第22話 良い知らせと悪い知らせ
あくる朝ディーンが起きると、薄暗い地下の部屋の窓からはわずかに光が射していた。レメディオスはあぐらかいたままじっと水槽の中で座っていた。髪の毛がゆらゆらと静かに揺れている。
「昨日は何も食べずに寝てしまったのう。すまんのう」
「ううん、いいんだ……母さん……それよりなんだかすごく眠っていた気がする……あれ、でも」ディーンは体を起こす。
「なんだか体が軽い気がする。たくさん眠ったからかな」
「今はまだ7時じゃぞ。センブリがまだここに来とらん」
「そうか……顔を洗うがよいぞ。ここには儂の羊水しかないから上に出るとよい」
「ねえ、僕が母さんの水槽に触れたらどうなるのかな」
「お主は一度湖に行ったのではないのか」
「たしかそこでは、息ができる水の濃度とできない濃度があったんだ。おそらく今の僕の生理食塩水と母さんの羊水を半分割ったものなら僕も息ができるのかなって」
「ならば多少床を濡らしてセンブリに怒られる覚悟をするんじゃの」そう言いながらレメディオスは高く高くジャンプした。水しぶきがディーンに大量に当たった。
「はははは」レメディオスは声を上げて笑った。
「こんな少量じゃ効果ないよ」
「じゃあお主、ここに入ってみればええじゃろう」
「じゃあ行くよ母さん」
ディーンは壁に呪文で石の足場を作り、それを上って壁を蹴り、そのまま上に上がって水槽の中にダイブした。ざぶん、と盛大な音がした。
「ディーン!!!!」彼は大きな何かに包まれた。それはレメディオスの細い二つの腕だった。確かに彼のものよりはるかに小さいそれは、なぜかこの世の誰よりも大きく感じられる。
「母さん!!!母さん!!!!!母さん!!!!!」ディーンは目をつぶったままだった。
「目を開けられるか?」
「ちょっとごめん、あはは、やっぱりちょっと苦しい」
「おいおい」レメディオスはディーンを抱いたまま水面に上がり、ディーンを外気に触れさせた。と同意にノックの音が聞こえ、ドアが開いた。
「ディーン様?」センブリがドアの前で呆然と立っていた。
「あ、アハハ…・・・おはようセンブリ」レメディオスは恭しく笑った。
「まったく、また遊んでいらっしゃるんですかレメディオス様!!!!!!」
初めて一夜を共にした親子はその翌朝、たっぷりと仲良く説教を食らった。
「本日はエネ大王とのご交渉があると伺っておりますが、お変わりはないですか?」センブリは極めて冷静に言ったが、若干羽目を外したディーンにイライラしていることは若干語気が強いことから予想できた。
「変わりないよ」
「では、お支度ができ次第女中をお呼びください。馬車を用意してきます」そう言い残して彼は颯爽と部屋を去った。ディーンはずぶぬれになった服を絞り、上半身裸のままレメディオスに別れを告げ、自室に戻った。着替えていると、窓辺からこつこつと音がした。振り返ると、シリウスが嘴で窓を叩いていた。
「義父さん」
「ディーン、大変なことが起きた」
「義父さん、僕も色々あった。本当の父さんに会った。ティム様にさ。父さんはティム父さんと昔から知り合いだったんだろ?」興奮気味にディーンはシリウスにまくしたてたが、その次のシリウスの言葉が、彼を黙らせた。
「ジャンが死んだ」
「え?」
「ジャンが、死んだ……」そのまま鳩は窓辺から床に落ち気絶し、眠りこけてしまった。
「え……」ディーンは混乱していた。あまりの突然の知らせにただその場で立ち尽くすしかできなかった。
「ディーン様」ノックの音が聞こえた。センブリが入ってきた。重い表情をしている。
「ティム様の級友より、あなた様へ贈り物が届いております」
「もしかして……シリウスから……」
「……」センブリは何も言わなかった。彼は無言で両掌ほどの木箱を差し出した。花の彫刻があしらわれている。
「これは記憶の箱です。これは本来ならば湖に放たれるべきエネルギーの一種なのです。しかしこれはティム様の級友より貴方様へ贈られたものです。開ける権利はあなたにあります」
「……」ディーンは何も言えなかった。
「どうするかはあなた次第です。もうこれは貴方の物ですから」
「箱を開けたらどうなる?」
「わかりません。単純に湖に放たれるべきだったエネルギー量が減り、いくつかは貴方のエネルギーとなり、いくつかは残るでしょう。私にはそこまではわかりかねます」
「そうだな、僕の思った通りだ……」
「はい……」センブリはいつになく深刻な顔をしている。若干疲れているようにも見える。
「うん、開けよう」ディーンはその箱を受け取った。
「僕についてくるか?」
「仰せのままに……」
二人は手を取り合ったまま箱を開けた。まばゆい目のくらむような光が放たれ、やがて二人は箱に飲み込まれていった。
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