ある一途な女の独白
雨月
第1話 ある一途な女の独白 (前編)
途方もない事をしてしまったのだと、今では私自身、思っています。
ですが、同時にこうも思っています。私は成し遂げたのだと―――。
―――叶わぬ恋だから想いを絶ち切った――という話をよく耳にします。それはおかしいと思うんです。
なぜあきらめる必要があるのだろう――なぜ想い続けないのだろう――って。
叶わぬから諦めて他の人を探すというなら、それは相手ではなく自分を愛しているのではないでしょうか。
叶わぬ恋を想い続けることは、決して不幸ではないと思います。
いえ、想い続けるといっても、もちろん相手に迷惑をかけずにというのが大前提で、ストーカーなんて論外です。
でも、想い続けるだけなら、なんの迷惑がかかるでしょう。
想いすら告げず、おくびにも出さず、ただひっそりと想い続ける。
それは、無理に忘れて違う誰かにに恋をしようとするよりも、よほど自然なことではないでしょうか。
そして、そこには穏やかで静かな幸福すら存在するのではないか――と。
大学を卒業し、新卒で今の会社に入りました。
その時あの人は新婚で27歳でした。
つまり、出合ったときから叶わない恋だというのは確定していたわけです。
あの人は私の教育係で、入社してから半年間、毎日毎日、実に親切にやさしく指導してくれました。
私に指導しながら自分の仕事をテキパキとこなし、そして私だけではなく、上司や先輩、そして後輩、全ての人に気配りを絶やさず真摯に接する様に、世の中にこんなに清らかな人がいるんだ――と感動したのをよく覚えています。その姿に私はいつか見惚れていくようになりました。
憧れと尊敬と感謝の念が恋に――という実によくある恋の始まりですね。
やがて、あの人には子供さんも生まれて、幸せになっていくさまを側で見続けてきました。うれしかったですよ、だって好きな人が幸せになるんですから。
奥さんにとっても子供さんにとっても清らかな夫であり父である、あの人――。
奥さんに嫉妬? とんでもない、写真でしか見たことがないですが、奥さんはあの人にふさわしい楚々とした美しい人です。
あの人のデスクトップの壁紙は、奥さんが後ろから子供さんを抱きしめている写真です。およそ世界で一番清らかで美しい親子ではないかと思えるような。
その壁紙がどうしても欲しくて、誰もいないときにデスクトップを写真に撮って、私も自宅PCの壁紙にしています。あの人と同じ気持ちで奥さんと子供さんを眺めていられるような気がして、うれしくて―――。
奥さんと子供を愛し、家庭を何よりも大切にする人。
そんなあの人を、私は深く愛しました。
出会いの時から10年、迷うことなく想い続けてきました。
私、とても幸せでした。静かな満たされた幸福とでもいうのでしょうか。
でも、あの人の幸せを破壊する、清らかなあの人とその家庭を毒す薄汚い害虫が現れたんです。
入社二年目の害虫です。
いえ、一見すると害虫には見えないんです。
人の形をしていますし、あるいは多くの男性にとっては、ちょうどいい欲望の対象と成り得ます。男性をたらしこむんです。
いつも上目使いで、仕事の話をしていても、むやみやたらに男性にボディタッチを重ね、会社の飲み会ともなると、くねくねとシナを作りながら胸をあからさまに男性の腕や背中におしつけたり、太ももを密着させたり――。
そんな事をなんでもないような顔をして、男性が参っちゃうなあ、という感じでデレデレと喜ぶその様をしっかり確かめてるんです。
蛾の鱗粉みたいなもんです。そう、あの害虫は蛾です。
あの蛾にとって、男性というのは自分の魅力や価値を確かめるための素材にすぎないんですね。
でもそんなことはどうでもよかった。いくらでも鱗粉を撒き散らして好きなだけ男をたらしこめばいい。
あの人には、あの素晴らしい奥さんがいる。こんな薄汚い蛾に惑わされることなんてない、そう確信していましたから。
なのに――――。
(中編に続く)
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