第8話 白い顔
このお話は、私が20代前半の頃に働いていた工場で、体験したお話です。当時、私はその会社のB課で、コンピューター基盤の絶縁に使われる製品を作成していました。そのB課で使用する材料を作成するのがA課で、以前、私もそのA課で、仕事をしていたことがありました。その時に、大変お世話になったM先輩(仮名)と言う方がいまして、私がB課に移動になってからも、会社の中で会った際は声をかけてもらったりと、色々と面倒を見ていただきました。
ある時のことです。休憩室で休んでいるとM先輩がやってきて、私の隣の席に座りました。
「おう!お疲れ!どうだ仕事の方は?」
「お疲れ様です。最近少し忙しくなってきました。先輩の方はどうですか?」
「俺の方はぼちぼちってところだな。ところで最近A課に入ったH(仮名)ってやつ、ヤバいぞ!」
「えっ、ヤバいってヤンキーとかチンピラ社員ってことですか?」
「いやいや、そう言うことじゃなくって……。職場に幽霊が出るって言うんだよ。お前そう言う話し好きだろ?」
「えぇ。マア好きですが。で、その、どんな感じて幽霊が出るって言ってるんですか?」
「それがさあ、仕事やってると突然、うわぁとか言ってうずくまるんだよ。どうした?って聞くと、柱だったりドアのある方だったりを指すんだよ。そして、あそこから幽霊が見てるんです。って言うんだよ。物陰からHのことをジッと見てるんだってよ。そんな感じで一々仕事が中断するから困ってんだよな……」
「それはまいりましたね……。その幽霊はどんな容姿をしてるって言ってました?」
「のっぺりとした白い顔してるって言ってたよ。俺には見えないけど、そんなのがこっち見てたら、確かに気味が悪いけどな……」
「確かに……。でも、仕事に影響しますよね?」
「そうなんだよな。でも、怒るに怒れねえしな……。相手が幽霊だからよ。困ってんだよなぁ……。マア、またなんかあったらお前に聞かせるよ。じゃあ、またな」
そう言った後、先輩は自販機でコーヒーを買って、立ち去りました。幽霊ネタやオカルトの話しが大好きな私には、非常に興味がわく話しでした。しかし会社に幽霊が出るなんて話しは聞いたことがなかったので、本当にH君が見たと言っているような、のっぺりとした白い顔の幽霊が会社の中を徘徊し、柱の陰からこちらをジッと見ていたら、さぞや怖いだろうな……。そう思いましたね。
それから数日後……。
休憩室で休んでいると、M先輩がやってきました。
「ようっ!座田」
「あっ!先輩、お疲れ様です」
先輩は自販機でコーヒーを買うと私の隣に座りました。
「こないだ言ってたHだけど、最近、以前にも増して幽霊を見るようになってよ。その度に仕事が中断だよ。参ったなぁ……」
先輩は、缶コーヒーのプルタブを開けて、一口飲みました。表情には疲れの色が見えました。
「困りましたね……。例の白い顔。ですか?」
「ああ。俺には全然見えねえんだけどな……。あまりにもひどいときには、しょうがねえから詰所で休ませてんだけどな。で、心配だからしばらくして見に行くだろ?そうすると、今度は詰所ん中でうずくまって、震えてるんだよ。詰所の窓から白い顔が見てるって……」
「そうですか……。なんかH君に付きまとってるって言うか、ストーカーみたいな幽霊ですね」
「ストーカーだかなんだか知らねえけど、仕事に差し支えるからなぁ……。怪我なんかされた日にはシャレにもならねえよ」
先輩はコーヒーを口にした後、くたびれた溜め息を吐きました……。
「そのH君、今、詰所で休んでいるんですか?」
「いや、あんまりひどいから課長と相談して早退させたよ。最近顔もやつれてきたし、あいつ大丈夫かな……」
「先輩も大変ですね。身体壊さないようにして下さい」
「ああ。じゃあな!」
先輩は残りのコーヒーを一気に飲み干し、私の肩をポンッと叩くと、仕事場に戻って行きました。
白い顔の正体。何なんでしょうか……。その頃になると、会社の中でH君の噂話しをチラホラと聞くようになりました。そして何故、白い顔が会社に出没するのか。その因果関係を思わせるようなお話しもでてきました。そこで、私の記憶しているお話しを二つ紹介致します。
Tさん(仮名)のお話し
「俺、子供の頃、この会社のあたりで虫取とかして遊んだんだけど、たしか昔、会社のあったこの辺は墓地になってたはずだよ。見るからに古い墓石の立ち並ぶ墓地だったね。土葬にされた人の骨とか、もしかしたら、まだここに残ってるかもよ」
Aさん(仮名)のお話し
「俺、坊さまの息子なんだけど、そのせいか、少しだけ霊感があるんだよね。って言っても普通に見えたりはしないんだけどね。俺の感覚だとこの会社自体に嫌な霊気は感じないから、多分、H君に憑いている物なんじゃないかなぁ……。俺、昔やったことあるんだけど、断食すると霊感が強くなるよ。感覚だけじゃなくて、姿も見えるようになるんだよね。もうやるつもりはないけどね。キツイし。それに俺、坊さまの後を継ぐつもりねえから……」
そんな話しを聞きました。どちらの話しも、なかなか興味深い内容でした。それから更に一週間ほど経ちました……。私が休憩室で休んでいると……。
「ようっ!座田。お疲れ!」
M先輩がやってきました。
「お疲れさまです」
「お前聞いたか?H辞めたよ」
「辞めちゃったんですか?」
「ああ……。例の白い顔が出るからなんだろうけど、会社に来なくなっちゃってな。一昨日だったかな、会社に辞めるって連絡が来たみたいだな」
「マア、その方がH君にとっても会社にとっても良い選択だったと思いますよ。A課は危険な作業も多いですからね。何かあってからでは……」
「そうだな。正直Hが辞めてくれて俺もほっとしてるよ。ガラスを溶解する炉なんかに転落されたりしたら、シャレんなんねえからな」
「そうですね……。ところで、最後にH君を見たとき、どんな感じでした?」
「それがよぉ、俺はあいつの顔が、その、白い顔に思えたんだよな。元々あいつが色白ってのもあるんだけど、日に日にやつれて、生気がなくなってくると、なんだか幽霊みたいな顔になってきてな……」
──その後、いや、それ以前からではありますが、会社で幽霊を見たと言うお話しは、H君の目撃談以外、ありませんでした。
H君の見た白い顔は、Aさんが言っていたように、H君に元々憑いていた霊だったのでしょうか……。
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