第14話 真っ黒人間

 このエピソードは、私が中学生の時に担任の教師だった山崎先生(仮名)から聞いたお話しです。


 その山崎先生は、俳優の千葉信一さんの若い頃と似た風貌の持ち主で、どちらかと言うと厳つい雰囲気の方でした。しかし、そのルックスと相反して、まるでお笑い芸人のような、面白い話し方やギャグで、みんなを楽しませる話術の持ち主でした。山崎先生の授業は時折、授業を脱線して面白い雑談になることもしばしばありまして、その中でも私は怪談話しがとても楽しみでした。当時、山崎先生から聞いたお話しを一つ、紹介します。


 高校を卒業して、山崎先生は大学へと進学しました。故郷を離れ学生寮での独り暮らし。生まれ育った家ではありませんから、なんとなく居心地が悪い。それに加えて建物が古いせいか、どことなく気味の悪さを感じたそうです。しかし贅沢を言ってはいられません。教師になりたくて、この大学を選んだのですから。そして初日の夜を迎えました……。


 夕飯、お風呂を済ませたら机に向かい、ペンを走らせる。勉強熱心な山崎先生のいつもの習慣です。しかし今日は新しいことばかりでなんだか疲れました。剣道部にも入部したので、これから色々と忙しくなりそうです。いつもより早めに床に着くことにしました。


 しかし、なんだかやけに気分が高ぶって、なかなか寝付けなかったそうです。環境が変わると、そんなことってありますよね。どれくらい時間が経っただろうか、日付は遠に跨いでいるだろう……。


 なかなか寝付けず、布団の中でモゾモゾしていると、突然、身体を拘束されたような金縛りに遇いました!生まれて初めての金縛り。助けを求めようにも声も出ません。しかし目だけは動かせるので、部屋の様子は見渡せます。赤色灯に照らされた部屋の様子は、寝る前の状態と特には変わりません。そして部屋の角に目をやった時、心臓がバクンとなるほどの恐怖を感じました。


 誰かいる!誰だ!


 部屋の角に、誰かが立っている。しかし、どうもおかしいんですよね。人間であれば当然のことですが、顔に表情もあるだろうし、服も着ているはずです。しかしそこに立っている者は、ただ人の形をした黒一色の影のような物でした。山崎先生は冷静に考えました。恐らく部屋の中の備品か何かが、赤色灯に照らされて、人間の形のような形になっているのだろう……。なあんだ。そう言うことか。そう思ったそうです。しかし、次の瞬間!


 その影がモゾモゾと動いて、山崎先生の方へ向かって来たのです!


 来るな!こっちへ来るな!


 声にならない声を振り絞りました。しかし強烈な金縛りで声は出ません。


 その黒い人影は山崎先生の処まで来ると、おもむろに馬乗りになってきました。そしてヌウッと山崎先生の顔を覗き込んできました。それは表情がなく無機質で、まるで漆黒の闇を集めて人の形にしたような者でした。黒の塊、真っ黒人間です!得体の知れない者への恐怖で、心臓が破裂しそうです。暫しの硬直状態が続きました。しかし、その沈黙を破るように、その真っ黒人間は両手を伸ばしてきました!


 ──何をするんだ!黒い人影は山崎先生の首をギュギュッと絞めてきたそうです!


 ──苦しい……。助けてくれ……。


 助けを求めようにも声は出ません。真っ黒人間は、尚もグイグイと首を絞めてきます!


 ──助けてくれ……。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。


 山崎先生は藁をもすがる思いで心の中で念仏を唱えました。しかしその真っ黒人間は、止めを刺すがごとく、更にギュッと首を絞めてきたそうです。極限の息苦しさと恐怖!


 ──もうだめだ……。


 そう感じた瞬間フッと金縛りが解けて、その真っ黒人間は消えたそうです。


 ──今のはなんだったんだ……。


 そして、この真っ黒人間は次の日も、その次の日も現れて、同じように山崎先生の首を絞めていったそうです。


 ──これには山崎先生も参りました。毎晩のようにあの不気味な真っ黒人間が首を絞め にやって来ると思うと、身も心も参ってしまいます。なんとかせねば……。そして山崎先生は決意しました。


 決闘だ!


 四日目の夜、山崎先生は木刀を手にして、布団の上に鎮座しました。剣道の素振りで使っている手によく馴染んだ愛用の木刀。しかし自分が闘おうとしている相手は人間ではありません。木刀で勝てるのか……。逆上して止めを刺されないだろうか……。不安はつきません。木刀を握る手もジワッと汗ばんできます。


 怖じ気付いたら敗けだ!かかってこい!


 赤色灯に浮かぶ部屋の様子はいつもと変わりません。耳を澄ませば、様々な音が耳に入ります。冷蔵庫の機械音、他の部屋の住人が発てる雑音、外を走る車の音……。普段はあまり気にしていないような物音が感性を刺激します。神経が研ぎ澄まされているのでしょう。そして、いつも真っ黒人間が現れる部屋の角を凝視します……。


 ふあぁ……。


 さすがに眠い……。あくびが出ます。三日三晩、睡眠を妨害されているわけですから……。頬をパシパシと叩き、気合いを入れます。


 そして、いつも真っ黒人間が現れる時間帯、丑三つ時に差し掛かりました。ここからが勝負です。木刀を握る手にも一際力が入ります。一番眠い時間帯故に、時々コクリコクリと寝落ちしそうになりました。しかしあいつが現れるのは、寝落ちする寸前。頬を力強く叩き、気合いを入れます!


 ──どれくらい時間が経ったでしょうか。気がつくと、山崎先生はいつの間にか胡座をかいたまま寝落ちしていました。構えていた木刀は床に投げ出されています……。


 おおぉ!寝てしまった……。


 あわてて木刀を手に取り構えました。しかし、もう大丈夫そうです。カーテン越しから射し込む明かりで、夜が明けたのが分かりました。そしてその後、真っ黒人間が現れることはなかったそうです。


 山崎先生は、当時この体験を大学の同僚や友人に話すことはなかったそうです。もし、誰かに話して気味悪がられたりしたら、誰も遊びに来てくれなくなってしまうかもしれません。独り暮らしですから、それは寂しいですよね。


 ──なので、この部屋でなんらかの事件及び事故があったのかは、誰にも聞いたり調査することはできないまま、大学を卒業し、学生寮を去りました。


 暗い夜の闇を集めたような真っ黒い化け物。その正体はなんだったのでしょう……。真相はその姿と同じ、暗い暗い闇の中にあるのでしょうか……。



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