬直している、副会長をのぞき込む。

普段は、生徒会長の3歩後ろを歩く、控えめで存在感薄なのが副会長の彼だったのだ。

「だっ・・だって・・早くしないと!と思たんだ・・」

莵糸子は真っすぐ前を見ながら

「・・・玉章ちゃん泣いてただろ・・『どうなるの』って 『どうしたらいいの』って! だから・・だから早く決めなきゃ!って思ったんだ!!」

硬直して顔を前に向けたままの莵糸子と、唖然として莵糸子を見つめる玉章。  

皆、初等部の2人を見て、今の外の現状と自身の気持ちに折り合いをつけていた。

蘇芳はそっと2人に近づき、硬直したままの莵糸子と、顔をくしゃくしゃにして泣くのを我慢している玉章を抱きしめた。

場の空気を動かしたのは、大学院生徒会長・柚子ゆず

柚子は、蘇芳と初等部の2人に近づき、

「・・・うん 蘇芳君と莵糸子君の言う通りかもしれません・・進まないと・・ここで我々が時間を潰していてはいけません そうですよね?先生方?」

柚子は、その細面に似合う眼鏡を上げながら、壁際に立つ教師達を一瞥してから

「そうですね まずはドームの調査をしましょうか」

彼女の朝からの行動を物語るように、薄汚れた顔し、纏う制服は所々裂けていた。

彼女は中等部副会長に視線を向けると

「中等部の意見は如何 荊山稜けいさんりょう君?」

「異論などありません」

清々しいまでの優等生感のある好青年が、にこやかに答える。

「あと思うのですが 学院には大勢の学生と民間の方々が避難し、手当てを受けています。皆さんを纏めていくのも私たちの仕事です。私たち同様に 皆さん不安に思ってらしゃることでしょう これからのこと・・・で・す・が!腹が減っては戦もできません!!差し当たり まずこの問題を解決しませんか!?」

荊山稜は清々しく提案したが、目は真剣だった。

そんな彼そんな姿に吹き出したのは鈴懸。

「だよねっ だよね―っ! 僕もそう思うよっ」

笑い声を出さないように笑う鈴懸に唖然としていた蘇芳は

「鈴懸! お前!?」

緊張感を台無しにした鈴懸に怒りをぶつけようとするが、彼の腕をつかむ者が

「・・私も・・お腹空いた・・・」

抱きしめていた玉章だった。

玉章は顔を上げると、蘇芳を睨みつけ

「お・な・かっ 空いたぁぁぁっっ!!」

「玉章!!?」

「玉章ちゃん!!?」

男子2人は驚いて玉章を見、声をあげる。

「莵糸子もそう思うよねっ ねっ?! 思うよねっっ!!」

玉章の剣幕に押された莵糸子は、首が折れるかと思うぐらいに首を縦に振った。

涙目で睨まれると怖い。

玉章は、無遠慮に蘇芳の制服で涙を拭うと、表情を引き締め

「蘇芳先輩 先に食事いいですか? 皆で夕食用意していいですか?」

有無を言わせぬ表情で真剣に意見する玉章に気押されし、蘇芳は返答に窮した。

蘇芳は先にドームの調査をしてしまいたいのだ、だが玉章の意見を押し返すことは躊躇われた。蘇芳も空腹を覚えたからではない。周りの圧がヒシヒシと彼を責めているのを覚えたからだ。

窮する蘇芳を助けたのは柚子だった。

半笑いの柚子は

「そうですねっ 先に原始欲を満たしましょうー!!」

と、明るく声を上げこぶしを突き上げながら皆を見渡した。

そして、抗議しようと声を上げようとした蘇芳を制しながら

「蘇芳君!! 多数決ですよっ」

ぐうの音も出ない蘇芳

「そうと決まれば此処でのんびりしている場合ではありませんね 早くしなければ・・日がとっぷりと暮れてしまえば身動きが取れなくなりますから・・

荊山稜けいさんりょう君!動ける者を集めて食事の支度をお願いします。大学院の大ホールを使っていいから 副会長がもう直ぐ来るって連絡あったし 食堂と食糧庫も彼女に開けてもらってちょうだい。」

