第14話 父親
翌朝ティムに謁見する約束をセンブリとし、その日はお開きとなった。夜寝ていると、布団の中からがさがさと音がした。ディーンの足元に奇妙な感覚が襲う。見ると、それはどす黒い色をしたネズミだった。
「ワールテローか?」
「坊ちゃん」
「ずいぶん汚れているじゃないか、ベッドから出てくれよ」
「いやあね、あっしにもいろいろありまして」
「僕にもいろいろある。いいからベッドから出てくれよ」
「ちぇ、つれないお方ですね」
ワールテローは「こんなにあっしは愛くるしい見た目なのに」などとぶつぶつ言っていたが、ディーンは構わずベッドから彼を引きはがした。
「だいたいお前、僕を気絶させただろ?」
「ああ」ワールテローは扉の前にあるふかふかのじゅうたんに移動しながら答えた。
「まあ、あっしはティム様に仕える身でさあ。こうする他はなかったんす。勿論坊ちゃんには謝りたいですよ。そのためにここに来ましたから」
「お前は命令でやったのか?」
「完全に命令ではないですが……」
「僕を気絶させろ、って命令されたわけじゃないだろ」
「そこまで厳密に言われてはいませんや。でもまあ、あの人があの場所にいたら、たぶん坊ちゃんを気絶させたでしょうね」
「そんなの憶測じゃないか」
「そういう人ですよ」ワールテローはあっさり言った。
「だから坊っちゃん、あれは必然だったのです。あっしも坊ちゃんがあんなにも取り乱すとは思っていませんでしたからね。いやはや、坊ちゃんにあんな熱い一面があったなんて驚きです」
「あたりまえだろ」ディーンは口をとがらせる。
「婚約者を見かけたんだから。取り乱さないわけないだろ」
「あら」ワールテローは高い声を出す。
「婚約者なんていたんですね。なに、女なんか知らないみたいな顔をして、やるじゃないですか。で、どんな具合なんです?」
「下品な言い方はやめろ」ディーンは今までにないほど声を低くして叫んだ。
「同じことをもう一度言ってみろ、僕はお前が傷ついても何も思わないぞ」
「まあま」ワールテローは慌てたように両手を動かす。
「そんなかっかなさらんで下さいよ。これは失礼しました。婚約者様に関しては何も言いませんや。こちらの非礼でした」
「ああ」ディーンはため息をついた。
「僕はお前がこのベッドの下敷きになろうと、煮えたぎった湯の中に落とされようと、何も思わないからな」
「おお、こわい」ワールテローはディーンに向き合う。
「それはそれは。気をつけますよ」
「わかったら出ていけ、いますぐ」
「出ていきますよ。奴さん、怖くなりましたねえ。あっしはなんだか寂しいですよ」
「出ていけ、今すぐ」
「へえへえ、お詫びを申しに来たんですけど、あっしはなんだか怒らせちまったみたいですね。大人しく退散しますよ」
「待て」ディーンは声を低くして言った。
「お前、本当にお詫びだけしに来たのか?」
「あ、ああ」ワールテローは振り返った。
「もちろんそれが主ですけどね」
「それ以外には?」ディーンは相手の目が焼けるほどに、まっすぐ見つめて言った。
「ああ、」ワールテローはあっさりとした口調で言った。
「これはティム様も、おそらくあの仏頂面のセンブリも知らないことだと思いますけど」
「サッサと言え。御託は良い」
「なら単刀直入に言います。ディーン坊ちゃん、奴さんの親父さんは、おそらく生きています。姿を変えてね」
「なんだって?」
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