第2話 ある一途な女の独白 (中編)




 ある日、必要な資料を取りに資料室に向ったんです。

 私、普段から足音がほとんどしないんです。

 資料室に入ったら、棚の陰になるほうに人の気配を感じて、いつも以上に足音を殺しながら近づいて気配の方へ目をむけたら、二つの影を見ました。

 その蠢く二つの影は、私が愛する清らかなあの人とあの薄汚い害虫が抱き合っているものでした。

 



 世界が暗転したような衝撃を受けました。


 

 私のあの穏やかで静かな幸福に満ちた世界が、今、瓦解した――、

 そして、あの清らかな人が薄汚い害虫に毒されてしまった――と。




 私はもう立っているのがやっとで、ガタガタと体が震えだすのを必死で抑えました。

 幸いにも二人は私には全く気付かずに、やがて、別々に資料室から出ていき、私一人が資料室に取り残されました。

 一人になった私に次から次へと恐ろしい考えが襲いかかってきたのです。

 あの人の奥さんがこの事を知ったら…、もしも離婚なんてことになったら…、子供さんの将来は…、そんなことが際限なく――。

 やがて体の震えがようやくおさまった時、立ち尽くす私の脳内に一つの想念が閃光のように駆け抜けました。




 害虫はすみやかに駆除されなければならない―――と。




 害虫駆除の方法を3日ほど考えました。そして準備を整え、その日を待ったのです。



 当日は出社してから、ずっと鼓動が激しかったと思います。何度も何度も「大丈夫、できる。やり遂げなければならない」って言い聞かせました。

決行のタイミングは害虫が午後のトイレに立った時と決めていました。




 その時が来たのです――。



 私は害虫が席を立ってから、少し時間を置き、トイレに向いました。

 

 ドアをあけると案の定、害虫は用を済ませ、鏡を念入りに見つめていました。

 私はいつもと変わらないように「おつかれさま」と声をかけ、後ろを通り抜ける様を演じ、表情を変えないままにポケットにしのばせていたアーミナイフを害虫のわき腹に、思い切り突き刺しました。

 さらに刺したままの状態でグリッとドアノブをひねる感じで抉りました。

 間髪入れずに、今度は後ろから刺して抉り、次に逆のわき腹を刺して抉り、計3度深く刺して抉ったのです。




 ええ、ネットで調べたときに刺してからひねって抉らないと効果が薄いと書いてあったので。

 害虫は小さな声でうめきながら蹲りました、お腹をおさえてね。

 体を丸めたままべったりと横になった姿は、いつもの蛾じゃなくてダンゴ虫みたいに見えました。

 醜く汚らしかったので、ひきずって個室に放り込んだんです。

 私、力がないので重くて困りました。




 手に薄汚い害虫の体液がついていたので綺麗に洗い落として、すぐさま、リフレッシュルームに向いました。

 休憩室です。紙コップにコーヒーが出てくるような自販機がたくさんあって、ちょっと社員同士がおしゃべりして息抜きできるような。

 


 ここ最近は結構な頻度で、害虫がトイレに行くタイミングとあの人がリフレッシュルームに向うタイミングが合致してたので、きっと今日もあの人がリフレッシュルームにいると思ったんです。

 やはり、いました。あの人が。

 あの人は私を見ると笑顔で「おつかれさま」と声をかけてくれました。まるで害虫に毒されているのがうそみたいなさわやかな笑顔で――。

 その時、ああ…そうか…、害虫はもういないんだ、ならこの人は、元の清らかなあの人に戻ってくれたんだと思いました。

 


 なんとしても、清らかに戻したままの状態で終わらせなければ――と、決意が強まりました。




                          (後編に続く)







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