大学院の大ホールは、学院内外の著名人を集めてパーティが催される程の2階建ての大きさで、約3,000人が収容でき、その人たち向けの食事を提供できるダイニング・キッチンと食糧庫が併設されていた。

「と、先生方も荊山稜君を手伝ってください。玉章たまずさ君、莵糸子としし君も中等部を手伝って支度して」

初等部の二人は声高らかに笑顔で返事をすると、荊山稜のもとへ駆け寄った。

教師たちは今までの流れが納得できないようで誰も声を発しない。

二人が離れていった蘇芳は気持ちを落ち着けるかのようにため息をつき、首の後ろを掻く。そんな蘇芳を慰めるように鈴懸は肩をポンポンとたたいた。蘇芳は、鈴懸の事を裏切り者のように睨みつけたのだが、

「蘇芳 多数決だよ~~ 蘇芳もお腹すいてるよね~」

と笑顔で諭された。

考えたら昨日の夜から形のあるものを何も腹に入れていないかった。

「ご飯食べてからでも遅くないよ みんな腹くくったみたいだし・・先生たちは納得してないみたいだけどね」

「頭の固いことね!今生きてることに納得しないと!」

柚子は真顔で吐き捨てるように言うと、蘇芳の目の前に立った。

「さてと・・ 蘇芳君、蘇芳君はドームの調査ですね と言っても食後ですけど 沙参しゃじんさんとお願いします ご飯が炊きあがるまで暫く時間がある・・あと30分ぐらいかな~ なので準備は出来ますよね」

「えっ?今から30分ではご飯はできないでしょう?お米を洗ってから45分はかかる・・・」

柚子は人差し指を右左と揺らしながら

羅漢果らかんかに支度してもらっています いつもの定食な様なものは考えないでね おにぎりを握ってもらうように伝えてるの 先にあなた方が食べる分はね」

と蘇芳と鈴懸を笑顔で見る。

流石の大学院の会長だけある。すべてを見据えた行動が頼りになる。

だが、蘇芳には気になることが

「ありがとうございます ですが、会長・・ 羅漢果さんとはまさか副会長の?」

不安そうな蘇芳の様子を見て、はじめ理解ができなかった柚子だったが思い当たったようで

「あ~大丈夫思います おかしなモノは具として入れていないと思いますよ」

「柚子会長!羅漢果先輩この前 産毛のはえた実を強制的に高等部の連中に食わしてたんですよ!データを取るとか言って! 食った連中 口の中が変になったとかで2,3日休んだんですよっ」

蘇芳の不満はそれだけでは収まらず、乱暴な言いぐさで

三柏みつかしわの奴は 副会長のくせに『大丈夫ッス!!』とか言いやがって たらふく食って クソ忙しい体育祭前まで7日間休みやがったんですよ!!」

三柏は高等部の副会長、大学院の羅漢果の事を盲愛し尊敬する男勝りの女子だった。羅漢果は、ぽっちゃりと穏やかな雰囲気が安心感を与え、学院の「お母さん」と呼ばれている。

