第18話 エネ大王のレメディオスの話
ナマズの口の中はぬるっとして生暖かい。唾液か湖の水なのかよくわからないが、どろっとした液体がディーンの周りを覆った。心地よいともいえるし気味悪いともいえる、なんとも不思議な感触が彼を襲った。息ができない。さすがのディーンも苦しくなってくる。
耐えきれず咽頭の先を強打しようとした瞬間、ナマズがディーンとワールテローを吐き出し、銀色の体液が入った筒状の入れ物に彼らを収納した。はあっ、とディーンは口を開けて気づいた。息ができる。肩に乗っているワールテローもぜえぜえと息をしている。何とか無事みたいだ。
「ずっとこの時を待っていたのだ」と巨大なナマズは口を開いた。数十人が一度に重なり合ったような不思議な声だ。
「がはっ」ディーンははい、と声を出したつもりが、間抜けな返事になってしまった。
「愛しきレメを失って早20年……。お前と言ったらとんと顔を見せにも来ない。来るのは無事ですとの間接的な事務報告ばかり……。お前がエネルギー生成だけのためにあの子を奪ったのは百も承知だ。返せとは言わない、ただ無事を確認したい。あの子を早急に連れてこい。さもなくばこの国を地響きで壊す」
「おごどばですが、」がぼがぼとディーンは必死に口を動かす。
「レメとは誰でしょう? 申し訳ございませんが全く……」
「しらばっくれるな!!!!!」ナマズは大声をあげた。その瞬間、地鳴りがし、湖の中にいる魚たちがどこかへ逃げた。
「無理やりお前が奪い取った女だ。妻を知らないとは言わせない」
「妻……? 奪い取った……?」
「失礼ですがあなたはエネ大王ですか?」口火を切ったのはワールテローだった。
「いかにも、私はこの湖を司るエネと申すが……。そちらは?」
「あっしはティム様に仕える運び屋ですけどね、残念ながらこの坊ちゃんを大王様は誰かと勘違いなさっていらっしゃる。この子はディーン・オータスですよ」
「む?」エネは一瞬動きを止めた。
「お前はティム・オータスではないのか?」
「え、ええ……僕はディーン・オータスですけど……」
「まさか……お前は……しかし……似ている……。目を……見せてくれ……」
ディーンはそっと眼鏡をはずした。
「銀の中に黒の……瞳……お前はまさか……レメの……」
「レメとは、だれなんれすか?」ごぼごぼとディーンはもがいた。
「僕は父が誰か知らない。母だって知らない。わけもわからず城に幽閉されている。先日僕の名づけの親だという鳩がやってきて、今度は湖に来たらいきなりナマズに食われている。何もかもわからないんだ。ちゃんと教えてくれ」
「そうか…………」エネ大王はふっと息を吐いた。
「レメ……、レメディオスは私の子供だ。娘……と今は言っておこう、あやつに本来性別はないのだが。20年前、銀色の髪の男が毎晩毎晩この湖に来た。ティム・オータスと彼名は乗ったな。レメは父の私から見てもかなりの美形だったし、二人のことをかげながら応援していた。つもりだった。
だが、ある日そやつがいきなりここに潜ってきて私に、貴方のご子息と結婚したいと言い出した。レメは不思議な体質で……まああやつの母、儂の妻の一族の体質なのだが……、あやつは二カ月に一度性転換するのじゃ。それで、奴が言うにはレメが女の時期に結婚をしたいと。
儂はレメさえ良ければなんでもよかった。レメが選んだ男なら何も言うまいと思っていた。事実、気難しいレメも珍しくその男には懐いていたようだったからの。そこまではよかったんじゃ。
結婚してから、奴は権力を行使してこの土地を管理しようとした。知っての通り、ここの湖からは、厳密に言えばここに投げられる記憶とレメの力から、この国のエネルギーを合成している。ハナから奴の狙いはここから、レメから合成されるエネルギー資源だったのだ」
「ティム様の奥様……、首相夫人にはエネルギーを合成する力があるんですか?」ディーンが聞く。
「左様。彼の国のキッシンジャー・オータスが名付けた『ラヴ』という名のエネルギーだ」
「存じています。我々は『ラヴ』を吸って、『エネ』を吐き出します。学校では誰もがそう習います」
「左様。それがお前たち人間というものだ。愚かな生き物だ。ただ唯一、レメの一族は違う。あの一族は逆に『エネ』を吸って『ラヴ』を吐くのだ。しかし昔……人間が彼女らの一族を……自分たちのエネルギー資源のために……根絶やしにしようとした……。レメはその生き残りだ……」ナマズはひゅうひゅうと口から息を吐く。長年の怒りが体の中で煮えたぎっているように。
「そんな」
「そうだ……ティムは……それだけじゃない……。キッシンジャーが昔明かしたことによれば、ラヴは……人の記憶から作り出せる。生きた人間からな。昔、当の本人から……教えてくれた……。ここの湖は……いわば屍から成り立っているのだ」
「誰かの犠牲の上にエネルギーを生成しているということですか?」
「私の……声を……聞けば……わかる……」
ディーンはエネの声に耳を澄ました。
…(・・・)…(・・・)たくない…(・・・)…(・・・)ここから…(・・・)…(・・・)お姉(おねえ)ちゃん…(・・・)…(・・・)生きて(いきて)…(・・・)…(・・・)私(わたし)の分(ぶん)まで…(・・・)…(・・・)お母さん(おかあさん)…(・・・)…(・・・)熱い(あつい)…(・・・)…(・・・)もうすぐ…(・・・)・・・みんなのため…(・・・)…(・・・)ああ…(・・・)…(・・・)酔い(よい)が回って(まわって)きたみたい…(・・・)…(・・・)お父さん(おとうさん)が…(・・・)…(・・・)お父さん(おとうさん)…(・・・)…(・・・)ほら歩いた(あるいた)よ……グロリオサ、早く……
たくさんの声が重なっていた。子供の声も大人の声もあった。女の声も男の声もあった。ディーンは理解する。頭ではなく、体で。
「エネ大王様」ディーンは大王に向き直る。
「む、」
「僕の名に懸けて、あなだの娘、レメディオスざんを探じ出じます」
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