そんな羅漢果に何かと付き纏っていた三柏のことを思い出し、半笑いの柚子だったが、申し訳なさそうに

「許してあげてください 彼女の研究は「失われた植物」を復活させることなので・・其れが食用なのか、ではないのか 文献も残っていないので そうするしかないのです」

「ああアレ!」

蘇芳の横で鈴懸が思い出したように声を上げる。

「乾燥したら食べられましたよ!」

「!!!アレ食ったんかよ 鈴懸!!」

「甘くて美味しかったですよ」

笑顔で柚子に話す鈴懸。

「柚子会長!!」

初等部の2人と相談していた荊山稜が声をかける。

「玉章君と莵糸子君と支度に向かいます!1時間あれば最初のおにぎりが配布出来る予定です その都度 連絡入れます 宜しくお願いします!」

「よろしくおねがいします!!」

荊山稜につづいて、玉章と莵糸子が声を上げた。

「おねがいします!!中等部、初等部!」

柚子は、退出していった荊山稜と初等部の二人を目で追いなが、独り言ちる。

「みんなでワイワイと支度して みんなと一緒におにぎり握ってたら気も紛れるでしょう 一時的でも・・・」

そして、2人に向き直り

「高等部から上の学部の人たちには負担をかけるけど 我慢してね」

蘇芳と鈴懸は、必然的に学生たちを束ねることになった柚子への信頼と頼もしさを再認識した。

にしても、先生方は・・・

「総長はどうされました?」

玉章と莵糸子のあとに続いて退出しようとしていた先生方に、蘇芳は声をかける。

顔色の曇る先生たち。

「・・何処にもいらっしゃらないんだ」

「一番安全な場所にいらして・・ね」

学院都市 香需こうじゅの中心は学院校舎と教職員棟で占められており、総長室は更にその中心にある。居住場所としては、教職員棟とは別に総長専用の館を与えられていた。揺れたであろうが、被害はなかったはずである。

一番に陣頭に立たなくてはいけない総長が行方不明とは。

何のために、学院内に居を構えているのか!

先生たちは、そそくさと退出していった。

無言の柚子。

「蘇芳 総長がどうかした?」

鈴懸は不思議そうに蘇芳を見る。

「べつに なんでもねぇよ 何でいらしゃらないのかなぁ・・と思ってな」

「ふ~ん それもそうだね・・で それより!」

鈴懸は通信室へ目をやり、蘇芳を連れて通信室へ入り、柚子も後からはいってくる。

通信室では沙参しゃじんが苦虫を嚙み潰したような顔で、床に座して機械と格闘していた。

「生徒会長の鏡だな 君は!」

「仕方ないでしょう 多数決です沙参さん! ここまでやって何も手掛かりがないんです ご飯食べて ドームの調査に行きましょう~ オレもいきますよ ドームの調査は夜が最適ですよね?」 

「なんでも知っているんだな」

「ええ 生徒会長ですからね」

「末恐ろしいよ」

不敵に笑う蘇芳。柚子はニコリと笑って

「沙参さん 宜しくお願いします お食事用意していますので切りのいいところで食堂へ 案内致します 大変なことばかりで申し訳ありません」

沙参は少し照れながら控えめに頭を下げ、蘇芳の隣の鈴懸に視線を向ける。

「たしか君は朝に会った・・」

「鈴懸って言います お身体は大丈夫ですか?」

「日頃鍛えているからな あれしきのこと!」

すこし首をかしげる鈴懸。

「そうですか・・?時折り目を閉じていらしたようですが・・」

驚く沙参。

一番後にきて、一番端にいた彼がそれに気づいていたと知って。

「えっ⁉ そうだったんですか!オレ何も気づかなくて」

「朝のキズを覚えていたら それぐらい注意いくよ ふつう!」

鈴懸は、そうサラリと言ってのけたが、朝からの異様な雰囲気と忙しさの名で、よく気が回る子だと沙参は思った。

「早く休んでください!」

一気にあせる蘇芳と柚子。

「すみません 私も気づかなくて!!」

「食堂行きましょう!沙参さんに倒れられたらドームの調が出来なくなる!」

「おいおい 私はそれだけの者か⁉」

「そうですよ いくらオレが物知りと言っても限界がありますからね」

「口の減らん奴だな まあ ひと休みするとするか」

沙参は苦笑交じりに立ち上がった。そして独り言ちに

「だがな 蘇芳君・・ドームの事に関しては 私は君に賛成しかねるぞ」

「頭の固い人ですね 他の皆さんは・・と言っても 各生徒会の生徒ですが

気付いていますよ まあ 漠然とした不安といったところからでしょが」

蘇芳と喋る沙参を見ていた柚子だったが、隣にいた鈴懸を見て違和感が沸き上がった。

「鈴懸君?顔、そんな感じだった?? 汚れてるだけではないよね・・色おかしいわよ?」

薬学の研究者である柚子は、医学にも精通していた。触診をしようと鈴懸の頬に手をあてる。

「・・熱いですね 皮膚・・ 身体おかしいところないですか?」

「・・・頭が痛いです。」

先ほどから頭痛が酷くなっていたが、蘇芳に心配をかけまいと平気なふりをしていた鈴懸だった。

「ひとの事は気に掛けるけど・・ 自分の事は気にかけないのは 駄目ですよ」

エへへへっと頭を掻く鈴懸。

室内にあった机に腰を掛け

「そうですよね 僕も早く休まなくっちゃ」

「そうですよ 鈴懸君」

と、いけない子供を諭すように柚子は「メッ」をした。

恥ずかしそうに机をなでていた鈴懸だったが、いつからか不思議そうに机を触りだした。

「どうかしたしましたか 鈴懸君?」

不思議そうに机を触る鈴懸に、不思議そうに声をかける柚子。

「・・これ・・・これ【木】だ・・」

鈴懸は弾かれたように柚子へ顔を向けた。

「柚子会長!!これッ これって【木】ですッ!!!」

「えっっ??!」

とっさに理解が出来ず柚子は、鈴懸の顔を見て固まった。

机が木製なのは総長の机だからであり、それを報告されてもどうしようもない。

柚子は、この異常な1日で鈴懸がおかしくなったのかと疑った。

恐る恐る声をかけようとしたところ横から

「木って・・全て木で作られてんのは まぁ珍しいモンかな・・」

沙参と話しながら、真面目に取り合わない蘇芳。

鈴懸が素っ頓狂なことを言い出すのは日常茶飯事、と言う態度だ。

「ちがう 蘇芳!!これ本当の【木】だよ!!博物館に展示されているのと一緒のっ」

「す 鈴懸君・・?!」

柚子はここに来て始めてオロオロした。

「歴史で習ったじゃん 昔 外にたくさん生えていた【木】 それだよ!!それで作られてるって言ってんの!! 柚子会長!! 蘇芳 見てみてよっ!!」

しぶしぶ机に近づく蘇芳と、そのあとから沙参。

柚子は恐る恐る鈴懸に近寄った。柚子は鈴懸が心配でならなかった。

「これが【木】!?ドームの木で製作した合成木製だろ・・本物の【木】がこんなとこあるわけねぇーだろっ 鈴懸」

と言って総長の机をさわる蘇芳。と、言ってみたものの、蘇芳はしげしげと机をみると顔色が変わった。

年輪がある。

叩いてみると深い味わいのある音が返ってきた。

ドームにある合成木製の机とあきらかに違う。

「これが【木】? 鈴懸君 何故これが【木】だと言えるのかね?私も君も本当の【木】など見たことないはずだが・・」

沙参に答えて

「・・でも本物の【木】なんです 何故だかわからないけど これが【木】だっていってるんです」

「鈴懸!?? どうしたんだっ」

ゆらゆらと身体が揺れだす鈴懸。

驚く3人。

鈴懸の目の焦点が合っていない。夢遊病者のように異様な目つきで虚空を見つめていた。

「【木】なんです これは本物の【木】・・博物館にレプリカがある 大きな・・大きな【木】・・・」

慌てて鈴懸の身体を掴んだ蘇芳だったが

「なんてこった!!凄い熱じゃねかっ鈴懸っ おい鈴懸ッ!!」

併せて柚子の声。

沙参の声。

鈴懸は、蘇芳の必死の声を夢の中で聞いて、倒れた。


あとから、鈴懸と同じような症状の者たちが現れだした。

それは皆、1日中ホーバーでドーム内を駆けずり回っていた者たちばかりだった。

そして、全ては謎に包まれて始まった。





















  



 



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星 想 ときはるあき @kishi003tou

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